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3.


3.


人間の男給仕がテーブルの横を通り、入口まで駆けた。


「いらっしゃいませー!」


明るい装飾とライトに照らされた店内には、制服と呼ばれる同じ服装の男給仕たちが、同じ言葉を一様に叫んだ。


ここは人間界、王城都市の城下。

どこにでもあるらしい大衆酒場。

飲めや騒げのどんちゃん騒ぎに囲まれた一席。

腰を落ち着けながら、はじめて来るこの場所に思いを馳せた。


月明かりがない夜だというのに、人間界の城下の通りは昼間のように明るかった。人間が夜目の効かない種族だとは知ってはいたが、明かりが好き過ぎる。戦場でかような明かりを灯せば、敵に位置を知られることは自然の理。人間が進化の過程で夜目を鍛えずに道具に頼ってきた理解ができない。


男給仕たちもそうだ。どうして彼らは共存できるのか。魔族がなにごとか店を開くならば同一種族だけで営む。ゴブリンだけの店や、サキュバスだけの店のように。人間は手足の長さから考え方まで違っていても共棲することができる。


入口から戻ってきた男給仕の後ろには五人の覆面族が周りを見回しながらついていた。

覆面族は魔族のなかでも交流の少ないことで有名だ。腕は立つが臆病で赤面家。どこに住んでいるかも定かではなかった種族だが、よもや人間界の居酒屋の中で見るとは思わなかった。

 

人間たちに怯えながら店の廊下を歩く覆面族たちだが、子龍の生貌を剥ぎ取った彼らに店の客たちが怯えている。


我は指先を振るった。我と同じ変身魔法を覆面族の周囲に放ったのだ。

これで覆面族らは周囲からマイルドな顔面の鬼だと認知される。周りの人間らの驚いた形相を見れば、魔法が成功したことがわかる。魔王である我が仕立てた魔法だ、聖水でも浴びない限り元の姿が露呈することはないだろう。


覆面族の登場でざわめいた居酒屋が元の喧騒を取り戻すと、それは我の座るテーブルにも感染した。


「じゃあまずは自己紹介とかしちゃおうか!」


そう声を張り上げたのは、我より二つ隣り、端の席にすわる人間の男。

男は右手で胸を覆う鎧のごとき筋肉を太鼓のように叩いた。


「俺は大戦争で人間界を勝利させることがあと一歩でできた勇者パーティーの筋肉担当のマスロウ。好きな肉はエイレン鳥の胸肉と女性の胸肉です!」


体面に座る二人の女性の内、一人がカラカラと笑う。今のがウケたのか……?


時は夕暮れ。

人間界の太陽が夜の帳と引継ぎ業務をしているさなか、我はどんちゃん騒ぎのなかにいた。


「久しぶりの合コンだからってしょっぱなから飛ばし過ぎだぞ筋肉ー」

「魔王を追い詰めた秘技・筋肉流星弾!」


聞いたことのない技名を叫んだ上半身裸(いつ脱いだ)の筋肉マッチョが、二の腕と胴体の筋肉を凸凹と隆起させた。我が追い詰められる要素どこだよ。


「そんでもって」と筋肉が(文字通り筋肉が)、人間界ではよくある、つまり見知らぬ男女が飲むには丁度いいらさしい居酒屋の、これまた変哲のないテーブルの真ん中に座る勇者を指さした。やれやれみたいな顔をしながら勇者は前髪を流す。額には冷や汗が浮かんでいたが、全力投球をする覚悟を決めたらしい。


「人間界のヒーローこと勇者ですっ☆ 世界に平和は持ち帰れませんでしたが、今日はちゃんとお持ち帰りします」


ド! 


思わず対面の女たちから横を振り向いて勇者を見てしまった。ド下ネタ! え、人間ってこんなにお下品なの? サキュバスだって第一声は礼儀正しく挨拶するのに。二言目には服脱いでるけど。なんだ一緒か(筋肉を見ながら)。


「と、ファッション未経験が申しています」

「ほっ、未経験なのですね」


女子メンバーからそんな声が聞こえる。この場に女は二人しかいないから誰が言ったかはわかっている。だが、安心したような声に誰もが触れない。誰もが敷設式地雷魔術の一種だ理解している。うん、まあ、次いこう。


「そんでもって、勇者メンバーじゃないんだけれど連れだ! 男子メンバー最後は期待の新星。かましてくれよ!」


人間の平手が我の背中を叩いて音を鳴らした。合コンでなければここに隕石を落としていたが今は宴の席だ。許そう。

筋肉の煽りのせいで我以外の男二人、女二人の人間らの視線が集まる。


ふっ、帰りたい。


だが、視線を集めるのはやはり気持ちいいな。ははは!それでは矮小な人間らの願いに応えて我が自己紹介をしてやろう!


出陣しよう!


「……あ、亜人のアジでーす……魔族はわれ……ひとりだけど、よ、よろしく」


まるで合コン初参加の草食系みたいな挨拶だけが料理の来ていないテーブルを滑って行った。


意外! 魔王は人見知りだった。

いやいや、そうじゃない。暴力が言語である魔界で育ったとはいえ、こんな育ち方はしていない。


この合コンがおかしいのだ。

人間界の飲み屋だよ。アウェーだよ。

周りには人間しかいないんだよ。アウェーだよ。

しかも我の両隣には勇者と勇者パーティーだよ。

魔王なんて名乗ったら即刻ギルティーだよ。


はめやがったなとこの場を仕組んだ勇者に滅殺眼光を送っていたら、肘でつつかれて「なに盛り下げてんだよ」と言ってきた。てめえの心音も盛り下げてやろうか。


「アジは合コン初参加だし、人間界にもまだ不慣れなんだ。手練れそうな女子勢に是非ともリードして欲しいな。じゃあそんな熟練の、合コン先生の自己紹介です!」


筋肉があったけえ……もう昔のことだが筋トレ一日半刻までの封印魔法をかけて悪かったな。


「合コン先生じゃないしーw」


と、二人の女性の内、アクセサリーをじゃらじゃらと纏ういかにも尻軽そうな褐色の女が笑いながら手を挙げた。


「じゃあわたしからー」


というか、こいつ|も<・>知ってるんだよなあ。


「ちょりーっす、都落ち予言したら元王様におこられて指名手配中だったナツキでーす、よろタロ。あ、占星術師やってまーす」


占星術師・ナツキ。星見の精霊の加護を受けて、悪魔族よりも未来予知に長けている女だ。魔王軍としても確保のために街ひとつ燃やして炙りだしたが捕まえられなかった女が、なんで合コンにいるんだ……。

ていうかよろタロってなに。


「よろタロはよろしくタロットの略だよーいぇい」

「そ、そう……」


なんで受け答えしてるんだ恐怖。心の声を読む魔術とか常時起動してそう。

まさか占星術師のナツキも合コンの対面が敵国の王将だとはおもわないだろう。我は一般的な亜人の姿に化けているし、魔王だとバレることはないだろうが……占い女のナツキは要注意だな。


「そんでこっちはー」と占星術師が隣りの女を指す。


唾を飲む音が聞こえる。音の正体は隣りにいる勇者だ。不愉快ではあるが、息を整えたい気持ちもわかってしまう。我も彼女の扱いについては持て余していた。

というか、なんで彼女がここにいるのだ。


心配の物種の権化みたいな女――白肌に少しキツいギャルメイクを施している様はまるで変装だ――が、震えた声で「い、いぇーい」と言った。


「ヒ、ヒメでーす。えっと何を話せば、あ、しょ、職業ですか……? い、いまはプー太郎です……」


しょんぼりした人間の女。

そこらのテーブルで乱痴気騒ぎをしている女と同じ服を着ているが、二重三重の精霊の加護がオーラとなって後光を放っている。


((え、皇女じゃん))




4.




トイレに男三人がおしこめられている。

合コン中に同性だけでトイレにこもる。俗にいうトイレ会議である。


「何故、人間の皇女がここにいる」


ヒメと自称したギャルメイクの女。どんな節穴であったとしてもオーラでその正体を一目で見抜ける。

人間界王族アース、その第一皇女、レムリー・アース。

人間の王と王妃の娘。人間界での知名度は五本の指に入る。知名度の理由は王族というだけではない。圧倒的なまでの美貌だ。歴代の王族のなかで一番に美しいとされ、民衆からは「バカでもいいから女王様になって欲しい」と強い支持を得ている。

その皇女が、どうしてこんな合コンにいるのだ。血統書付きのペットを野良犬と盛らせるようなものだ。いや、男陣は魔王と勇者パーティーだから不釣り合いだなんてことはなく、我からすれば皇女殿下であろうと敗戦国の皇女など一介の塵にたがいない。たがいはないが、人間界の軍のこの状況が耳に入ればどんな難癖がつけられるかわからない。


だから我は、これは策略なのかという意図で問うた。

しかし、勇者もこの状況は寝耳にスライムだったようだ。


「そうだぞマスロウ。なんでレムリーがここにいるんだ。あいつは俺の婚約者なんだぞ!」

「ちょっと待て。貴様、婚約者がいるのに合コンに来たのか? なんたる不埒ものか! 恥を知れ!」

「魔族がどうかは知らねえけど人間はバレなきゃセーフなんだよ」


皇女殿下相手に浮気とは、バレれば処刑は確実だ。腐っても勇者であるこいつを殺せる人間がどれだけいるかは定かではないが。我にその役目がまわってこないだろうか。

それ以前に、対面に婚約者がいたらどんなズブでも気づくだろう……が、あの皇女はどんなズブよりもズブなんだろう。


「おい、俺の婚約者をバカにすんじゃねえぞ。とにかくマスロウもテメェも、レムリーには手を出すなよ」

「手は出さねえからちょっと落ち着けよ、ヒロシ」


あ、勇者って本名ヒロシなんだ。

マスロウはヒロシぷぷっ――おい、狭いトイレのなかで剣を構えるな。やるか? やるぞ、よし。


「あんたもだ、えーっと、ここではアジーだったか。レムリー姫を連れてきたのは俺じゃない。俺が合コンに来るのを知ってたのは占星術師のナツキだけだ。ナツキが姫と、遅れているもう一人を呼んだんだ」

「あんの占いギャル、おっぱいでかいからってなんでもかんでも許されると思うなよ!」

「とにかく、皇女には手を出さない。婚約者がいる皇女が浮気なんてスキャンダル、ただでさえ敗戦で不安定な時期なのに国がおちかねない。ヒロシはそれでいいか?」

「ああ、わかった」


いや、その夫のほうが浮気しようとして……皆まで言わん。我のことさえ露見しなければ問題はないのだから。魔族は魔族、人間は人間だ。51:49協定は人間と魔族の文化の違いに首を突っ込むために制定されたものではない。


「承服しよう。もとよりあんな小娘興味はない」


勇者の鋭い目線。互いが魔力を熾すまえに筋肉野郎の筋肉が止めに入った。こんなときでも声を荒げないあたり、やはりこの筋肉も数々の試練を乗り越えてきたのだろう。


「とにかく、合コンは続ける。皇女がいるからって理由で合コンはやめられない。そうだろ?」


そうだろうか。いや、そうだ。そうに違いなかった。

否定の言葉は頭に浮かばなかった。


「けれど、レムリーのやつ大丈夫か? さっきもおかしなこと口走ってたし」


勇者が心配げな声を出す。

それは前菜なるものがやってきたときのことだ。




お通しとサラダが到着。

魔王がお通しと格闘している間にも、皇女様の皇女様ぶりが止まらない。


「あら、一皿しかないのですね」


テーブルの中央に置かれた采の大皿を見ながらこてりと首を傾げる皇女様。不穏な空気を感じる魔王と勇者。筋肉が笑いに変えるフォロー。


「いやいや、こっから取り分けるんだって。もしかしてヒメちゃんって結構なお嬢様?」

「皇女様!? いえいえ、今のわたしは高貴な身分を捨てた只の一民衆です」


民衆は自らのことを民衆と蔑むことはしないだろう。慌てふためくレムリー皇女は、


「わたしのことよりサラダです。どこ産でしょう?ニンチンなら今年は南のキャゴ市が生産量トップでしたが美味しさで言えばフカオカ市がよかった覚えがあります」

「へーヒメっちすごーい。美食家じゃん。食べ比べにあんな遠い市まで言ったの?」


占星術師の褒めそやす声。ニンチンの出来に夢中な皇女。


「いえ、量が少ないからとお父様に減税を頼みにきたフカオカ市長をお見かけしたので。その際に百本ほどもらいましたが、とても美味でしたよ。減税はできなかったようで市長様もお代わりになったそうですが」


占星術師。


「そうなんだ。うぇーい」


投げやりすぎるフォロー。魔王は諸々を聞かなかったことにした。

そこをさっきからこっちをチラチラ見てる店員が通りかかった。レムリー皇女が店員に声をかけた。


「あの」

「はい、お持ち帰りしていいですか?」


勇者が攻撃呪文の詠唱に入る。皇女は意味不明な単語を聞き流す。


「持ち帰るほどの量はありませんが……これ、取り分けてください」

「い、いやいや、店員に取り分けてもらう人なんていないから。そんなサービスもないから! ははは、ヒメちゃん冗談がうまいなー。」


とにかく流そうとする筋肉。もしかしてこいつ一番大変なんじゃ?


「え、自分で取り分けるんですか?!」

「寧ろ取り分けるところを見せて女子アピールするんだよ!」

「ゆ、勇者さまぁ…」


勇者、すかさず取皿6つとフォークを用意。こいつ尻に敷かれるタイプ。




思い出すだけで冷や汗が流れた。人間の皇女が合コンをしようが我に興味はない。しかし、この合コンが大事になっては困る。軟派な店員は気づかなかったからよかったものの、バレるのは時間の問題だろう。

それに、魔王が人間の勇者と合コンなんて噂が耳に入れば、我の威厳は失墜する。なにより、我が合コンに行った事実を耳に入れたくない相手がいるのだ。


「フォローすればなんとかなるっしょ。俺は絶対にナツキを堕としたいんだ。だからこの合コンは失敗させたくない」

「俺だって失敗したくない。なんでレムリーが合コンに参加したのか、理由をそれとなく聞き出さないと」

「三者三葉、理由はあるということで、そろそろ卓に戻ろうぜ。女の子を待たしちゃ悪い」


勇者が頷いて男性用トイレを出た。

どうせだから用を足していくか。


「筋肉よ」

「おう」

「お前が占星術師を狙うなら我はもう一人に絞ってやろう」

「顔も見てない女を狙うとか、おまえ勇者だな」


落とすと言っても、これは所詮あそびだ。

鬱憤を晴らす程度の火遊びができれば相手が誰であろうと文句は言わん。


「我は魔王だ」

「蛮勇な魔王のためにひとつ教えとくよ。もう一人も詳しくは知らんが、魔族らしいぞ」


筋肉は先にトイレを出た。

さて、と。

トイレを見渡す。

縦長のおまるがいくつも横に並べられている。人間のトイレがどのようなものかは知っていた。初めて見ると、不可思議だ。

どうして横から体の弱い部分が覗けるような仕組みなのだろう。これだけ暗殺しやすい場所もない。

どうやって暗殺者を忍び込ませるか。そんなことを考えてしまう。もう戦争は終わったのに。

平和な世の中に、誰も死なない世界に、暗殺者などもう必要はないだろう。

人間サイズの小さな便器で用を足してから、我は卓に戻った。

卓には女が一人増えていた。

勇者と筋肉が震えていた。


「あら、あなたが魔族の子? こんばんわ」


我は頭の先から足のつま先まで固まった。ゴルゴーンに心臓まで石化されたほうがマシだ。それなら楽に死ねる。こんなに心臓が張り裂けそうになったりしない。


ソイツは我に向かって笑っていた。


「初めまして。魔王軍が四天王、愛奴のリエルルット。種族はサキュバスよ、今夜はたっぷり、よろしくね」


我は叫んだ。


「トイレタイム!!!!」





5.


『トイレタイム第二回』



「いますぐ合コンは中止しよう」

「さっきまでの威勢はどうしたんだよ。下痢か? サラダで腹でもこわしたか?」


追ってきた勇者と筋肉がトイレに駆け込んできた。なんで人間はトイレに集まろうとするんだ。いや我が集めたのだった。それはそうと狭い。


「とにかく中止だ。いまからここに灼炎魔法を放つ。竜族の血よ腕につど――」

「ばかばか。ここら辺一帯を火の海にするつもりか。神人の血よ腕につど――」

「馬鹿はお前らだ! ここは戦場じゃねえんだぞ!」


筋肉の一言に我に返る。そうだ、戦場じゃないのだ。喜々として振るおうとした力を収める。竜化していた右腕から鱗が体内に沈んでいく。勇者の方も、右腕の神々しい光が弱まった。


「一触即発だとしても不穏な空気とか色々段階があんだろ。戦場中毒の欲求不満なら合コンに来る前に抜いて来てくれ」

「……店を吹き飛ばすのはやめておいてやろう。だが合コンは中止だ。我は逃げるぞ」

「なんだよ、知り合いか」

「マスロウ、こんな下痢野郎でも魔王だぞ。四天王と知り合いじゃない訳がないだろ」


下痢野郎の汚名は今だけは流してやろう。トイレだからな。


「アイツは知り合いではない………………我の婚約者だ」

「は? 婚約者がいるのに合コン来たの?」

「ぐっ……!」


半笑いの勇者が疎ましい。ここが魔王城であれば不遇を装って剣千本で串刺しにできたというのに。


「いや、まあ、婚約者だけどナイーブな時期というか。我は合コンに気晴らしにきただけであって、決してリルルの奴から気移りしたとかそういうわけでは」

「なんだよナイーブな時期って」


二人は興味津々にこちらを見ている。見られているからには魔王たるもの、語るしかない。

思えば、それがこの惨劇のスタート地点なのだから。


「魔王には昔からの伝統がある。それは四天王のひとりを選び、婚約の儀を行うというものだ」





我が魔王になったころ、既にリルルエットは四天王であった。

魔族の王は強者が選ばれる。血肉と魔力を競い、誰にも負けることがないものだけが魔族の王を名乗ることができる。


この仕組みは血気盛んな魔族であることと、その昔か弱き王が立てられた失敗からきていた。

か弱き王は魔界と人間界の戦いを押し負け、しまいには魔族の中からの反乱で死した。それからというもの、歴代の魔王は強者のみが名乗ることを許される役職となった。


魔族の王、すなわち魔王が強さで選ばれるならば、四天王もまた強さで選ばれるのは必然であった。強き雌雄から血を分けられた子ならば、次期の魔王たるであろう。そうに違いないと言われ、魔王と四天王が婚姻の契りを結ぶことがいつの間にか当然となった。


しかし、それは戦時であったからだ。

強い力が望まれていたからだ。

もう人間族と争う理由はない。そのための乱世の魔王はもう必要ない。必要なのは治世のできる魔王のみ。


そして、私にはそれが向かなかった。脳まで魔素で埋まっているとも思わないが、魔族や人間の政治を考えられるほど賢くはない。分をわきまえてあっけなく魔王の座を譲ると言ったら、リルルに折檻・家庭内暴力・我が母を取り込まれるの三重苦。

仕方なく魔王の座に座り、51:49協定の取り決めや効果範囲を決める日々。しかして上手くいかない折衝。その息抜きの合間に打ち上げを準備すれば誰も来ず……。



「しかも、しかもだ……」


自らの声が震えることに気づく。この震えの源泉が怒りであることは明白であった。


「リルルらは! 我を抜いた四天王や幹部で打ち上げを開いておったのだ!」


トイレの床から魔力結晶が迸る。怒りで漏れ出た魔力は黒く濁っていた。


「そうだ、そうだ! 遠見の鏡で見たとき、その打ち上げの音頭を取っていたのは我ではない。我が婚約者のリルルだったのだ。こんなことが許されようか。夫を差し置き、部下で結託し、我を差し置いて戦争の祝杯など」


戦争の立役者は誰だ。魔族で最強の称号を持つのは誰だ。我よりほかにこの戦争の終焉を望んだ者はいただろうか。


「我の怒りは消えぬ。しかし癒すことはできる。合コンで、そんな娘に出会いたかった……」

「最後の言葉さえなければ同情して――いや、してねえな」


勇者はあっけからんとそう言いながらトイレに生えた魔力結晶を壊していた。


「同情などいるものか。これは我の強大な力こそ及ぼした問題だ」

「うん?」


我がはぶられた理由にワケガワカラナイヨという顔をする勇者。


「我のもたらした戦果は四天王のそれを剰余したところであまりある。宴とはいえ我がいればみな恐縮のあまりに魔素を凍らせてしまう。我だけが勝った戦争と言っても過言ではないのだからな」


勇者と筋肉は得もつかぬ顔となった。呆れた人間とは裏腹に、魔族の王は憤怒に昂っていた。


「そうだ。合コンをやめるなど、断じてありえん。リルルが我の素晴らしさを忘れて情事に耽ろうとするならば、我のあり余る魅力をぶつけて目を覚まさせてやろうではないか!」


我は形而上のマントをはためかせて、合コン会場に戻る。


「……まあ、全員が違う女を狙うならそれでいいか。あとは向こうがそれに乗るかだな」


勇者がため息をつき、筋肉がぼやく。

かくして合コンは進むのだった。




6.


「へえ、じゃあ今ってお祭りの最中なんだ?」

「そうそう。マスロウさんってあんまこっちこないんですねー」

「ずっと旅だったし、いまもあちこちで大戦争の復興の手伝いばっかりだからね」

「あー☆ ワタシも復興手伝ったりしてますよ。占って雨が振りそうだったら二次災害がくるよー☆って」

「ナツキちゃんやっさしー!」

「でしょー☆」


六人席には男女が向かい合って座っている。その両端にいる上半身裸の筋肉男とギャル系占星術師の女は、正しく合コンというものを愉しめているように見えた。少なくとも、意気投合した会話を繰り広げているのはこの二人だった。


六人席の真中の二人。


ギャル系の装いをしながらも、人間界の皇族特有の精霊をふわふわと漂わせているのはギャル系少女ヒメ、改め皇女レムリー。


「あ、お料理が届きましたね。これは何という料理ですか?」

「これはザンギといいます、お客様。食用鳥の胸肉を揚げたものにございます」

「揚げ物! じゃあポテトの仲間ですね!」

「いえ、ポテトは自然薯の……」

「ポテトは大好きです!」

「はい、私も好きです。結婚してください」


皇女の人の話を聞かない無垢な笑顔にほだされた店員が膝を床につけて結婚を申し込んだ。店に入ってから数度目となるとすでに見慣れたもので、周りの客すら何も言わない。口を手で押さえて驚愕する皇女と、その対面に座る青年以外は。


「はいはい、合コン中だから邪魔すんなよ店員」

「俺の愛はもう彼女のものだ! 彼女のためなら人間界を支配する魔王ですら立ち向かってみせるだろう」


ほう? 言ったな? 男に二言はないぞ。

ここで姿を表してもいいが、皇女を守るのは我の役目ではない。

青年がはっ、と笑う。


「なるほどな。じゃあ、既に魔王に立ち向かった俺にもう一度おなじ言葉をいってみろ」


青年は顔を上げて店員を再び睨む。

何を言って、とぼやく店員は、青年の顔をじっと見て正体に気づいたらしい。


「ゆ、勇者様!?」


何を隠そう……いや、何も隠していないのだが。皇女の対面、真中の席に座るのは人間界の”最強にて代表”の勇者だった。


「悪いな。ザンギだけ置いてさっさと帰りな」

「くっ……ごゆっくり」


とぼとぼと肩を落として去った店員。

皇女は自分を守ってくれた青年勇者に輝いた目を向けた。


「勇者さま……」


うっとりとした声音に、皇女が勇者に惚れているのは一目瞭然だった。


「まったく、軟派な手合いが多い店だな」

「勇者さま……」

「俺が家に帰るまでエスコートしてやるよ。勿論、帰るのは明日の朝だけどな」

「勇者さま……」


恍惚な声音。それに浸る勇者の耳に毒が届いた。


「そうやって、誰にでも手を出すというのは本当だったのですね」


皇女の目からハイライトが消えていた。

いや、比喩だ。彼女の目は普通だ。魔族のような能力は人間にはない。だが、輝かせた目と同様、感情が瞳に乗っているかのように見えるのだ。


それを踏まえて、彼女の目からはハイライトが消えていた。


勇者も伊達に勇者ではなく、異常な危機察知能力で二の句を継いだ。


「帰るのは明日の朝だ。なんせ、夜道は危ないからな。女子供は太陽の下を歩くべきさ」

「勇者さま……」


またもや目を輝かせる皇女。

だが今のでわかった。皇女の身分を隠してまでこの合コンに参加した理由。それは勇者を関しするためだろう。旅をしていれば浮ついた噂のひとつやふたつ、十や二十の勇者。婚約者である彼女はそれを見極めにきたということだ。


「やはりそれでこそ私の勇者さまですね!」

「ああ、そうだな」


勇者はこの合コンで浮ついた真似はできないだろう。いい気味だ。


我が胸中で笑っていると、葡萄酒をあじわっていた我の対面にいる女性がうっすらと口角を上げた。


「あら、随分と楽しそうに笑っているわね?」

「……笑ってなどいませんが」

「そうかしら? ごめんなさい。ふふっ」


再び葡萄酒を煽るサキュバス。

魔王軍四天王が幹部、愛奴のリエルルット。

通称はリルルであり、我の婚約者だった。


いや、我の婚約者というのは少し違う。この合コンに参加しているのは平々凡々なアジーというただの亜人だ。変装魔法をかけた我が魔王であることは、さしものリルルでさえも気づくことはできまい。そうに違いない。そうであってくれ。


我はどこにでもいる亜人のアジーだ。四天王幹部が目の前にいるから恐縮している、という演技を続けるのだ。


「そんなに飲むと体に毒ですよ」

「心配してくれるの? でもサキュバスの体はアルコールで酔うことはないの。お楽しみの前に感覚が冷えちゃうなんてつまらないじゃない」

「お楽しみ、ですか」

「ええ、そうよ。お楽しみ」


リルルは蠱惑さを増す誘惑魔法を静かに如何なく発していた。武力派ではないとはいえ四天王。我が魔王でなければ周囲の男や通路を歩くウェイトレスみたいに前屈みになっていた。


なぜ、リルルが合コンに参加しているのか。

こいつは我の主催した祝勝会を無碍にした挙句、他の四天王の幹部たちと我抜きの祝勝会を開いていた。

まだ酒が飲み足りないのか? 湖にでも沈めたいほど怒りは沸々と沸く。


こいつは我が魔王だと知ったらどんな顔をするだろうか。


サキュバスとはいえ浮気など御法度。魔王の妻が平々凡々な亜人風情とまぐわうなどあれば打ち首も許される。


変装魔法の下からあふれ出る我の魅力で惑わし、宿まで我を誘ったが最後、その場で滅びの歌を捧げよう。


「楽しみですね、夜が」

「楽しみね、このあとが」



7.


我とリルルが互いの魅力でオトそうとしている間、

世間知らずな皇女のフォローに四苦八苦する勇者の傍で、

ネイルと筋肉の話題を互いに頷きながらいい雰囲気で語っていた二人から提案があった。


占星術師のナツキは言う。


「席替えタ~イム☆」

「せきがえ、ですか?」


皇女レムリーが首を傾げながら問いかける。

ナツキはレムリーの耳元で内緒話をしようとするが、酔いが進んでいたのか大声で喋った。


「合コンなのに男女がずっと向き合っててどうするの。このまんまじゃずっと箸と箸で関節キスとか5歳みたいなこと言い続けるよ。勇者様の隣、行きたいんでしょ?」

「い、行きたいけど~…」

「はい、許諾☆ じゃあみんなタロットを引いてね!」


言われるがままにタロットを引く。反対の月。

めいめいに引いたタロットカードをナツキに見せる。ナツキは横ピースで誤魔化した。


「ごめん、わかんない☆」


酔っ払いがタロットカードでどうやって席替えを行おうとしたのかは一生わからないままだろう。


「じゃあ、勇者クンの隣りにいこっかな」

「じゃあアタシはアジーくんのところー☆」

「へっ、へっ!? ではマスロウ様のところに」


ナツキ、リルル、皇女の順番で誰の隣に座るかを決めたらしい。誰の隣というか、 三人がけの席が二つの六人席なので、一組は隣りじゃなくて対面に座らないといけない。


ならば我が申し出よう、というかナツキが傍に来るのは魔法を見破られる可能性があるから嫌だった。


「じゃあ俺とヒメちゃんは対面で」


一足先に気をまわした筋肉が勇者にガッツポーズをしていた。勇者も親指を立てていた。

いまさら我がと声を立てても無為だろう。諦めてナツキを我の隣に呼ぶ。


「えー。アジー君って女の子はべらせちゃうのー^^」


首だけ我の横に置いてやろうかと頭をよぎったが、ここで殺気を出せば気取られる相手が多すぎる。しかし、魔王たる我が女のために動くのも示しがつかない。


「ああ、横に来ることを認めてやる」

「……へー。意外に肉食系? 案外このみかも」


場に一瞬だけ殺気の潮が見えた。すぐに引いたから出所はわからなかったが、おそらく筋肉だろう。あいつと手は出さないと約束をした。約束を破るつもりはなかったが、仕方なくお持ち帰りに成功した場合はまあ仕方がない。ナツキも体つきはいいのだ。


ナツキはすんなりと自分から動いてきてくれた。楽な女で助かる。


マスロウの膝の上を尻で滑ってから端の席に座る我の隣にナツキは座った。マスロウが我に指を立てていた。勿論、親指だった。


「イェーイ☆ じゃあ乾杯しよっか」


何に乾杯するのかはわからなかったが、ナツキはしきりに乾杯をしたがった。我も異存はない。飲み会に参加しているという自負が生まれる。何より人間界の発酵酒は美味だった。


対面のリルルの隣には勇者が座っている。手を出せばどうなるかわkるように勇者の水を毒に変質させる魔法を無詠唱でかける。


木のグラス一杯を空にしたナツキが喉を鳴らしながら少し近寄ってきた。


「アジーさん料理ばっかであんまり喋ってなかったじゃん。存在感出さないといるの忘れちゃうゾ」

「こういうのは初めてだから」


存在感を隠している変装には気づいていないようだった。都落ちを予言した希代の占星術師とはいえ、やはり人の子か。


「見た目のよらず初心だねえ。いじりがいがあっていいね」


よもや魔王にいじりがいがあるなど今の世界に誰が言えようか。家をくれてやりたい。とびきりの地獄の傍に建てた家を。


「占星術師は」

「ナツキでいいよ」

「ナツキは合コンにはよく来るのか」

「おー気になる?」


ならない。サラっと体を触るな穢れる。それと小声で喋れリルルの話声が聞こえない。


「改めてこんばんわ。こんなに近づいたのはいつ以来かしら」


 リルルが勇者にたいして艶かしく話しかけるが、勇者と魔王軍四天王が密接する理由などひとつしかない。


「さあな。お前が皇女を暗殺するために王都に乗り込んで来た時かもな。お前みたいな雑魚の顔、いちいち覚えてないけどな」

「子供の男が偉そうにゆうじゃない。あなたのあっつい体を覚えてたのは、わたしだけかしら」


 リルルが勇者の脇腹に平手を当てる。と、同時に他のグループから勇者に二種類の殺気が飛ぶ。皇女にはにかみながら我の飲み物を毒に変えるな。


「へえ、どこの宿屋で偽物勇者と寝たか知らないが、俺は魔族と寝る趣味はねえんだよ」

「あら、サキュバスでも?」

「はっ! 当然だ」

「サキュバスの女王でも?」

「……と、当然だ」

「……ユウシャサマー」


 ふん、と勇者は冷や汗を隠すように鼻を鳴らす。


「サキュバスの女王でも所詮は腰を振るしか脳がない下級悪魔だろうが。娼館通いのお宅の四天王とは違って俺にその程度の誘惑が通用するとは思うなよ」


 リルルは長い舌の上で吐息を転がしながらクスリと笑った。


「知らないのかしら。魔族の王っていうのはそれぞれの種の得意な技を競って決めるのよ。魔界全土なら武力。ケルベロスなら頭の数。サキュバスは…わかるでしょ?」


 サキュバスの得意分野。それを考える勇者の耳朶にふっと息をそそぎこんだリルル。勇者が身震いするのが対面の席からでもわかった。リルルを視界にいれれば赤く染まった頬に魔女もかくやという笑みを浮かべて、


「わたし、イチバンなの」

「詳しい話を聞こうか」

「ユウシャサマ!?」


皇女が割り込んで修羅場になったのを見届けてから、隣りでひとり気持ちよく喋っていた酔っ払いに耳を傾けてやる。


「実はまいしゅーやってまーす。どう、意外でしょ? よく遊んでそうって言われるけれど全然遊んでないかんね」

「そうか」

「ノリ悪いなあ。そこは立派な遊び人だろってツッコンでよね」

「うっとう……人間の文化は慣れてないんだ。魔界ではこういう飲み会みたいな合コンはないから」

「魔界ってどんな合コンすんの? 気になる」

「魔界の合コンは強さを競う。腕に覚えのあるもの同士が集まり、腕のくらいが同じもの同士が同衾する」

「うっわ、なにそれ。しかも強い人が弱い人を好きにできるとかじゃないんだ?」

「強いものはより強いものを求める。弱いものに求めるのは強くなることだけだ」


我が合コンに行ってお持ち帰りできたことは一度もない。

リルルでさえ、単純な武力であれば遠く我には及ばない。

我と強さを比べられるものなど、どこにもいない。それが当然。だからこそ、武力とは関係のない関係を持てる人間界の合コンは我にとって魅力的だった。

婚約相手が参加さえしていなければ。


「そっかそっか。魔族も大変なんだねー」

「……くそっ、話すぎた」

「お、しゃべらないのが好きなのかー。お姉さんともっとお話しようぜ☆」

「ええい、触るな遊びにんめ」

「遊び人とは酷いなあ。アタシじゃなくとも、戦時中は誰もかしこも子孫繁栄に躍起だったよ☆ いつ死んじゃうかわからないからね」

「……高名な占星術師でもか」

「おー?嫉妬かジェラシーか?お姉さんの貞操がそんなに気になるか―?」


つつくなお姉さんお姉さんと言うが我はもう百などとうに超えている。人間の若者など赤子同然だ。


「まあ終わったことだしいいじゃーん。今日はじゃんじゃん飲んでさわごうぜー☆おー。アジーだって戦争が終わって嬉しいでしょ?」


酒場を見渡せば終戦を祝って飲めや歌えや踊らにゃそんそん。

そうだ。これでいいのだ。

人間の酒場に魔族が入って許される。

武力の時代は終わった。戦争は終わった。これを望んだからこその51:49協定だ。


武勲は失われても、次の時代をつくった。それが名前なき名誉だ。


「おいおい黙りこくっちゃって吐きたいの? トイレはえーっとねえ……」

「吐くわけない。むしろまだ足りないくらいだ。我の力を見せつけるためにはな」

「我? さっそくアガってんねー! よっしゃお姉ちゃんが奢るからじゃんじゃか飲むんだ! すいませーん、リオレスの酢漬け十年モノを大樽で!」


近くにいた店員が酒場全域に伝わる声でオーダーを繰り返す。


「はいリオレスの大樽オーダー入りましたー!」


呼応するように、そこかしこから歓声が聞こえる。

テーブルの傍に置かれた樽は人間一人を優かいできる大きさだ。

……どうしてこうなった。


「いっちまえアジー!」

我と殺し合いを繰り広げた勇者パーティーでありながら今は優雅に皇女とカモ肉をつつきっていた筋肉。


「かませーかませー☆」

戦時中は絶えず魔族に命を狙われながらも亜人と同じ酒を飲み笑顔を崩さない占星術師。


「亜人くんのちょっといいとこ見てみたーい」

テーブルのグラスを掲げながら同じテーブルについた勇者。


「アージ、アージ」

見知らぬ人の子らの無責任な煽りと、離れた席から遠めにこちらを覗く覆面族。


我がこの酒を飲む理由はない。

トイレと同じだ。弱点をさらけだすなど。酒など敵の前で飲むものではない。


だが、戦争は終わった。

しかして最強を見せつけるのは魔王の責務である。


我は大樽を片手で持ち上げる。歓声があがる人間らの前で呪文を唱える。

すると、大樽がバキバキと音を立てて光を発っした。


「我こそ最強なり!」


酒が入っていたはずの大樽が爆発した。飛び散るはずの酒は集約され、ひとつの方向性を持ち、数メートルはあろうかという竜の形をなした。


酒だった水流はアルコールの匂いを撒き散らせながら店内を飛び回った。そこかしこの膳を食い漁る。店の支柱に歯形をつける。人々は蔓延る悪魔の様相に恐れを抱きながら、アルコールと快楽が腹のそこからの雄叫びを呼ぶ。


「アージ! アージ!」


持てはやすコールが歓喜と絶叫に満ちながら、ひとりだけ笑うものがいた。我だ。


テーブルの上に立つ。そこかしこの酒を喰って巨大化した水龍が我を見るや突進をおこなう。


「我こそ最強なれば魔王族が主――はやいはやい!」


と、アルコール竜を飲み込む前の決め台詞を述べようとしたら、不覚ながら我も酔いがまわっていたらしい。想定以上の勢いを持った水龍が我の体を喰い破るように体当たりをした。


咄嗟の反撃呪文も出せず水竜にかまれる直前で、あぎとから水竜は爆発した。

桶をひっくり返したような水音をたてて、水竜は店内の真中で破裂した。


巻き起こるは雨音と笑い。

恐怖は一転、サーカスの最終演目の如しだ。

スタンディングオベーションの先には亜人。


変装魔法が解けなくて一安心するも束の間、我に声をかけてきたのは店員だった。


「お客様、店内での迷惑行為はご遠慮ください」


だが高らかに笑おう。

なにせこのときは我が主役だ。


「はっはっは、許せ――通報はしてくれるなよ!」


魔王が人間の自治組織に厄介になるのは洒落にならないから!



8.



濡れた体を乾かしてからテーブルに座る。

周囲の人間ががこちらの卓を気にしていた。人間と魔族が同じ卓についていることが珍しいらしい。


知らない間にまたもや席替えが行われたらしい。実行犯は、まあ、誰でもいい。


「緊張してるのかしら。わたしが四天王だからって固くならなくてもいいのよ。あなただってイイモノを持ってるみたいだし。ふふっ、かたくならなくていいのよ」


そしてどういうことか、我の隣りにはリルルが座っていた。

リルルは席に着くやいなや、早々に我の体に指を這わせてきた。

くそっ、婚約者がサキュバスだとは知っていたがまさかこれほどまでとは。いちもこんなことを知らないところでやっているのではと考えるとななぜだか胸のうちのイケナイ扉が開く気がする。

だが、魔王ではない我の魅力に惹かれたのは紛れもない事実だろう。 このまま我を寝床に誘った瞬間、我が魔王の姿に戻って移り気なリルルを切り落としてしまおう。


一息つくために見やると、隣の席も大概だった。

「こ、こんにちわー…」

「ギャ、ギャルっぽく接しないと……ちょ、ちょりーっす(初手アヘ顔Wピース)って、なんでいきなり清め酒を注文するんですか?」

「煩悩よ消えろ煩悩よ消えろサキュバス退散サキュバス退散」


さらにその奥はと見れば…ちょっとここでは筆舌に尽くし難いですね。他の人間もいるのにそこまでたくし上げるなんてそこまで腰を振るなんてそこまで舌を伸ばすなんて、はわわ(続きは夜想)


「淫魔より手が早いなんて。私たちも負けてられない。そう思わない? アジーくん」


 目線が違う新鮮さのせいか、リルルの色香がいつもより濃い気さえしてくる。


「でも、ま。こんなところでおっぱじめるのも味気がないわね。私達はゆっくり話でもしましょうか」

「そ、そうだな」


体を這わせていた指を退かせたリルルは、テーブル上のザンギと呼ばれた揚げ物をつまみあげる。


「人間の食べ物に慣れているんだな」


ザンギをつまみ揚げる箇所、濡れた布で油分をふき取る、果物の果汁を自らの取り皿のみに零す。リルルの仕草は食べなれたそれだった。


「四天王をしていれば戦時中にも人間と関わることも多かったわ。敵としても味方としても」


武力での制圧は我ひとりで事足りた。

四天王には別の仕事を押し付けていた。そ政治への介入や将来の植民地化への布石など。その過程で知っていた。

そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。


……疑い過ぎてしまうのはどうしてだろうか。

ヒャダストロが四天王を裏切って亡命したと知ったときはケルベロス庭園の掃除だけを罰に与えて済ませることができたというのに。


こんな気持ちも、首を切り落としてしまえば消せてしまう。さっさと我を床に誘うがよい。


我がそう思っていると、周囲の喧噪がひときわ大きくなったと感じた。


最初に居酒屋を抜け出したのは覆面族だ。覆面族の第六感は優秀で、互いを知り合う前の伝承には未来予知を持っていると考えられていた。

彼らが一目散に出口へ駆け寄った瞬間、我と同卓の男らは何事か勘付いた。


周りに目配せをすれば、覆面族と入れ替わりに入ってきた店員たちに目を疑う。

同じ制服を来た男らは、頭部を覆い隠してなお余る量の花束を持っていた。

花には詳しくないが、魔素もなければ呪いもない。純粋な気持ちを込めた花。


「あなた様に」


店員はまさしく求愛のポーズを取って、花束をギャル系少女ヒメに捧げた。


「まぁ……!」

「なっ!」


先ほどまでの軽い軟派とは真剣さのことなる行いに、皇女と勇者が目を丸くする。

並んだ店員たちは服がほつれていたり軽く頬に傷があった。どうやら店員たちのなかで誰が皇女に告白するかで言葉通りひと悶着あったみたいだ。

店員のなかで最強の男は、自信を湛えて花束を差し出した。


「あなた様の美しさに一目惚れいたしました。あなた様のためなら大戦争の戦に挑んだことも悔いはありません」

「まあ、元兵士の方でしたか。それはご苦労様でした」


皇女が簡単な労いを放つが、美貌に心を奪われた店員は聞く耳を持っていない。


「そこのあなたもお美しい! あなたは魔族ですが、どうかこのお店の店員に夢を見せてはくれませんか!」


後ろの店員たちがまたもや多量の花を、今度はリルルに捧げる。


「あら、ワタシに?」


まるで女王への献上品。働き蜂が懸命に振り向いてもらおうとしている。


「あなた様のためなら勇者の代わりに魔王にだって挑めた。この熱い想いをあなたに!」


「ほぅ」

「言ったな」


面白い戯言を言う。

たかだか花の贈り物で我が婚約者を落とそうなど。


だが、我に挑むというならその気概は買おうではないか。


テーブルの傍にはべって女にだけ視線を向ける店員たちの目線を奪うように、テーブルに再び足を乗っける。テーブルには我の足だけでなく、勇者の足も乗っていた。


挑まれるという言葉と酩酊した気分が高揚させて変装魔法を解いていく。


亜人の足が高位の魔族の足へと変貌していく。魔力の塊がドロドロと空中に流れて、水竜のように渦巻いて身の周りを流れる。


周囲の人間の表情を見れば、それがどういう感情なのかは手に取るようにわかる。


圧倒的な力に恐れ慄く。


「我が婚約者に言い寄るのであれば、宣言通り我に挑んでもらおうか」

「あ……あ……」

「そこの女のために魔王にも挑めるのであろう。なら、気概を見せるチャンスをくれてやろうというのだ」

「うわあああああああああ」


目の前の現実を呑み込むほどの器も持っていない店員たちは正気を疑う。

魔王の姿を目にいれて正気を失って絶叫する人間に感化されてグラスと皿が割れる音がする。

店が始まってから、いや今世一番の阿鼻叫喚の嵐に開かない玄関に人間が押し寄せる。


なんでドアが開かないんだ、魔王がいるんだ逃げなきゃ、魔族だ、魔族だ。


花は踏まれ、店員たちも涙を流して狭い店内を逃げ惑っている。


元より、魔王も戦うつもりなどなかった。といって信じる人間は誰もいないだろう。


悲鳴をあげる人間たちに、勇者が光の力を纏って周囲に話しかける。


「待ってくれ!」


勇者が人々の正気を回復させながら叫ぶ。


「これからは人間と魔族が手を取り合って生きる時代だ。俺――みんなに選ばれた勇者とここにいる魔王は、まず俺たちが手を取り合うべきだと考えて飲み会をしていたんだ! だから恐れないでくれ!」


そんなつもりはなかったが、とりあえずそういう方向で話を進めるのだな――と考えて何かを喋ろうとする我の耳元に、いな脳内に、ウイスパーボイスが響く。


「アナタは今日はここまで。だからアルコールは飲ませたくないの」


我の意識はそこで途切れた。



9.




静まった居酒屋。


大量の人間もすでにちりじり、希代の有名な六人が座っていたテーブルには、2人の女の姿しかない。


そのうちの一人、身の回りの精霊がギャル系メイクを清浄化で落とすことを当然と受け入れている皇女レムリーが、もう一人に尋ねる。


「どうして魔王の祝いの席に誰も行かなかったんですか? 魔族での祝勝会でありながら、人間界の王族にも招待状が来ていましたが、差し止めてしまいますし」


その質問を受けて、グラスの液体を飲み干してから服を羽織ったサキュバスであり魔王軍が四天王リルルがうっすらと頬えむ。


「あら、旦那の心配をするのは正妻の役目でしょ?」


「心配?」


今度は呆れた笑いで、リルルは先ほどの光景を思い出す。

亜人の姿に変装をしておきながら、アルコールに酔っぱらって化けの皮が剥がれた魔王の姿を。


「あのひと、お酒が入ると自慢話と自分が気持ちよくなることしかしないの。自意識過剰の自信家もいいけれど、身内の恥を隠すのが家内の務めよ」


「リルルさん格好いいですっ!」


「あなたも、あんな浮気者な勇者と結婚するんだったら、手綱の締め方は今から勉強したほうがいいわよ」


「お、お師匠サマ……!」


これから手をとって歩む別種族の、二十歳そこいらの若娘の頭を撫でてから、リルルはさてと足元に簀巻きにした魔王を掴んだ。


魔王としての姿をあらわにした魔王は、リルルの房中術もとい体術によって縄で縛られ睡眠魔法でどっぷり眠らされ、その場の人間らに有効の証として浜にあがったクジラの如くべたべたと手で触る会を行った。


もちろん主催はリルルであり、事情を知っていたのは勇者以外の筋肉占星術師皇女四天王。


これで少しはまともな世の中になればいいと思いながら、魔王には正妻がいることをアピールできれば、計画は完成だ。


戦争が終わったこれからの平和のなかで、しっかりと家で調協、もとい協調力を身に付けさせたなら、今度こそちゃんとした飲み会を開かせてあげようと思いながら、リルルは簀巻きにした魔王の紐をきゅっと強く縛り直した。


とりあえず締めです。いつまでも勇者と魔王が仲良くなった理由考えてたらほんとに終わらないので。(それ以外の部分も疎かになっているのはほんと畜生です。次はプロットの立て方考えます)

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