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炎の魔女と白銀の竜  作者: paparatchi
5/12

第四章 ライエの混乱

 ライエは混乱した。

 あの白銀の竜に乗っていた、小柄の長い栗色の髪の少女は、間違いなくロゼ。


 ありえない。あいつが、こんな場所にいるはずがない。


 一体どういうことだ?


 ここは、コンスルの貿易都市、アラカド。

 リアニスのアリアンヌからはかなり距離がある筈だ。


 そもそもどうやってここへ来た?


 一週間前に手紙を寄越してきた頃には、まだあの町にいた筈だ。


 アリアンヌは敵の空襲にあったと聞いていた。


 彼女は今、竜に乗っている。


 世界で八つしかない竜笛のうちの残りの一つ・・・似ているとは思っていたが、彼女のあの首飾りがそうだったのか?


 彼女はあれを父の形見だと言っていた。

 ということは、アリアンヌの街を焼き払ったのはロゼだというのか?


 あぁ、もう、わけがわからない!


”ライエ!”


 カノンの声に、ライエが反応する。

 見れば下から、対空砲火の砲弾が近づいてきていた。


 ドォンと、砲弾が炸裂する。


 危なかった。カノンに声を掛けられていなかったら、今頃は破砕された砲弾で血まみれになっていた。


 ライエは敵の竜のいた方向を見たが、そこにはもう竜はいない。


 どこへ消えた?


 辺りを見回すが、それらしきものは見当たらない。


 太陽か!


 そう考え、日の光が射す方向に目を向けたが、時は既に遅く、白銀の竜は自分を真っ直ぐ見つめながら、炎の球を放ってきた。


 ドォンと、地上から瓦礫が跳ねる。


 太陽を背にした敵の竜は完全に照準を自分に合わせていた。


 わざと、外したのか?


 眼前の白銀の竜に、別の方向から僚騎による火球が放たれる。


 ツァイス・戦死・全騎・離脱セヨ


 炎を放った僚騎は、ランスだった。


 黒い竜の背中から発せられた、レイザーからの回光信号を見て、ライエは命令に従う。


 総督府は破壊したが、敵艦は撃沈には至らなかった。

 ツァイスを焼いたあの炎は、敵の未知の攻撃によるものだ。

 迂闊に踏み込むのは危険という判断だろう。


 幸いに敵は一騎のみ。


 離脱する我々を追うには、戦力が少なすぎる。

 海の方角に撤退する六騎の竜に、敵の竜は沈黙を続けた。



 ◆

 離れていく六騎の竜騎士を見て、とりあえず、テュールは安堵した。


「終わったな」


 と、彼はロゼの方を見る。


 ロゼは、小柄な体を埋めながら、肩を震わせる。

 しゃくり上げる声。溢れてゆく涙。


 彼女は、とても小さな声で、泣いていた。


 初めて人を殺めてしまったという悔恨の念からなのか、あの赤い髪の竜騎士との因縁がそうさせるのか。


 彼にはわからなかったが、そのあまりにも小さな背中を見て、そっと、頭を撫でてやることしかできなかった。


 十四歳の少女にとって、この運命はあまりにも過酷すぎる。


 焼けてしまった街を眼下に眺めながら、テュールはそう思った。


”アロウ、敵の竜騎士の落下点はわかるか?”


”葬るつもりか・・・奴さんはもう炭も残っちゃいねぇぞ?最早、ネームタグと竜笛しか残っていない”


 流石は、竜の目。空の上から、そんな小さなものまで視認できるのか。


”ひとまず、竜笛を回収したい。すまないが、落下点へ下降してくれ”


 ロゼには残酷な話ではあるが、この場で敵が残した戦利品を回収することは、今後の戦局を大きく左右する事になる。


 だが、自分が殺した兵士の姿など、彼女にはなるべく見せたくない。


 亡骸が完全に燃え尽きているのはむしろ好都合だった。



 ◆

「それで、おめおめと敗走して戻ってきた・・・と?この戯けが!世界最強の竜騎士団が聞いて呆れる!」


 地方のリアニス軍の駐屯地の一室で、ジェヴォーダンはレイザーを叱り飛ばした。


 部屋の外に出された五人の竜騎士は、中から聞こえる延々と続く罵声を聞いて項垂れていた。


「まったく、好き放題言ってくれるぜ、ジェヴォーダン(たぬき)のやつ。隊長は敵の攻撃が魔法かもしれないってんで、俺たちの命を庇おうとしたんじゃねぇか。いっそテメェを駐屯地ごと焼き払ってやろうか?」


 ジェンナーが悪態をつく。肌が浅黒く、短い金髪の筋肉質の竜騎士は、5人の中で最も軍人らしい風貌と言える。


「抑えろ。あれでも上官だぞ」


 ジェイルがジェンナーを諌める。


 これは、我々の失態だ。ジェヴォーダンの言い分も、無理はない。


 ツァイスは、戦闘時の横槍を嫌う為、敢えて加勢はしなかったのだが、真逆まさかあんな形で裏目に出るとは誰も予想していなかった。


 単に心情を述べるだけなら、ジェンナーに同意出来る部分も多分にあるのだが、自分は副隊長。


 上官の批判は士気に関わる。仲間の言い分だけに流される訳にはいかない。


 ジェンナーとは対照的に白い肌をした、銀髪の真面目な男は、そう考えた。


「何が上官だ。たかだか二万の兵で兵力十万のコンスルに白兵戦で勝てると本気で思ってんのかあいつは?俺たち竜騎士がいないと戦争にも勝てねぇくせしやがって」


「そういえば、ツァイスを殺した敵の魔法、ライエは見てたんですよね?」


 中性的な顔立ちの長身で長い黒髪の竜騎士、チャリオットの騎手、ゼルカが、話題を変えようと、ライエに声をかけた。


「何の前触れもなく炎に包まれていた。あれでは防ぎようがなかったろう」


「はっ!成績トップの赤髪君でもツァイスを助けることができずに、ただボーッと眺めていただけだったとはな!」


「一瞬の出来事だったんだよ。あの状況でどうしろってんだ」


「何だ?やるのか?」


 長椅子に座っていたジェンナーが立ち上がる。

 ライエもジェンナーの方に近づいて対峙する格好になった。


「やめろよ二人とも。噂だったが、コンスルにはまだ魔法使いの生き残りがいるらしい。今回出くわしたのがそいつなら、かなり厄介だ」


 間に座っていた形の黒い短髪で小柄なスピアー騎手、ブリッツがそれを制した。


 魔法というのは常識を覆した力だ。予想もできなければ回避もできない。


 竜騎士の戦い方は、周囲の状況を鑑みながら先を読む能力に長けていなければ務まらないが、予想も回避もできない相手にどう戦えばいいのか、答えが出ない。


 そういったモノに対峙し、迷わず退却を選んだ隊長の判断は正に英断と言える。

 下手をすれば全滅もあり得た話なのだ。


 ガチャリと、扉が開いた。


「隊長!」


 部屋から出てきた白髪混じりの茶髪の男に、その場にいた全員が駆け寄って、敬礼する。


「みんなご苦労だった。今回のこと。ツァイスの冥福を祈ってやれ」


 全員が俯き、押し黙った。


 いけ好かない奴だったが、あいつもいわば戦友。俺たちが冥福を祈ってやらないでどうする。


 ライエはぐっと唇を噛んだ。


「それで、これからは如何様に?」


 暫くの沈黙の後、ジェイルが口を開く。


「魔法に対する防御策が現状では不十分だ、どんな攻撃を仕掛けてくるのかが読めない以上、我々は()()を避けて今後の作戦を展開する方針だ。幸いしているのは、敵も魔法使いが一人しかいないことが分かっている事だ。閣下は()()使()()()()()()()()()()と達してきた」


 全員がざわついた。


 生け捕り?暗殺ではなく?


「今回は隠密性の高い任務だ。我々が連れ立って出張ったところで、敵が身柄を引き渡すという状況には持ち込むことは不可能だからな。よって、この中の誰かにその任務を託したい」


「恐れ入りますが、その件、私に預からせていただけないでしょうか」


 レイザーが全てを話し終わらないうちに、ライエが口を挟んだ。


 これは彼にとって絶好の機会だ。

 ロゼ・バークガッツ。彼女をコンスルから引き剥がす為の。


「分かった。全員、今夜は解散だ。自室に戻って休養しろ」


 レイザーはそう言って、部隊を散会させた。


 ・・・


駐屯地の外には雲ひとつなく、綺麗な三日月が浮かんでいた。


「珍しいな。普段あまり口数の少ないお前から志願など」


 レイザーはそう言って、タバコに火を灯した。


「隊長、知っていたんでしょう?」


「何をだ?」


「魔法使いのことです。退却するにしては判断が早すぎる。あの場で魔法使いと遭遇する可能性があったと、そう認識していたのではないですか?」


 煙を吐きながら、レイザーはわらった。


「そうだ。名前を聞いたのは先刻だがな。彼女の名はロゼ・バークガッツ。アリアンヌの出身だそうだな」


 やはり、と言うべきか。あれは見間違えなどではなかった。敵の竜に跨っていたのはロゼ本人だったのだ。


「今度はこちらが質問する番だ。ライエ、お前は何故あの時、彼女を撃たなかった?」


 あの時、というのは、ライエが彼女の真上から降下した時の事だろう。


 急降下して火球を放とうとしたカノンを、全力で止めた。


「彼女は幼馴染です」


 隠していても仕方がない。ライエは、レイザーには何もかも喋っておこうと考えた。


「やはり、この人選で間違いはなさそうだな」


 レイザーは再び嗤う。


「まったく見知らぬ人間が出向くよりも、面識のある方が彼女も安心するだろう。誓って悪いようにはしない」


 コンスルのように、戦場に出すことも。


 レイザーはそう言って、タバコの火を落とした。



 ◆

 船の中は凄惨な状況になっていた。

 沢山の人々が怪我で動けなくなっている。


 甲板にはおそらく、死んでいるのか、血まみれで横たわる人や、燃えてしまって、人間だったのかどうかすら判別できない黒い塊も其処彼処に転がっている。


「モルヒネを、モルヒネをくれ!」


 腕の千切れた水兵がそう叫ぶ。


 私は彼の傷口を紐できつく縛り、止血をする。


 彼は懇願してきたが、生憎と麻酔は切れている。

 彼の痛みを和らげる術はもう無い。


 応急処置を終えて次の怪我人へ。文字通り戦場と化した状況だった。


「お前達が無事なのは嬉しいが、怪我人の手当てが先だ。もうすでに動ける人間には手伝わせている。お前達も頼む」


 ナージャはそう言って私に、最後の消毒液と包帯を託す。


「姉さん・・・」


 腰を落としたテュールは、顔に布が被さったその亡骸を見て愕然としていた。


 艦長が死んだのを聞かされたのは、先ほどの事だ。

 艦橋が攻撃を受けた際に、破片が直撃したらしい。


「呆っとするな!副長、あんたにはまだやらなきゃいけないことがあるんだよ!」


 泣いている場合じゃない。


 私も、船に上がってから甲板の状況を確認してそう思った。


 私達は五体満足で動ける状態なのだ。

 刻一刻と怪我人の状態は悪くなっていく。無駄にしていい時間は微塵もない。


 私は、さっき彼が私にしたのと同じように、去り際にそっと頭を撫でた。


 医務室は廊下にまで怪我人が溢れていた。動けなくなった乗組員に動ける者達が包帯を巻いたり、水を飲ませたりしている。


「ナージャ医務官。丘の病院に受け入れ態勢が整っています」


「私じゃなくて、戻ってきた副長に言いな」


 腕の折れた水兵に添え木をしているところで、アーシェスが戻ってきた。


「わかった。動けるものは全員、怪我人を運びだせ。アーシェス、丘の病院にも協力を要請しろ」


 ダリア艦長の亡骸の傍らで蹲っていたテュールが立ちあがった。


「既に担架を運んでもらっています。ですが、丘の怪我人の処置もあるので、病床が足りるかどうか」


「病院の病床は市民を優先だ。ベッドが足りないのならホテルに協力要請を取れ」


「わかりました」


 テュールがそう指示をすると、彼女は足早に外へ出た。


 ・・・


 一体どれほどの時間が流れたのか。船の中が落ち着きを取り戻したのは、もうすっかり日が落ちてしまってからのことだった。


 港にいた生き残りの水兵達は皆、船の修理に回っていた。


 テュールもしばらくの間、船員に指示を出して、資材の手配やら、破損した部分の応急処置やらで走り回っていた。


 私は医務室の中で、しばしの休息をとる。


 昼間に空襲を受けてからこっち、まともに食事すら取れていなかったので、一切れのパンでも有り難かった。


 ナージャの話では、機関部は無事なので、船は動けるようになるそうだが、艦橋が破壊されているため、修理には少し時間がかかるという。


 既に、首都の方に伝書を飛ばしているそうで、軍令部からの連絡待ちの状態であるらしい。


「アンタもしばらく休め」


 そう言ってコーヒーを手渡そうとしたナージャに、


「ごめん。私、飲めないの」


 と、断りを入れた。


 入れて貰っておいて申し訳ない気持ちはあるが、私は昔からどうも、コーヒーという飲み物は苦手だった。


 紅茶もそうだが、そもそもミルクと水を混ぜるという概念が受け付けない。


 コーヒーに至ってはミルク抜きでは飲めたものではないし。


 なので、紅茶も、私はミルクを入れずに飲む方だ。どちらかというとレモンを添えて貰った方がありがたい。


 そんなことを考えていたら、急にレモネードが飲みたくなった。



 ◆

 レモンジュースが大匙二杯、蜂蜜が、大匙二杯。水を、コップ一杯分より少しだけ少なめに入れてシェイカーへ。


「蜂蜜多めにね」


 少し、蜂蜜を足そう。


 カウンター越しに、目を輝かせる幼馴染を横目に、赤い髪の少年は、シェイカーをシャカシャカと振る。


 昼間の閑散としたバーの店内に、出来上がったレモネードを見て、子供のようにはしゃぐロゼがいる。


 まぁ、子供なんだけど。


「うーん。マスターのとはちょっと味、違うかなぁ。随分近くなってるとは思うんだけど・・・」


 店番が奢りで出した飲み物にケチをつける冷やかし。


 お前の注文通りに作った筈だ。今度はうんと酸っぱいやつを出してやろうかと、ライエは思った。


「そうか?親父のレシピ通りに作ったはずなんだけどな」


 彼は少しムッとした調子で、コップを見る。

 今し方作ったばかりのレモネードは、既に氷だけになっている。


 結局ゼンブ飲んでるし。


「もう一回作ってよ」


 ロゼはニコニコしながらコップを差し出す。


「金、とるぞ」


「えー、だって味違ったし」


「あんまりレモンがなくなったら、親父に怒られんだよ」


「レンシューしたって言やいいじゃん。お願い、あと一杯だけ。今度はもっと、ゆっくり飲むから」


 仕方がないと思いつつ、ライエは再び棚からレモンを取り出して切り始める。


 頬杖をつきながらそれを見る少女は、屈託のない笑みを浮かべている。


 もう今日の営業は終いでいい。この瞬間がずっと続けばいいのに。


 彼はそう思いながら、二杯目のレモネードを作り始めた。



 ◆

 結局あの日は四杯も作らされたなと、レモンを切りながらライエはそう考えた。


 彼女が遂に納得をしなかったのが悔しくて、今でも余裕がある日は、朝食に自作のレモネードを添えるのが彼の日課になっている。


 特命を帯び、駐屯地から出て二日。


 今は小さな村の宿泊施設の一室で過ごしている。


 あのまましばらく駐屯地にいても特に何も言われなかったのだろうが、如何せん彼は集団が苦手だった。


 さっさと出て、一人の時間を作り、この先の展望を考えるのも悪くはない。


 バタートーストの傍にレモネードを置き、ライエは机上に置いてあった新聞を広げた。


『アラカド空襲』、『アリアンヌの報復措置』


 政府は昨日、リアニス軍竜騎士団がアラカドの軍事施設を空襲したと発表した。

 先のアリアンヌ空襲から、リアニス軍がコンスルに対して攻撃を加えたのは、これが初めて。

 事実上の報復措置と見られる。


 二日前に自分たちがやっていたことが、新聞に取り沙汰されるのは妙な気分だ。


 普段は訓練や演習で忙しいので、こうしてまじまじと時間をかけて新聞に目を通すのも久し振りだった。


 敵が次の一手を考える前に、否、できることなら彼女がアラカドにいる間に捕まえられたらいいのだが、残念なことに、空襲直後の警戒が厳しくなっていることが予想される。


 戦争に入り、国境警備も厳しい現在、コンスルに入国する手段は竜しかないが、竜でアラカドまで飛んで行くのは、最早、目立ち過ぎてしまう。


 あれだけの空襲だ。警戒しているのは軍人だけではない筈。


 当然、向こうでも新聞で大々的に報じられているであろう事から、全く無計画で上陸することは不可能だと考えられる。


 闇夜に紛れる手もあるが、残念なことに月齢は五日目。次に闇夜になるのはまだ当分先の話だ。


 その上、夜間に人気のない場所に降りることが出来たとして、しばらくは野宿になる。


 ともすれば数日分の食料も確保しなければならない。

 それほどの重装備で夜空を飛ぶのは危険だ。


 どうしたものか。


『都市国家リヴァレンス、中立を表明』


 あれこれと思い悩む彼の目に、その記事が飛び込んできた。


 これだ。


 リヴァレンスは十五年前の内戦を機にコンスルから独立した都市国家である。


 中立地域を経由すれば、コンスル国内に入境するのは比較的容易(たやす)い。


 軍属であることを隠し通すことができれば、或いは、渡航書類さえ工面できれば、一般人を装って入国できる可能性がある。


 一般的なリアニスの兵士なら兎も角、自分は国境の町、アリアンヌの出だ。リアニス訛りは隠し通せる。


 渡航書類の話は首都に伝書を飛ばせば解決するだろう。


「忙しくなるな」


 ライエはそう呟いて、部屋を後にした。



 ◆

 駐屯地のブリーフィングルームに五人の竜騎士が集められたのは、その日の午後を過ぎた頃だった。


 既にライエに特命を任じていたレイザーは、この場に彼がいない事に少し安堵を覚えていた。


 これから始まるブリーフィングは、ジェヴォーダン自らが命令を下す。


 命令の内容は知っているが、敵に幼馴染が居るという男が、この作戦に賛同するとは言い難い。


 本音を言えば自分もあまり乗り気ではない。だが、軍隊という場は、そういった身勝手が許されるところではないのは承知している。


「全員集まっているな。これよりブリーフィングに入る」


 ジェヴォーダンは、黒板に大きな地図を広げて指し示した。


 コンスルには四つの巨大な都市がある。


 先に空襲をした貿易都市、アラカド。

 その対岸に位置する、港湾都市、エリアス。

 そこから距離をおいて西にある、鉱業都市クェンサー。

 そして、コンスルの首都、元老院を擁する、リーガル。


 コンスルの守りが強固な理由の一つに、これらの街々に悉く軍事拠点が設けられていることが挙げられよう。


「先に空襲したアラカドは最大の都市ではあるが、新造戦艦と竜騎士、魔法使いが居るために、今回の攻撃対象とはしない」


 そう、今、アラカドには、図らずも、コンスルを守る全ての力が結集されてしまっている。


 前回の攻撃により、敵戦艦も未だ沈黙したままの状態だ。

 ゆえに、今回の作戦は、五騎の竜騎士を使った同時多発的な攻撃。


「つまり、アラカドを除いた、エリアス、クェンサー、リーガルに同時に空襲を行う」


「ちょっと待ってください」


 ジェイルが挙手をした。


「敵の首都であるリーガルを攻撃することは理解できます。ですが、エリアスやクェンサーに戦力を割く意味は?総力をもってリーガルを叩いた方が、戦争終結は早まると考えますが」


「現段階でこちらがリーガルを攻めている間に、他の二都市からの軍団を派遣されれば、国境の守りが保たない。さらに言えば、クェンサーとエリアスは、海に近い。対空装備を持たぬ旧式の帆船ながら、数隻の軍艦を所持している」


 ジェヴォーダンは、指示棒で二つの都市を指し示した。


 確かに、純粋な兵力差では、リアニスはコンスルに歯が立たない。


 しかし、コンスルの本土は、リアニス、および、アラカドからは対岸の大陸である為、その兵力の輸送経路は当然、海路となる。


 アラカドを機能不全に陥れたとはいえ、大元を絶たねば、海を使用してそれ以外の場所から上陸されてしまう恐れがある。


「我が方の首都、リスエットも海沿いにある都市なのは周知の通りだ。敵の軍艦が動けば、我が方の首都での海戦が免れない。よって、これらの敵軍艦の監視および撃滅の目的も兼ねている」


 禿頭の男は続ける。


「先にも説明したが、敵は主だった街毎に軍事施設を配置しているため、予備役を含めた総勢は十万を数える。だが、これはあくまで、全軍を準備できればの数字だ。先に全ての主要な拠点を壊滅させれば、補給の面でリーガル集結は難しくなる。叩くのはそれからでも遅くはない」


「つまり、多数の竜騎士に対する対抗手段をアラカド以外に持ち得ない今、コンスル全土を叩いて灰燼にすると」


 ゼルカの顔が曇った。随分と一方的なやり方だが、これは競技ではない。戦争だ。それは分かってはいるが。


「それだと、敵の竜騎士がこっちに飛んで来る可能性が抜けてねーか?魔法使いごと、リスエットに侵入されたら一溜まりもないぞ」


「尤もな意見だ、ジェンナー中尉。なので、今回は、作戦開始時に敵の魔法使いが何処にいるかという事が大きな焦点になるのだ」


「それについては、こちらから説明しよう」


 レイザーがここで口を開いた。


「敵の魔法使い、ロゼ・バークガッツ拿捕の件について、既にライエ・エル・ディナン少尉を差し向けている事は、周知の通りだ」


 赤髪の少年は、今、レイザーから特命を受けており、この場の人間とは別行動を取っている。


「よって本作戦は、彼が目標を捕捉し、これと接触したと確認出来た際に行動開始となる。Dデーの可否はこちらで判断し、連絡する」


 拿捕が成功するかどうかは未知数ではあるが、少なくとも足止めはできるはずだ。


「攻撃布陣についてだが、エリアスに私とジェンナー。リーガルにゼルカとブリッツ。クェンサーにはジェイル単騎で向かってもらう。私からは以上だ」


「諸君らの働きに期待する。解散」


 ジェヴォーダンがそう言うと、ガタガタと部屋中に椅子の音が響いた。



 ◆

 コンスルの軍令部から遣いが来たのは、丘で艦長や、他の戦死者の弔いを終えた頃だった。


「乾ドック行きは免れたとはいえ、ひどいものだな」


 ダグラス・チェスター准将と名乗った白髪交じりの男性は、桟橋から船を見上げてそう言った。


 鋼鉄の船の上は、修理を急ぐ水兵たちで慌ただしくなっている。


「機関が動き、舵も効いて、浮かんでいるのでね。あれだけやられて沈まないのですから、大した船です。予算と人を工面してくれれば、もう少し早く動けるようになるでしょうが」


 テュールは正装で彼に対応している。


「ダリア艦長のことは、気の毒だった」


「船に乗りたいと言い出したのは姉です。本望だったのだと思います。この空襲で、乗員だけでも二十名が戦死しました」


 テュールは俯いた


「従来の木製の帆船ではなく鋼鉄製の蒸気艦なら、あるいは竜からの攻撃には耐えられるかもしれんと考えていたが、現実はそんなに甘くはないか」


「燃えずに浮かんでいるだけでもましだと言えましょうがね。破損箇所の修理見積もりと、工期表です。承認をいただきたいのですが」


「あぁ」


 チェスター准将はそう言って彼らは、書類を開きながら、私を見た。


 なんと言うか、二人とも、いかにもな、お偉方の服装と話し振りなので、流石の私も竦んでしまう。


「彼女が、ロゼ・バークガッツか」


「はい。魔法使い、カーネ・オクト・レッグスの娘、そして、閣下もご存知のセプテイン・バークガッツの忘れ形見です」


「彼は陸軍の所属だったからな。私も一言二言会話したに過ぎん。そうだな。言われてみれば、確かにお父上の面影がある」


 准将は懐かしそうに目を細めた。私も、彼の方に会釈を返す。


「巻き込んでしまって申し訳ない。しかし、君に頼らざるを得ないのが、今の我々の現状でもあるのだ。全く情けない。セプテインには合わせる顔がない」


 彼は悲しそうな顔をして、テュールの方に向き直った。


「艦の修繕は艦橋と主要兵装の修理に留めよう。ジークフリートにはリスエットに向かい、カーネ・バークガッツの奪還に動いてもらいたい」


 リアニスの首都に行って、お母さんを、助ける?


「わかりました。資材搬入と同時に修理は乗組員の方に引き継いで洋上で行うようにします。そうすればあと一週間で出航が可能かと」


 テュールは答えた。


「それでも一週間はかかるか。艦橋の応急処置が終わるのはあと数日だな。それが済み次第、出航し、洋上で艦を修理しながら進み、寄港地を設けて、今不足している資材と燃料、食料の補給を受けると、どうなる?」


「やってみなければわかりませんが、それなら、数日で出航は出来ると思います。ですが、敵地にて補給を受けることになりませんか?」


「リヴァレンスなら、武器の受け入れはしないだろうが、資材と石炭、食料関係なら送っても条約違反にはならない筈だ。大きな問題はないだろう。状況は一刻を争う。敵の動きが読めない以上、手は早く打っておきたい」


 商業都市リヴァレンスは中立地域であるそうだ。今は独立した都市国家であるが、元々はコンスルの一地域であった場所である。


 軍艦の寄港に関しても、双方の軍に対し、有償で桟橋を提供すると言う。全く以って商魂逞しい。


「わかりました」


 テュールはそう返事をすると、私に向き直った。


「ロゼ、君の力がまだ必要だ。済まない」


 繰り返しになるが、私は戦争には反対だ。単にリスエットを攻撃するだけの命令なら私は動かない。でも、やはりお母さんは助けたい。


 チェスター准将はおそらく、そう言う私の心理も考えながらこの作戦を立てているのだろう。全く戦争とは、いやなものだと心底思った。


「わかった」


 私は、そう返事をする。『乗艦して同行するのを理解した』と言う意味で。


 誰だって、人を殺めたくはない。誰だって、好んで戦いたくはない。


 なぜ、私から母を奪い、私をも殺そうとしたのだ?そうしなければ、私はこんな事にならなかったのに。


 なぜ、ライエは、敵の竜に乗っている?


『私の力が必要』という事は、即ち、必要があればまた戦わなければならないと言う事だ。彼と戦場で合間見える事もままあるだろう。


 本当はそんな事を承知したくはないというのに、私には同意しかできなかった。

お★ま★け


ロゼのレモネードの作り方


①原液

   レモンジュース・・・大さじ2杯

   はちみつ・・・大さじ1杯(+小匙1杯程度で甘めになるよ)

②水 150ml


①をレンジにいれて30秒ほど過熱し、よく混ぜてから、氷を入れて②と混ぜると出来上がり。


美味しいので作ってみてね。

チャンチャン


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