その5 ~地獄の酷暑
暑さが厳しくなっていく7月。
空調の無い拘置所の房内は完全に蒸し器の内部のような状態だ。
まるでコンビニで売っている肉まんのように蒸されている及川の全身から止めようの無い汗が流れている。
「あづい…」とぼやくがどうにもならないのが塀の中。
ニート時代は「豚小屋」と比喩されたアパートの中で冷蔵庫の中みたいに空調を効かせていたのだが拘置所には空調なぞ無い。
いや、正確には空調設備は有るのだが拘置所側が一切使わないのだ。
国の予算、言わば税金で維持されている拘置所。
空調なぞ使えば「税金の無駄遣い」と非難の的になるのは言うまでもない。
それを恐れてなのか、全国的にも酷暑で有名な名古屋の中心部にある名古屋拘置所は空調を使う気は毛頭無い。
飲み物も買えない及川は房内にある洗面台の蛇口に口を近付けて蛇口から出るぬるま湯のような水を飲む。
本来なら名古屋拘置所では違反行為なのだが最近の猛暑でも空調を動かさない上に風通しの悪すぎる自殺防止房の蒸し器状態な房内にて熱中症を起こして死なれたら所長以下幹部職員の責任問題に発展しかねないので黙認している。
拘置所の南側には繁華街の栄や錦地区があり、大勢の人達で賑わいを見せている。
オアシス21に有る噴水が多少の清涼感をもたらし、テイクアウトで買った冷たい飲み物を飲み、氷菓子を頬張る若いカップルが暑い暑いとぼやく。
「あづい…」拘置所の自殺防止房の中に居る及川はトドのように寝そべりながら大量の汗を垂れ流している。
拘置所と繁華街は直線距離でわずか1キロだが天国と地獄がはっきりと別れていて滑稽さも感じるのである。
暑いのは収容者だけでなく、中で勤務する刑務官も同じだ。
むしろ制服姿なので薄着の収容者より暑く感じるであろう。
現金の差し入れが有った収容者や日頃の請願作業で僅かな金銭を得た者は朝に行われる「願い事」で申し込んで買った飲み物を飲んで酷暑を通り越した蒸し風呂の中みたいな房内で暑さに耐えている。
早く夏が終わり、秋が来るのを収容者達は待ち望んでいる。