その4 ~昼食とお菓子と男梅
新しい単独房に移された後に昼食となった。
麦飯、クズ野菜を使ったかのような味噌汁、そして焼き魚とホウレン草の和え物だった。
ニート時代に魚の小骨に文句を垂れていた及川は死刑確定者となった今も小骨に文句を垂れていた。
食事は拘置所で懲役に服している収容者が作っているのだ。典座同様に調理経験の無い者も懲役で炊事係に充てられれば毎日収容者の為に調理をしなければならない。
及川はニート時代はジャンクフードばかり食べていたので逮捕されて塀の中の暮らしでの食事に大変不満を抱いている。
僧堂の雲水とは違い食事のおかわりは無い。
死刑確定者の及川は未決扱いと同様の区分分けで飯の量は一番少なくされている。
立ち仕事や重労働をする者はかなり多く、座り仕事、未決や死刑確定者、病人の順で飯の量が決められている。
ニート時代の「まんが日本昔はなし盛り」とか「半田屋の大盛」等とバカにされていた飯の量から見たら半分以下。まぁ、死ぬのが罰なので労役が無い死刑確定者なのだから致し方ない。
足りなければお菓子を買って食べれば良いが、及川は被告人の頃に「領地金」を使い果たして買うに買えない状態である。
領地金とは収容者が予め持ち込んだ金銭であり、拘置所側で帳簿につけて監理している。懲役の囚人が労役で得る「作業報償金」とは違い減額や没収はされない。
逮捕された段階でパソコンやスマホの類いは押収され使う事すら出来ないので及川は乞食ライブが出来なくなった。更には逮捕後に運営からアカウントが凍結されてしまったので完全な無収入となった。
今まで働く事を拒否し続けた及川はお菓子の為に嫌々「請願作業」をしようかと考えてしまう。
袋貼りとかの単純作業で「拘置所でやる内職」と思えば話は早い。
他の死刑囚の中でも請願作業に没頭して死の恐怖から一時的にも忘れようとする者もいる。
稼ぎは月に数千円程度。頑張れば万単位で稼いだ者も居た。
及川は刑務官に願い出て請願作業をしたい、と申し出た。
だがこの景気の中で拘置所に「内職」を委託したい業者はなかなか現れない。
となれば差し入れしか方法が無いがニート時代から実家から追い出されて「豚小屋」とバカにされたアパート暮らしをさせられていたのだ。
激甘な母親が居たが事件後に父親から離婚を突き付けられて消息は不明。
他に金銭やゲーム機を与えたりしていた内装職人のオッサンが居たが及川がSNSでブロックしたりして疎遠になり、今では全くと言って良いほど関り合いが無くなった。
完全な四面楚歌になった及川は刑務官に請願作業が有れば教えて欲しいと「男梅」みたいな表情で泣き付いていたのは言うまでもない。