Do you need HENSHIN?
静かな夜空に、機械仕掛けの音声がやかましく鳴り響いた。
『Do you need Transform?』
生意気な少女を思い起こさせるその声は、持ち主の腰あたりから聴こえていた。
よく見れば持ち主の腰には幾つもの装置を組み合わせたようなベルトが装着されている。
「Yes I do」
持ち主はの声は低い男のものであったが、感情を失ったかのような無機質な口調でベルトから発せられる問いを肯定した。
『Why do you need?』
「There is an enemy in front of me」
夜闇に潜むように心音すら忍ばせていた男の目敵である異形は既に男の眼に捉えられており、もはや再度逃げ隠れる事は出来なかった。
悠長なベルトの問いかけに男もまたゆっくりと答えながら、靴音を響かせその音の余韻を楽しむかのように悠然と闇に同化している異形に向かって歩いていく。
『OK! Ret shall we 3,2,1──』
男の左手は眼前に掲げられ、右手はベルトのバックルに添えられる。ベルトから聞こえる少女の合図にに呼気を合わせ呟いた。
『「Transform」』
辺りが一瞬昼間になったかと思う程の閃光と共に男のベルトからつんざくような機械音が独特のリズムを奏でる。
「……なっ、隠蔽術が見破られていたというのか?!」
身に纏う闇を切り裂かれ、悍ましい姿を顕にした異形が驚愕の声を洩らし、未だ光を放つ存在から距離を取ろうとする。
背中から身の丈の数倍を超える黒翼を生やし数度羽ばたかせるとそれだけで周囲に烈風が生じ異形の巨体が宙に浮かんだ。
『ふうん。今度の敵は飛行タイプみたいね』
流暢な、しかし微かに西洋訛りの日本語が先程の少女の声で男のベルトから響く。
異形は既に地面から十数メートル離れ逃げ出さんと背を向けていた。
男、いやその姿は既にただの人間のものではなかった。
人型で、腰についたベルトが同じ物であることから先程その場にいた男である事は分かったが、見た目は先程羽ばたいて逃げ出した異形の姿に近く、しかしより洗練されていた。
全身を覆う生体防具は黒く鈍い金属光沢を帯びており所々が内部や急所を守る為か鎧のように何層にも表皮が重なっていた。
頭部はヘルメットようになっており前面には虫の複眼に似た巨大な眼がついていた。
男であったその存在はまたもやバックルに右手を添え声と共に何かを操作する仕草をした。
「……metamorphosis」
『OK! Type FLAME!』
ベルトが何事か言い放った瞬間、ベルトの持ち主の全身が紅く染まり燃え上がる。全身に纏う炎を男は足に集中させ駆けるように一歩踏み出した。
「?! うげぇ!」
男は宙に跳び上がり、瞬きの間に化け物と同じ高度までさながらロケットのように上昇した。
男が先程までいたアスファルトは深く陥没し紅い炎が所々揺らめいていた。
足がゆらりと持ち上がり、異形に狙いを定める。
男の体勢が遥か遠くにある地面と平行になった。両足で燃えていた炎は右足に集まり輝きを放ちながら渦巻いていく。
「……rider Kick」
「お前ぇ! 巫山戯ん……?!」
異形にそれ以上喋る事は敵わなかった。
肩から炎を噴射する事で推進力を得た男の右足が顔面を捉え吹き飛ばしてしまったからだ。
残りの胴体も足の炎が伝わることで爆発し消し炭となった。
「……」
異形を倒す事に力を使い果たしたのか、男の体表色は紅蓮から元の黒一色なっていた。異形を倒したままの勢いでしばらく放物線を描くようにして自然落下していく。
着地と同時に地面が少し揺れたが男は痛がりもしなかった。
『good job!!』
少女の労いの言葉が聞こえると同時に男の全身を覆う生体防具がホログラムのように消え、男は変身前の姿に戻っていた。
「……」
男はまた、変身前と同じように歩き出す。何処かにいる、闇に潜む異形を狩るために。