夜中に小腹がすいたので
「ア″~」「「「「あ″ー」」」」
腕が、腕がダルい。
年明けまで一週間を切り、それなりに寒くなったビルの隙間で俺は「あ″ー」の唱和の後に、何度目かの何でこうなった? を始めた。
ン? ン~ ンっと!
目を覚ました俺は見知らぬ天井だと思いながら伸びをしようとした腕を止めた。
何せ寝床はキャスター付きの椅子。
バランスを崩せば、待っているのは床へのダイブだ。
泊まりこみのオフィス、天井に見覚えが無いのはクリスマスツリーの電飾が反射しているから。
季節感じゃなくて、計画性あるスケジュールをくれよと思いながら建前上禁煙のオフィスで胸ポケットの紙箱を取り出す。
おっと、空。机の奥に隠した密閉型の灰皿の中身は・・・、灰まみれでくわえる気にならない。
「どうしたもんかな?」
Guuuuuuu
独り言に腹の虫が答えた。
「財布にコート、社員証っと」
大した機密も無いのに大した気密。
いや、気密って程でも無いか。
すきま風入るし。
社員証は鍵がわり。
出張先の古いホテルでやらかしたキーインを頭からかき消して俺は丑三つ刻の寒空の下へ歩き出した。
昼間は人が、車が、途切れない駅へと続く道。
さすがにこの時間は人気の無い・・・?
人気の無い??
無い???
「ア″~」「「「あ″ー」」」
なんだアレ!?
顔色が土気色の集団がこちらに向かってゆっくりと迫って来る!
「ア″~」「「「あ″ー」」」
挟まれた!
引き返そうとした俺の前にも同じような集団がいやがる。
集団の中には首をかじられ血まみれや、明らかに曲がっちゃいけない方向に曲がっているモノがいる。
「何? 何なの? フラッシュモブ?」
あり得ない事に混乱する俺の前の集団に、目が生きているおっさんがいた。
「ア″~」「「「あ″ー」」」
「あ″ー」おっさんが自分腕を見る。
「あ″ー」おっさんが自分の口元を見る。
悩んでいる暇もない。バッと腕を突きだし、「あ″ー」。
「ア″~?」
目の前にきていた、明らかに死んでるモノが俺から興味を無くした。
「ア″~」「「「あ″ー」」」
「あ″ーーー」
「あ″ーーー」
俺はおっさんと並んで歩く。
ぐりん! と先を歩いていたモノが俺の横に振り向く!
「あ″ー」隣のお姉さんが下がっていた腕を上げ直した。
行進は何事もなかったように続く。
「ア″~」「「「あ″ー」」」「う″ー」
ぐりん! とモノが違う声を出したやんちゃそうなお兄さんに振りかえる。
「あ~。はいはい。あ″ー」
「ア″~?」「あ″ー」「ア″~?」「あ″ー」「ア″~?」「あ″ぁ″?!」
がぶりんちょ。
「あ″~! 痛てぇ! おま、チョ、チョー・・・、あー あ″ー ア″ー ア″~」
「ア″~?」「ア″~」「ア″~?」「ア″~」「「ア″~」」
血まみれになって倒れたお兄さんが立ち上がる。今度は合格できたようだ。
「あ″ーーーー」
「あ″ーーーー」
俺はおっさんと顔を見合わせた。
~~回想お仕舞い~~
「ア″~」「「「あ″ー」」」
行進がコンビニ前にたどり着いた。
「あ″ーーーーーー」
「あ″ーーーーーー」
おっさんに挨拶してコンビニに入る。
「ア″~」血まみれの店員さんと「あ″ー」目が死んでる店員さんでノーワンオペ。
・・・ノーワンオペ ?
「あ″ー」
弁当と・・・カップメン。
お気にいりの商品は棚の低い所に。
「ア″~」
血まみれの店員さんが俺を見ている。
「あ″ー」
腕を肩まで上げて屈伸の運動。
「ア″~」「あ″ー」
腕を肩まで上げてつき出してれば膝は曲げても良いもよう。
「あ″~~~~」
カップメンを取ったついでに棚に腕を乗せて休憩。
「ア″~?」
血まみれ店員さんがよってきたのでレジへ。
「あ″ーーー」
店員さんが膝を曲げて弁当を手に取る。
「あ″ー」
「あ″ー」「あ″ー」
俺は視線を奥の棚に送る。
「あ″ー」
店員さんが下ろせない手で箱を順に指していく。
「あ″ー」店員さんがレジの横に視線を送る。
「あ″ー」俺は保温器を指差してケーキの箱を無視した。
「あ″ー、あ″ー、あ″ーあ″ー」
店員さんが並べたバーコードを読み取っていく。
「あ″ー」俺は視線を左胸の四角い膨らみによせる。
「あ″ー」店員さんが嫌々男の胸元に手を入れる。
「あ″ー」
「あ″ー」「ア″~」
店員さんに見送られ俺はコンビニを後にした。
「「「ア″~」」」「あ″ー」
帰りも集団行動。
「あ″ーーーー」隣になった化粧の濃いおばちゃんが俺の突きだした腕の先のコンビニ袋を見つめる。
「あ″ー」俺は後ろの看板を顎でしゃくった。
おばちゃんが集団から離れていく。
コンビニの店員さんも喜ぶ事だろう。
そうこうしてると俺のオフィスのあるビルについた。
「あ″ー」の仲間に「あ″ー」して建物に入る。
「なにげに腕がきついよな」
ゾンビ? 発生中。腕を突き上げて肩より上へ。「あ″ー」以外喋るべからず。
屈伸可はレシートの裏のスペースがなくて書けなかった。
赤字で書いたそれを弁当のテープで目の高さに貼って俺は自分のオフィスに戻った。
‐‐‐‐‐‐⌒‐‐‐‐‐‐
ン。人の気配がする。
俺は明るいオフィスで目を覚ました。
「うわ! また帰れなかったんですか? 椅子の上で寝ないで下さいよ。死んでるみたいで怖いじゃ無いですか」
早めに出社してきた後輩が胸に手を当てて、起きあがった俺に文句を言ってくる。
「先輩の字ですよね? なんですかこれ?」
昨日、定時で帰した後輩が俺とは違う寝不足の目で扉に貼っておいたレシートをつきだした。
「剥がすなよ。外に変なのいたろ?」
起き上がって胸ポケットから紙箱を出す。一本も残って無い。
机の上にあるはずの弁当の容器も無い。
「変なの?」
後輩が首をかしげる。
後輩から取り上げたレシートの表は・・・。
昼飯の定食屋のオムライスだった。
夢? 寝ぼけたのか?
クシャリとレシートを丸めた俺は今日こそ椅子で寝たりはしないぞと気合いを入れて。
両腕の筋肉痛を揉みほぐした。