稀代の英雄は男装の麗人
ちょっとコメディタッチに最強騎士の成り上がりを書いてみたくなりました!
テンポ良く進めますので、是非読んでみてください!
傷だらけの石畳の上に、重く湿った音が響いた。それを合図に、それまで絶え間なく聞こえていた金属の擦れる音や喧騒が止む。
皆の視線が地面に転がる布に包まれた大きな物体に向けられる。
「首魁、スフォルザート・ディ・スペリオールを討ち取りました!」
布に包まれた物体を運んできた黒の鎧を着た騎士達が報告した。
その言葉に、周囲は歓声を上げるよりも先にどよめいた。だが、黒い鎧の騎士の一人が布を取り払い、片腕を失った死体を皆に見せると、驚きと賞賛の声が出始める。
「な、なんと……!」
「あの太古の魔術師と呼ばれるスフォルザートを……!?」
「流石はヴィーノ殿率いる王都第一騎士団だ……! まさか、あのスフォルザートを討ち取るとは……」
そんな声が方々から上がる中、黒い鎧の騎士達の奥から、両手に長剣を持った血塗れの男が現れる。獰猛な笑みを浮かべる茶色の髪の男の登場に、皆が息を呑んだ。
茶髪の男は血に塗れた手で無造作に髪を撫で上げる。
「陛下! 我が騎士団は千を超えるアンデッドの軍を打ち破り、首魁たる死霊魔術師、スフォルザート・ディ・スペリオールを完膚なきまでに叩き潰しました! これで、我が騎士団がアペラシオン最強であるとお認めいただけますか!?」
男は死体の背中を片足で踏み、口の端を釣り上げてそう言った。
すると、反対側から白銀の鎧を着た騎士達に囲まれて、赤いマントの男が現れた。
二十代ほどの見た目で、目元を隠すほどの長さの金髪の隙間からは赤い瞳が覗いている。彫刻のように整った顔立ちの男だ。
男は視線を下げて死体を見る。肩から胸、横腹から背骨、腿の付け根から膝といった形に激しい切り傷が露出した片腕の無い遺体。顔だけははっきりと識別出来るが、中々見るに堪えない状況だ。
大きく開かれた目と口からも血が大量に流れた跡があるが、白髪の痩せ細った顔を見て、金髪の男は顔を上げて唸り、口を開いた。
「……流石は、ヴィーノ・ダルバ・ブルトゥーレ騎士団長。見事です。まさか、あのスフォルザートをこれほど早く倒してみせるとは」
男がそう口にして近付こうとすると、隣に立つ白銀の鎧を着た騎士が素早く前に出て、男の足を止めさせる。
それに、ヴィーノと呼ばれた茶髪の男が顔を顰めた。
「……なんの真似だ、クロウ近衛騎士団長」
低い声に、金髪の男の前に立つ騎士以外の騎士達は顔を強張らせる。だが、クロウと呼ばれた騎士は気にした様子もなく、片手を腰に下げた剣の柄に添えた。
クロウは長く美しい赤い髪を後ろに纏めており、中性的ながらも野生的な雰囲気を持つ騎士である。クロウはヴィーノを睨むように見ながら、静かに口を開いた。
「陛下、これ以上近付いてはなりません……危険です」
クロウがそう告げると、ヴィーノの顔が怒りに引き攣る。
「……聞き間違いか、クロウ殿。増長するのもいい加減にしておいた方が良い。言葉も過ぎれば、貴様の首が無様に地面に転がることも有り得ると知れ……っ!」
「増長などしていない。ヴィーノ騎士団長。貴殿も一度下がられよ」
「……あ?」
クロウの言葉に、ヴィーノは片方の眉を上げる。手は既に自らの剣に添えられていた。一瞬で張り詰めていく場の空気に、周りの騎士達の何名かも臨戦態勢に入る。
その時、ヴィーノの足元が薄らと発光し始めた。血だらけの死体を中心に、赤い光とともに複雑な魔法陣が展開を始める。
「……っ! なんだと!?」
ヴィーノは驚愕しつつ一歩後方に離れた。そして、素早く抜刀すると同時に踏み込み直し、死体の首を横薙ぎに斬り裂く。
胴体から離れた生首が半回転転がるが、不自然な動きで止まり、ぐるりとクロウに顔の正面が向いた。
顔や体の露出している部分に太い血管のようなものが網目状に浮かび上がり、白く濁っていた目に暗い光が宿る。
「ま、まさか……!?」
目の前で起きる光景に、誰もが目を奪われて動きを止めた。
血の滴る生肉を引き裂くような湿った音を立てて、淡い光の中で死体が修復を始める。不要となった血を流し尽くすように地面に血溜まりを作りながら、死体は失われた片腕を残して傷一つない体へと変化した。
ゆらりと立ち上がり、蘇った死体が口の端を上げる。
「……良く気が付いたな……」
地の底から響くような重々しい声で、死体がそう言った。
すると、クロウは小さく鼻から息を吐く。
「仮にも死者の王の異名を持つ古の魔術師が、僅か半日で死ぬとは思えなかった。それに……」
呟き、クロウは剣を抜く。刀身が一メートルと五十センチを超える大剣だ。通常ならば刃が長くなれば重さは三キロ程度に抑えるが、クロウの持つ大剣は明らかに十キロ以上はありそうな厚みだった。
その大剣の刃を地面と平行に持ち上げて、剣の先を敵に向ける。
「……死体に無いはずの殺気が消しきれて無かったぞ、スフォルザート・ディ・スペリオール」
そう告げられて、蘇ったスフォルザートは肩を揺らし、くつくつと声を押し殺して笑い出した。
そして、自らを抱くように失われた腕に手のひらを当て、腕を再生する。骨、血管、肉、皮といった具合に元通りになっていく光景は、どこか神聖めいた光景ですらある。
「看破したからといって、貴様にこの私が止められるという事ではあるまい……?」
腕を再生し終えたスフォルザートがそう口にすると、周りの騎士達が冷や汗と共に剣を構えた。
背後では魔術師も動き出していたが、スフォルザートの笑みは崩れない。唯々不敵に笑い、クロウを試すように見ていた。
その時、顔を憤怒に染めたヴィーノが動く。長剣を目にも止まらぬ速度で振り抜き、スフォルザートの背中を斬った。
だが、斬りつけた筈のヴィーノの方が激しく弾き飛ばされる。勢いよく剣が跳ね返り、その反動でヴィーノ自身も大きく後方へ吹き飛んだ。
「……ほう。物理反転防御陣でそれだけ弾かれるとは……貴様の剣はそれだけ優れているということか。誇るが良い、人間よ」
スフォルザートはそう呟くと、再びクロウに視線を戻す。
「……しかし、相手が悪かった。相手はこのスフォルザート・ディ・スペリオール……五十年前に人を捨てた超越者なのだからな」
愉悦を噛み殺すようにそう言ったスフォルザートに、クロウは動じた様子無く、だが不愉快そうに溜め息を吐いた。
「人間を超えた超越者ならば、自らの状況に早く気付いて欲しいものだ」
「…………なに?」
クロウの一言に、スフォルザートの眉根が寄る。
「軍勢を盾にしてさっさと逃げれば良かったものを……自身の力を過信して敵の大将の首級を上げようと、のこのこ本陣まで単身で来るとは……」
ぶつぶつと愚痴を言うように呟くクロウに、スフォルザートは目を瞬かせた。そして、すぐさま目を鋭く細める。
「……気でも触れたか? 我が死霊魔術の真髄は先程の物理反転防御陣程度では無い。さぁ、後悔するが良い。我が力の前では、貴様らなぞ……」
片手をクロウの顔に向けながら、スフォルザートは何か言いかけた。そこへ、クロウの剣が振われる。
「遅い」
重量級の大剣を奮っているというのに、まるで枝を振ったように空気を切る音が鳴り響く。
瞬きをする間に、クロウの剣は十以上もスフォルザートの体を通過した。最後に、脳天から地面に向けて振られた剣撃で、スフォルザートの体は数十のパーツに分解され、地面に転がる。
「……ば、馬鹿、な……」
頭部も四つに別れてしまったのに、スフォルザートの困惑した声が辺りに響いた。
あまりにも一方的な惨殺劇に、味方のはずの騎士達も微動だに出来ないでいる。すると、クロウの後ろに立っていた、金髪の男が少年のような無邪気な笑顔で自らの手のひらを打ち鳴らした。
「見事です、クロウ騎士団長! まさか一撃とは……!」
その称賛の声に、遅れて周りから拍手が起き始める。離れた場所では、悔しそうな顔でクロウの横顔を睨むヴィーノの姿もあった。
皆の称賛と歓声を浴びながら片手を挙げて応え、クロウは苦笑する。
「……また、婚期が遠のいたかな……」
そう言って、クロウ・エ・ローヌ・エルミタージュ近衛騎士団長は、自らが嫁ぐ未来を想い、目を細めるのだった。
激しい戦乱の世で、一つの国が並み居る列強を退けて世界最大の国となった。
その名はアペラシオン王国。大陸の中央北側に位置する大国の一つであり、軍事大国であるディノミナ帝国や、南部に位置する豊かなオリヘン王国。また、東の湖の周囲を囲うガランティーナ聖公国やティピカ連合国、タヴォラ王国の三国同盟とも隣接しており、これまでは領土を広げることが出来ずにいた国だった。
だが、ある時期を境に、アペラシオンは次々と隣国の領土を削り取り、一大大国へと変貌していく。
その立役者として名が上がるのが悲劇の第三王子で知られるルーセット・デュ・クレリー・アペラシオン。
そして、戦場の悪魔や狂戦士、断罪の王剣、鉄血の鬼神、アペラシオンの死神など、様々な異名で呼ばれて恐れられた騎士、クロウ・エ・ローヌ・エルミタージュ。
この二名の名は必ず上がるだろう。
これは、アペラシオン王国にとっての稀代の英雄、クロウ・エ・ローヌ・エルミタージュの物語。
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