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黒の乙女

黒の乙女 2

作者: 御神葵

お久しぶりです。

続いてみました。


 


 ある日を境に小さな国の名が一つ、地図の上から消された。


 良くも悪くも世界に何ら影響なく静かにその国は短い歴史に幕を閉じ、さして広くもなかった領土は周辺諸国に飲み込まれ、圧政を強いられていた民たちはその国の終わりに祝杯を上げたのだという…。





 *******************





 あの戦争とも呼べないようなローラン王国制圧の日から2年の月日が流れた。





 フォルティス帝国の王城、その最奥に位置する離宮ーーー通称、水晶宮ーーーは、ここ2年の間にこの世界で最も強固な護りが敷かれるようになっていた。


 当代魔王、ヴェルセリオス・フェリオ・フォルティス皇帝陛下による守護結界の魔法により、水晶宮内への立ち入りは許可ある者に限られ、その周辺の敷地は常に精鋭の近衛たちが巡回・警護にあたっている。


 そんな水晶宮の入り口で銀髪の男、テオドール・ランドルドは佇んでいた。


 朝起きて、軽く身なりを整えてすぐテオドールは此処に足を運ぶ。休憩時間、休みの日だって毎日ほんの少しでも時間があれば、気付けばこの場所で立っていた。


 実のところテオドールはここへ来ることが嫌いだ。今でさえ気付けばここまで自分を連れてくるこの足が憎くて、切り落としてしまいたくて仕方がない。


 そしていつもこの扉を開けられない自分の腕も痛めつけてやりたいとも思っていた。



 来たいけど、来たくない。


 入りたいけど、入りたくない。


 ーーー会いたいけど、会いたくない。



 本能と感情の間でゆらゆらぐらぐらする定まらない意思が反吐が出そうなほど、嫌いだ。


 そして色んなものに雁字搦めにされて立っているとーーー。


「テオドール、さっさと入ってください」


 この男がやって来るのだ。


「…グリフィス、俺は」


「貴方のうだうだとした意見は一切聞きませんし、そこにウジウジと立っていられると邪魔で仕方がありません。魔法で叩き込まれたいと言うなら私は喜んでそうしますけれど?」


 色々と荷物を抱えたグリフィスは体内の魔力を練って、魔法を構築し始めていた。


 微笑んではいるが目が笑っていないし、何より長い付き合いでこれ以上長引かせると強烈な魔法(モノ)が来るのは間違いないと知っているので、テオドールは大人しく扉に手を掛ける。


 毎日のようにこんなやり取りをしているのだが、初めの頃はテオドールを容赦なく魔法で扉の中に叩き込んでいたグリフィス。


 5・6回魔法でぶち込んでやった後は、ちょっとした押し問答で割りと素直に中に入るようになったので、成長したな、とグリフィスは密かに思っている。


 そういえば逃亡しようとしたこともあったので、問答無用で魔法で拘束して引き摺って中に放り込んでやったこともある。


 まあ、そうなる理由も十分理解しているし、ここまで自力で来ているところはテオドールを高く評価している。グリフィスなら恐らくここへ近付く事すら出来る自信がない。


 だから意外と沸点の低いグリフィスは、2年間ずっとテオドールを水晶宮の中に連れていくに止めていた。他の案件なら間違いなくそれ以上の強行手段をとっている確信がある。


 玄関に当たる扉をくぐると正面の階段を上がって、右廊下奥にある扉をテオドールが軽くノックする。返事がないことは二人ともわかっているので、少しおいてからテオドールはドアノブに手を掛けた。


 ここで入室を戸惑おうものなら、背後から容赦ない一撃が見舞われることをよくよく学習しているからだ。


 10発ぐらいまでは数えた。

 割りと本気で痛かった。

 急所から微妙にズレていたのは優しさだと信じたい。


 そっと扉を開けて、グリフィスが入室したのを確認してからまた静かに扉を閉める。


 カーテンの引かれた薄暗い20畳ほどの室内は白を基調とした落ち着いた内装になっている。

 白ベースの椅子とテーブル、大きな鏡の付いたドレッサー。そして天蓋の付いた大きなベッド。


 ぐるりと部屋の中を見回して特に異常がないのを確認すると、テオドールはそのまま扉の横で休めの姿勢をとった。


 あの日からずっと毎日この部屋を訪れるくせに、テオドールは一歩たりとも部屋の奥に足を踏み入れたことはない。


 グリフィスも慣れたようにテオドールを一瞥することなくテーブルに荷物を置いてから、テラスへと続く窓のカーテンを開けてゆく。


 差し込む朝日が部屋の中をグッと明るく鮮明に照らした。


「おはようございます、姫様。もう起きていらっしゃったんですね」


 天蓋を覗き込んだグリフィスはベッドの上で身を起こしていた少女に声を掛けた。


「………」


 返事も反応もなく、ただぼんやりとベッドから動かない少女であったがグリフィスにとってはこれでも大きな進歩だと思っている。


 2年前、こちらに居を移したときは一月(ひとつき)ほど目を覚まさず、一度目覚めた後は2週間、1週間と眠っている間隔が短くは短くはなるものの、毎日目覚めるようになったのはここ1か月になってからだった。


 主治医であるエドウィン老の話では、下手に薬や魔法に頼らず少女のペースに任せるべきとの判断だったので、正直いつ突然目覚めなくなるのか、との不安もあった。それは今も変わらない。


 それほど少女が受けた仕打ちは酷く、心の傷はまだ癒えてはいないのだ。


 幸いなことに少女は「黒の乙女」なので人族などの短命種と違って大気中の魔素を取り込んでさえいれば、生命活動に関しては問題なく行える。


 長命種が多く暮らすこのフォルティス帝国は土地の魔素も豊富であるし、毎朝グリフィスが…


「姫様、少しお手に触れますね」


 こうして魔力の提供もしているので、体調面には問題なし、とエドウィン老からもお墨付きをもらっていた。


 警備と少女の現状を考慮して、現在この水晶宮の中まで立ち入りが出来るのはヴェルセリオス・テオドール・グリフィス・エドウィンの4名だけだ。


 許可なく入ろうとするとヴェルセリオス(魔力供給元)とグリフィス(発案者)のえげつないトラップが発動することになっている。


 トラップの全容を知っているのはこの4名だけであるが、説明の際テオドールは顔色を悪くして途中退場し、最後まで聞いていたエドウィン老はにこやかにお茶を楽しんでいたという。


 城内に向けて出された御触れには、

『(色々と)死にたくなければ近付くな  テオドール・ランドルド騎士団長』

 とだけ書かれていた。


 そのため一般の侍女が立ち入れないので少女の身の回りの世話もグリフィスが主に行っている。


 身支度は転移と空間の魔法を応用してちょいちょいと、フォルティス帝国には湯に浸かる習慣がないため浄化の魔法でサクッと。


「…はい、今日も悪くなさそうですね。詳しくはまたエドウィン様がいらっしゃるのでそのときに診ていただきましょうね」


 体調管理は昼前にエドウィン老が来ることになっている。


 直に触れて魔力供給をしているため多少の良し悪しはわかるが、本職には敵わないものだ。大きな変化は見受けられないが、少女の場合自己申告をしてくれないので色々と不安が残る。


 グリフィスは少し眉を落として、それから思い出したように少女の目の前にそっとそれを差し出した。


「姫様、御覧ください。今年の初咲きだそうですよ。庭師が姫様にぜひ、というのでお持ちしました」


 それは鮮やかな赤いフォルスの花。フォルティス帝国の国花で春の訪れを知らせる希望の花として民に愛されている。品種改良も多く進んでいるが、少しでも手が加わるとこの鮮やかな赤は出せないという。故にこの燃ゆるような赤は原種のみが持ち得る色なのだとか。


「こちらに生けておきますね」


 そう言ってベッドのサイドテーブルの上にあった花瓶にフォルスの花を飾ると、少女に一言断って石像のように息を殺して立っていたテオドールの首根っこを掴んで部屋を辞して行った。






 ******************************************







 朝から嫌な予感がしていた、と後のテオドールは語った。


 基本病とは無縁なテオドールだが、その日は背筋を駆け回った悪寒で叩き起こされることになったのだ。ついでに着替えが終わるかどうかのタイミングで満面の笑みを浮かべたグリフィスが部屋に乱入してきたことで予感は確信へと変わった。


 すぐさま逃げの態勢を取ったが、相手の方が一枚上手だ。呼吸をするように魔法による拘束を受けた。


 尚、テオドールの名誉のために一言添えておく。毎度こうも易々と捕まるテオドールではあるが彼を容易に捕獲できるのはグリフィスぐらいである。と。(※ヴェルセリオスはテオドール捕獲の際、面倒くさがってグリフィスに丸投げするのでカウントしない)


 ぐるんぐるんに拘束されたまま連れていかれたのはグリフィスの研究室。


 夥しい数の古書や魔法書、禁書などが所狭しと置かれた部屋は小さな図書館のようだ。整理さえされていれば…。


 埃っぽさはないものの、どこに何があるのかはグリフィスしか把握していないだろう。


 そんな本だらけの部屋の椅子の上に放り投げられたテオドールは、近年稀に見る上機嫌なグリフィスににじり寄られていた。


「さあ、テオドール!朝からご足労いただきまして!」


「いや、お前が無理や」


「実は先ほどようやく完成しましてね!」


 聞いちゃいねぇ…。


「毎日毎日文献を読み漁って!」


 それはいつものことだろ。


「陛下からも魔力を(無理矢理)絞り取って(協力していただいて)!」


 何やってんだ!


「エドウィン様からもお墨付きをいただいて!先ほど!ようやく!!」


 じーさんなんてことをっ!


「ということで、動かないでくださいね、テオドール」


「いや、動けねぇから!!」


 おや、そうでしたね、と言いながらにじり寄ってくるグリフィスの右手には黒い革ベルトが…。

 ワイバーンの革を使って…だの、陛下の鱗を剥ぎ…だの、それが出来上がるまでのあれやこれやを語ってくれているようだが、もはやテオドールの耳にはそんな話は入ってこない。


 どこをどうみても怪しげな魔力を放っている革ベルトは、腰に巻くにはかなり短いつくりをしている。

 例えるなら、そう、丁度ペットの首に付いている首輪のような…。


「待て、グリフィス、いや、ほんと、待て待て!せめてそれが何なのかっ!」


「はい、できましたよ!」


 カチッと絶望的な音がしたかと思うと、同時にボフンッとテオドールの内包魔力が大気中に排出される。

 テオドールが有する膨大な魔力のせいで一時的に視界が遮断されてしまったが、やがて霧散するとグリフィスは満足気に頷いた。


「おや、随分と可愛らしくなりましたね」


 ほら、と言いながら魔法で手早くテオドールの正面に水鏡を作り出す。


 急な魔力の減少で倦怠感に見舞われていたテオドールは、その水鏡を覗き込むとピシッと見事に固まった。

 ちょっとくすんだシルバーグレーの毛並みにクリッと大きな深い青の瞳。ピンッと頭の上に鎮座する三角形の耳とふっさりとした尻尾。


 どこをどう見ても可愛い子犬…いや、ランドルドの血筋を考慮するならば子狼と言うべきか…。

 まあ、今のテオドールの心境を思えば些末なことだ。気にしない。


『お、おっお前何だこれは!?なんでよりにもよって幼体期の姿になってんだよ!?というか元に戻せっ!!』


「おやおや、よく吠えるワンちゃんですね」


 テオドールがグリフィスに向けてギャンギャンと吠えているが、残念ながらグリフィスには言葉の通り「ギャンギャン」としか聞こえない。もちろんこの首輪の魔道具を作る際に人語変換機能を付けなかったのはワザとである。


 協力者であるエドウィン老は付けた方がいいと進言したのだけはここに一筆記しておこうと思う。


「さあ、行きますよテオドール」


 拘束されたままで抵抗する術もなく、首輪の後ろを掴まれてぷらんとぶら下げられる。

 未だに治まらない嫌な予感が警戒心として耳と尻尾に反映されるのは見なかったことにしてほしい。


『待て待てほんとにどこ行くつもりだ!待てっ、待てぇ!!』


 きゃう~ん、というテオドールの切なげな鳴き声を聞きながら、グリフィスは無情にも転移魔法を展開したのだった。







 **********************************








「…グリフィス」


「はい?」


 ヴェルセリオス・フェリオ・フォルティス皇帝は、己の執務室で優雅にお茶を飲んでいる部下に声を掛けた。


 普段テオドールの自由さ加減が目立って周囲は騙されているようだが、ヴェルセリオスから言わせると一番自由でいい加減でマイペースで適当で周囲を巻き込んで騒動を起こすのはグリフィスだ。


 そのグリフィスが上機嫌にお茶を飲んでいる日に碌な日はなかった。


 城内から悲鳴が聞こえないのが不思議でならない。仕事が手につかないぐらいには気になる。凄く。


 そして今一番気になるのが…


「…その「毛」はどうした」


 グリフィスの全身に付着する動物の毛だった。


 指摘された本人はあれ?とでも言いたげな表情をすると、何食わぬ顔で指をパチンと鳴らして証拠隠滅を謀っていた。


「ただの犬…狼の毛ですよ?」


「…そうか。………グリフィス………テオドールはどうした」


 あまりいい予感がしなかったので触れたくはなかったのだが、部下の命運を把握するのも上司の仕事か、と思い直して聞いてみた。…一応。


「水晶宮ですよ」


 そうか…とうとうキレたのか…。


 ヴェルセリオスはそっと休暇届を書き始めた。








 **********************************








 ひっそりと上司に見捨てられ、同僚の計略に見事どっぷり浸かっている哀れな部下は現在瀕死の事態に陥っていた。


『―――なん、なん…』


 久しくとっていなかった獣型を強制され、シルバーグレーの小さな四つ足がぷるぷると震える。全力で逃げ出したいのに動けない。


 尻尾が股の間でくるっとしている気もするが、もはやそんなことを気にする余裕はミジンコほども残されていない。あったらこんな事態には陥っていない。


 この状態で放置してくれた同僚の顔が脳裏に浮かんでは消える。どうせ今頃茶でも啜っているのは分かっている。殴らせろ。


 というかもう色々とヤバイ。泣きたい。


 あのまま水晶宮まで転移したグリフィスはいつも通り少女の様子を確認し、あろうことかまだ眠ってた少女の腹の上にテオドールを置いて去っていったのだ。


「動いたら起きますよ」


 だの


「姫様に爪を立てるつもりですか」


 など言われてしまえば幼体化して魔力の使えないテオドールになす術など残されていない。


 いくら幼体化していようが魔力が使えなかろうが、魔狼の血を引くこの身は強靭だ。力加減を間違えればこんな細い身体など容易く砕いてしまえる。


 獣型をとるなんてときは容赦なく敵を屠るときぐらいで、手加減なんてものは存在しないのだ。


 色々と言ってやりたいこともあるが、鳴き声で少女が起きてしまう可能性も考えるとそれもできない。というかそもそも今は何を言っても「わん」としか言えないのが今のテオドールの悲しいところだ。


 全身ぷるぷるさせながら逸らしていた視線を正面に据えてみる。



 あの時とは違って静かに穏やかに眠る少女。


 あの時とは違って艶の戻った絹糸のような黒い髪。


 あの時とは違って傷一つない白い肌。


『―――猊下』


 くぅん、と情けない小さな音が漏れる。


 その声が聞きたいのに。

 死を乞うたあの声が怖くて。


 その瞳を見たいのに。

 何も映さないガラス玉のような瞳が怖くて。


 姿を見るのも恐ろしかったのに、消えてしまわないか毎日毎日その姿を探していた。


 見つけて安堵して、怖くて近付けなくて、見てしまえばまたあの細い首に手を掛けるのではないかと、視界に入れいることすら厭うた。


 それでもこんなにも焦がれるのはやはり高い魔力を持つ者としての性なのだろうか。

 それとも古の契約に縛られているからなのだろうか。


 くぅ、と意味もなく音だけが漏れる。


 その鳴き声に反応したのかは定かではないが、少女の瞼が震えたことでテオドールは一気に現実に引き戻された。


『っ!』


 あの瞬間が脳裏を過ってテオドールの身体を一気に搦め取る。


 目を合わせてはいけない。

 合わせてしまえば、またこの手はあの細い首を…―――。


 頭では色々と考える癖に一つ足りとも行動には繋がらなかった。


 黒水晶と目が合って、尻尾が大きく膨れ上がったり全身の毛が逆立ったりしたが、もはや気付く余裕すら存在しない。


 目を逸らすことも、その身軽な身体を翻して逃げることもできずにその瞳に囚われる。


 身体がふるりと震えたのは恐怖からか、歓喜からか…。


「…」


 数分見つめ合うことになったが、先に動いたのは少女の方だった。


 少女は起き上がろうと上体を起こしたのだが、当然腹の上に鎮座するテオドールはバランスを崩すことになる。


 テオドールは咄嗟に爪を立てて踏ん張り掛けたが、無意識の行動を意識的に止めたことでそのまま動けず、ころんとベッドを転がり落ちることになった。


 本人的には頑丈だし特に怪我をするような高さでもなく、受け身もばっちりな状態だったので問題ないことだったのだが、咄嗟の行動を取ったのはテオドールだけではなかったのだ。


 ころん、と転がって床に激突する直前でテオドールの小さな身体は空中でピタリと止まった。


 驚いて硬直している間にテオドールの身体はふわりと浮き上がる。そのままふわふわと浮き上がってベッドの上に戻された。


 いや、少し語弊がある。


 テオドールは少女の腕の中に戻された。


 頭の中の冷静な部分が魔力で引き上げられた。と分析していたが、そんなテオドールの考えはすぐさま吹っ飛んだ。


 先ほどよりも断然近い位置でばっちりと黒曜の瞳がこちらを見ていた。

 加えて状況を伝えるならば脇の下、いや前脚の下に温かい感触がある。


 色々と面倒なので結論から言おう。


 テオドールは少女に抱きかかえられていた。


 事実に気付いた瞬間、先程から忙しなかった耳と尻尾と体毛が今日一番の仕事をし始める。

 反応が滅茶苦茶過ぎて本人の混乱具合を如実に表していたとだけお伝えしておこう。


 とてもじゃないが人様には見せられない、と後のテオドールは溢している。


 そんなテオドールの本日一番の出来事はこの後だった。


 ばっちり絡まって逸らせなかった少女の視線が不意に下がる。

 なんとなく一緒に視線を下ろしてみると、どうやらテオドールの首輪を見ているようだった。


 しばらく眺めて満足したのか、少女の視線は再びテオドールの青い瞳を捉える。


 もう一度見つめ合うことになったが、テオドールは少女のこの独特の間に順応してきた。気がする。

 散々色んなことを待っていたのだからこれぐらいの時間はなんてことない。


 だからこのまま何時間だって―――。




「―――てぉ、どーる…」




 あぁ、この思いをどうすれば言葉にできるだろうか。

 今感じている全ての想いをどうすれば余すことなく伝えられるだろうか。


 ずっと君の声を聴きたかったのだ。

 ずっと君に逢いたかったのだ。


 君を呼んで、君に触れて、その存在を確かめたかった。



 ポタッと落ちるまで気が付かなかった。

 ああ、落ちたと気付いてしまえば次からはぽろぽろと落ちていく。

 拭う気にもなれなくて落ちるままにしていると柔らかい指が目の下を撫でていった。




 今度こそ、この柔らかなものが傷付かないように。

 今度こそ、この柔らかなものが悲しい願いを口にしなくていいように。



 いつか温かな光の下で笑顔が陰ることのないように―――。






連載にしようか悩み中。

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