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貧乏男爵家の長女に転生したのに、何故か男として最強の騎士を目指しています  作者: 赤池宗


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食事と水浴び、そして初訓練へ

 名札を掛けると、暫くして名札の確認にきた中年の男が回収していった。


 その様子を眺めていると、少年の一人、ブラニーが解説してくれた。灰色の髪が特徴的な大人しそうな雰囲気だ。その隣で頷いている活発そうな茶色髪の少年はシュザール。ブラニーと同期らしい。


「名札は回収されて、後で料理と一緒に出てきます。食べ終わったら食器と一緒にまた名札も返してくださいね」


「成る程」


 頷いて返事をすると、私の隣に座る少女、シャロネーズがオレンジ色の綺麗な髪を揺らし、肩を竦めた。


 程なくして、食事が出来て名を呼ばれた。受け取りに行くと、料理人とは思えない体格の四十代ほどの男がいた。


「ほう。君がクロウ君か。たしかに、バルザック殿を負かしたとは思えん細さだ。ほら、いっぱい食べてデカくなれよ」


 そう言って、男は歯を見せて笑った。手渡されたトレイを見ると、洗面器のような大きな木の器に野菜と焼いた肉、大きなパンが盛られている。木のコップに入った水も付いているのは有り難い。


 お礼の言葉を口にして席へと戻り、少年たちに尋ねる。


「……確か、寮って全て無料でしたよね?」


「え? そうですけど」


「何かありました?」


 逆に聞き返され、思わず「無料でこんなに食べて良いのか」と口に出しそうになってしまった。慌てて首を左右に振り、肉を口に運ぶ。


 シンプルに塩を振っただけのような味付けだが、美味しい。地球でいうところの豚肉に近いだろう。


 肉も野菜も大盛りである。葉野菜で肉を巻いて食べてもまた美味しい。


 空腹だけでなく、長年続けてきた実家の貧乏飯を思い、夢中で口に入れてしまう。


「……クロウさんは何故、涙を浮かべて……?」


「し、知らないよ」


「自分で聞いてください」


 三人がひそひそと何か言っていたが、殆ど耳に入らなかった。全ての感覚は味覚に集中しているのだから仕方がない。


 私はたっぷりと食事を堪能して、最後に透き通った水を飲み干した。


 身体に染み入るように水分が食道を落ち、脂っぽくなった口と胃を癒してくれる。


 久しぶりに、文明的な食事をした気分だ。いや、芋を薄い塩水で煮る母の手料理も素朴で美味しいが、純粋に肉が嬉しい。


「……ただ、出来たら荒く挽いた黒胡椒や赤ワインも欲しかった、かな」


 いや、贅沢か。


 自らの一言に心の中で突っ込む。


 と、不意に視線を感じて顔を上げた。すると、呆れたりポカンとした顔でこちらを見る三人の姿があった。


「……やっぱり貴族様ってことですか」


「黒胡椒を当然のように使えるのは子爵以上の当主くらいじゃないと無理だろう」


「……とりあえず、こんな一般騎士の寮で胡椒なんて使えるわけないですからね?」


 三人がそんなことを言ってきたので、私は慌てて手を左右に振る。


「い、いや、エルミタージュ家は領地持ちといっても名ばかりの貧乏貴族で……滅多に口にすることが出来ない肉料理に驚いて、もしかしたら胡椒なども食べられるかも、と……」


「嘘ですね」


「変な謙遜はしないでください」


「胡椒なんて、普段食べてないと出てこないでしょう」


 私の言い訳に、三人は全く取り合ってくれなかった。三人は貴族ではないのだろうか。もし王都近郊の貴族の出ならば、エルミタージュ男爵家の貧乏さは知っていそうだが。


 その後も男爵家の現状を説明しようとしたが、三人は曖昧な笑みで聞き流していた。


 仕方なく、食事を終えた私は寮の施設について詳しい話を聞くことにする。


 最も気になっていた風呂について、だ。


「この寮には水浴び場があると聞きましたが」


 そう聞くと、すぐにシャロネーズが口を開く。


「水浴び場は訓練後に一斉に使えるように、三十人が同時に使えるように広く設計されています。女性の方が少ないので、間仕切りされたスペースの奥五つだけが女性用となっています。出来たら時間で分けて欲しいのですが、女騎士は百人中三人程度らしいので、仕方ないですね」


 風呂の使い方を不満そうに説明され、私は苦笑を返す。


「……成る程。確かに、訓練後は汗だくですからね。すぐに水浴びをしたくなります」


 そう返事をすると、シャロネーズが何度も頷いた。


「そうです。だから、演習場を使った日は演習場に据え付けられた水浴び場を使いますし、行軍訓練を終えた後は寮内の水浴び場が順番待ちになります。もし面倒じゃなければ、今言った行動と逆の水浴び場を使えばゆったり使うことが出来ますよ」


「水浴びは静かにしたいので、少し面倒でも離れた水浴び場を使うのが良さそうですね。ありがとうございます」


「……ちなみに、覗きをしたら女騎士全員からの私刑を受けることになりますから」


 最後にきっちり脅し文句を口にされ、苦笑を返して頷いておく。私だって覗きたくないし、覗かれたくないのだ。


「覗きませんよ」


 そう答えると、シャロネーズが目を瞬かせ、僅かに頬を染める。


「……貴方は本当に覗かなそうですね。逆にこっちが俗物的に感じて恥ずかしいくらい」


 シャロネーズは独り言のようにそう呟き、視線を逸らしたのだった。







 翌日、早めに起きて着替え、一階に降りると、もう何人か準備を始めていた。


 その中にはシャロネーズの姿もある。


「おはようございます。早いですね」


「おはようございます、シャロネーズ先輩」


「せ、先輩はやめてください。シャロネーズさん、とかで良いです」


 上下関係を指摘してきた割に、シャロネーズはちょっと照れながら周りを見回した。


 すると、年上の騎士達が面白そうにこちらのやりとりを見ている。


「おい、シャロネーズが先輩気取りしてるぞ」


「あの新人、マディランを返り討ちにした奴だろ?」


「やるなぁ、あいつ」


 と、早速噂のネタにされていた。シャロネーズは頬を赤くしながらも無言で鎧の手入れなどをして誤魔化している。


 私も一応鎧を軽く点検し、シャロネーズと一緒に食堂に行った。すると、シュザールとブラニーも揃って降りてきていた。


「おはよう」


「おはよ……」


 朝弱そうなブラニーが可愛い。


 そんな感想を抱きつつ、二人に朝の挨拶を返す。皆に寮の一泊について聞かれ、ベッドが固かったことなどを明かして笑いが起きた。そんな感じで楽しく食事をしていると、不意にシュザールがこちらを見て口を開く。


「そういえば、クロウさんの訓練の班はどうなるんでしょう? 試験とはいえ、マディランさんどころかバルザック様にまで勝ってしまって、一般の騎士見習いと一緒に訓練は無いですよね?」


「普通なら、出自に関係なく一ヶ月は騎士見習いとして訓練だけど、一部の貴族は幼少時から厳しい訓練を受けていますからね。クロウさんもそうでしょうし、もしかしたらいきなり騎士団に配属、なんてことも……」


 と、シャロネーズも同意を示した。それに、ブラニーが困ったような顔をする。


「どっちにしても一ヶ月で騎士団に配属される、と思います。出来たら一緒の騎士団が良いけれど、やっぱり実力があるのが分かっているから第一騎士団でしょうか……?」


「普通なら第二か第三騎士団じゃないですか?」


「まぁ、第五騎士団ではないでしょうね」


 そんな会話をする三人に、私は疑問をぶつける。


「その、どこの騎士団になるかはどうやって決まるのでしょう?」


 尋ねると、三人は顔を見合わせた後、答えた。


「見習いとして訓練をして、その実力や家柄などで判断されますね」


「ちなみに家柄が子爵以上でも第三子以下だと実力だけで判断されることもあります」


「……ち、ちなみに、我々は第五騎士団です」


 皆の解説に頷き、首を傾げる。


「第一騎士団が近衛騎士団と呼ばれていると聞きました。第五騎士団は……」


「傭兵騎士団、です」


 三人は何処か嫌そうな顔で第五騎士団の別名を口にしたのだった。







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