その9 ~一家共倒れ
秋から冬に差し掛かる11月のある日の事。
刑務官が及川の房にやってきた。
「手紙だ。」と控訴審から国選で引き受けた弁護士事務所からの手紙を及川に渡した。
及川はその手紙を開封して読んだ。
妹からの怨み辛みがギッシリと綴られた内容の手紙だったようだ。
返信されないようにわざわざ弁護士経由で送ってきた程だからその恨みは計り知れない。
内容的には及川が起こした事件のせいで両親は離婚、父親は比較的大きな会社を追われる羽目になった。弟は学校で死刑囚の弟とからかわれ、自分は結婚前提で交際していた相手から別れを切り出された、と言う感じだった。
「俺は悪くないポン、あの時泣いて騒いだメスガキ共が悪いポン」及川は手紙を読んでも自分は悪くないと主張する。
及川は手紙をゴミ箱に捨てるともはやルーチンと化した自慰行為を始めてしまう。
ちなみに手紙の内容は予め拘置所側が検閲をする。内容をチェックして問題が無ければ相手に出したり相手から手紙をよこしてもらう感じなのだ。
問題が有れば収容者に書き直しをさせたり、塗り潰して収容者に渡す事もある。
新聞とかも事件に関わる内容や連想をさせる内容の記事は塗り潰してしまう事もある。最近は知る権利で大幅に塗り潰しはなくなったようであるが。
ここまで己の罪と向き合わない死刑確定者は珍しい、と刑務官達も呆れ顔。
他の死刑確定者は差はあれども己の罪に向き合ったり、絵を描いたり、写経をしたり、宗教にすがり付いたりと色々なパターンがある。
執行逃れの再審請求を当たり前のように出す者も多い。だが最近は執行逃れの再審請求なら請求中でも執行してしまうようだ。
何日か後に弁護士が及川との面会を拘置所に求めてきた。
拘置所側が理由を訪ねると被害者の遺族達が及川と親を相手取って民事訴訟を起こしたので本人から話を聞きたいとの事だ。
普段は収容者側から再審請求するから弁護士呼べや、が王道パターンである。
刑事と民事のダブルで裁判になるケースもちらほらあるが及川もそのパターンになってしまった。
拘置所側の好意でとりあえず及川との面会を許可された弁護士は30分以内と言う短い時間で要件を話す。
しかし「自分は悪くない」を主張する及川に弁護士は話にならないと諦めてしまった。
民事訴訟の結果は及川の親に再起不能レベルでの賠償額が言い渡されてしまったのは言うまでもない。
一軒家を売り払い、預金全額充てても全然足りずに弟は学校を中退して働かざるを得なくなり、妹は天文学的な賠償額の支払いの為に風俗の世界に堕ちていった。