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2.


 人間族が暮らす人間界。敗戦後に辞任した王が住み、人間社会の要だった王城。いまでは魔族の手中にあるが、城の所有権が移っただけで城下の人間を即座に動かすことはできない。人間たちはいままで通り、されどどこか弾むような足音を立て、しかしどこか顔つきの引き締まった表情で過ごしているようだった。


 一般的な赤鬼族の姿に変装して大通りを歩いた。城の正門から石造りの街並みの先、魔界ならコキュートス区の大森林に比肩するほど広大な自然公園。


 ここは人間界にあり人間が自然とつくりあげた空間。だが、我が入っても人間は素知らぬ顔を通す。人間界は人間に加えて、我々魔族の使用も許可された。大きな大きな戦争の戦利品として。


 人間界への渡航権利を獲得した我ら魔族の子どもたちが、公園の芝生を思うがままに走っていた。そしてまた、人間たちも委縮することなく芝生の上で蹴鞠玉のようなもので遊んでいる。


 戦時において敵だった相手が目の当たりいても互いに争いにならない。それは、人間もまた魔族と交流する権利を持っているからだ。


 人間と結んだ終戦協定「51:49協定」に則り、魔族は人間界への自由な渡航が可能となった。

目的は略奪ではなく交易のため。


 ……もともと、魔界と人間界がつながったのは偶然だった。戦争になったことは互いの制約が明文化されていなかっただけで、ここ数十年はそうでもなくなっていた。終戦後はすんなりと交易が開始された。どこの種族でもすぐれた商人とは未来予知ができるようだ。


 我が求めたのは魔族のみの自由な交易だったが、それだけでは魔界の経済が滞る。流れるだけではいけないとヒャダストロの忠告を受け入れた。仕方なく人間に魔界への渡航権利もくれてやったら、人間は魔族を恐れもしなくなった。


 ベンチに座って公園で遊ぶ下々を見渡すと、線のようなものが見えた。眺めていると、子どもたちがなにもない場所を遠ざけているように蹴鞠玉を蹴っているのがわかった。


 誰が決めたのか、魔族と人間族の子どもたちにはそれぞれのテリトリーがあるようだった。その区切りをじっと見極めてみると、なんと、しっかり51:49の割合だった。


「ふっ、我が勝ち得た勝利と同じ割合だな」


 51:49協定はこの先、千年と語り継がれ、万年先の法の基盤ともなるに違いない。


 人間は持つ全ての権利を51で魔族に差し出し、魔族の持つ49の権利を譲る。それが我の勝利の形であった。


 どちらが偉いかと聞かれれば、間違いなく魔族が偉い。

 抽象的であるが、それだけに破れない。偉い方が確実な有利を持てる。だからといって威張り散らせるほど魔族に力はない。


 これ以上にない、そうだろう?


 魔王軍発足時には不甲斐ない王によりシェアを20:80まで奪われていたものの、我が就任してからの百年でここまで取り返した。ならば民草まで行き渡ったこの51:49は、喜ぶべきものだ。


 互いの領分を犯さない次世代を見渡しながら、無意識のうちに呟いていた。


「「これは我(俺)の戦った証だ」」


 思わずつぶやいた聲が誰かと声が重なった気がした。

 ふと隣のベンチを見ると、目深く帽子を被っているが見知った顔が座っていた。

 向こうも変装している我の正体に気づいて、驚きに顔を伸ばしていた。


「お前……魔王か?」

「貴様……勇者か?」


 咄嗟に変装の呪文を解除しようと立ち上がったが、思案した。ここは公園だ。こんな場所で戦えば終戦規定に違反したと部下からも人間からも突っつかれる。何も怖くはないが、威厳を失うのは困る。


 ……ただでさえ、遠見の鏡であんなものを見た後なのだ。


 勇者の顔にも困惑と逡巡の相がでていた。鎧と剣の召喚動作をストップしている。

 どちらも動かない硬直状態に、親に手を引かれた子どもの笑い声が通過していった。


「戦争は終わった、そうだろう勇者よ」

「戦争は終わった、わかりきったことを確認させるな」


 ベンチに座る。今のいざこざで、手元の珈琲缶は地面で吐いていた。勇者のサイダーも彼奴の足元でしゅわわと蒸発していた。


「ツイテねえな」


 と勇者は空を向きながらぼやいた。


「悪運だけが取り柄のような貴様だったろう。何度殺しても死なぬくせに」

「悪運ばら撒いてる神様は敗戦した人間に用はないらしい。手紙も残さず出て行ったよ」

「それはいい。猿が力を得るまえに檻に閉じ込めるとしよう」


 勇者は何も答えず、ただじっと前を見ていた。まるで明日の予定どころか今日の予定もない暇人のようだ。


 ただそれを殊更に尋ねる関係でもない。興味もない。今代の勇者とは十年ほど、幾度となく決闘をしたが、そこに友情はなかったのだから。


「人間は短命のくせに暇を持て余していて贅沢だな。勝利の美酒を飲むのに忙しい身にはわからんぞ」

「煽るんじゃねえよ。ぶっ殺すぞ」

「お、やるか?」

「あ、やんのか?」


 近くの母娘が我々を指さした。


「ママー、あそこに人と亜人のヤンキーがいるよ」

「しっ、みちゃいけません」


 母娘はそそくさと去って言った。


「……ツイテねえな」

「……ふん」


 太陽神だけが笑っていた。







 ぽつぽつと、戦時中のことを会話にもならない速度で話していた。やれ北方で負けたのは熊のせいだとか、東方で魔族を一撃で追い払った女は誰だったのだとか。


 勇者が唐突に立ち上がった。


 そろそろ帰るのか、まあそれもさもありなん。我も政務を放り出している身であるからして?貴様のように暇人ではないから?と顔を背けていたら、戻ってきた勇者が陳腐なサイダーを投げつけてきた。


「人間の食い物は口に合わん。調味料のみの水など、何故こんな質素な水を飲む」

「誰でもいいんだ。ミミズでも。だからお前でいい。ちょっと聞いていけよ」

「駄賃を用意するなら今度からはユニコーンの生き血を用意することだな」


 そのあと、勇者は身の上話を語りだした。とはいっても、まさか生まれ故郷の話ではない。彼奴の口から語られたのは、終戦後についてだ。

 人間が魔族に敗れ、51:49協定を結んだ後。今代の勇者は王都に凱旋――とはいかなかった。敗戦の責任で隅に追いやられた人間の王にぐちぐちと愚痴をこぼされる日々。どこへ行っても負けた勇者という汚名は消えず、挙句の果てには敗戦責任だと民衆にたいする奉仕活動まで。

 戦争が終わって半年ほど経つが、勇者の立場は悪化する一方らしい。


「我のせいだとでもいう気か? 笑わせるな」

「そりゃあ戦争やってたんだ、勝たなきゃ意味がない。資源を喰いつくしたうえで負けた方が悪い。けど納得いかねえっつうかさ」


 勇者が怠けていれば今よりも魔族が有利な状態で戦争が終わっていた可能性はあった。奪われるのが資源と交易権なら温情で、敗戦国の民衆の命も権利として奪い取るような有利。そんな状況を回避しても敗戦の責を負わされるのだからままならない。だからといって人間の政治に口を出すつもりもない。


 戦争が終わって柏手と共に人間族と魔族は友好関係。


 そうはいかずともそういうことになっている。公園の子どもたちは人間と魔族、種族ごとに領分を持って遊んでいる。


 上から目線で口を出すこともままならない。


 ほんとうに、ままならない。


 恥ずかしさとも口惜しさとも言えない感情を調味料のみ炭酸水で飲み干した魔王は、ひとりの人間に助言をした。


「気晴らしでもするといい。我もそうしている最中だ」

「公園でベンチに座って気晴らしとは、さぞ魔王軍は部下に恵まれてんだな」

「ふんっ、あやつらなどもう部下ではないわ」

「そっちも何かあったくちか」


 黙りこくって。またぽつぽつと二、三のくだらない会話。

 そのあと、「よし」と勇者が膝を叩いた。


「気晴らし、行くか」

「独り言が多いな」

「何言ってんだ。テメエも行くんだよ」


 勇者の顔つきにおふざけの気はなかった。


「ふざけるな。腐っても魔王と勇者だ。共に行くわけなかろう」

「テメエが気晴らしとか言って村の一つでも滅ぼしたら、またあの耄碌ジジイがぐちぐちうるせえんだよ。公園で油売るくらいなら気晴らしにいくんだよ」


 立ち上がって前を向く勇者。こいつにはいい部下がいるのだろうなと、そう思った。

 立ち上がるか迷っていた場に、唐突に混ざる声。


「話は聞かせてもらったあ!」


 草むらから飛び出してきた人間には、見覚えがある。

 勇者パーティーの筋肉マッチョの奴。名前は忘れた。


「俺にとっておきのイベントを用意させてくれ」


 行くとは一言も言ってな――


「合コンだ!」


 言った。そういえばもう言ってたから取り消せないわ。男に二言はない。



あとがきその1

 一日一話。投稿できたら年末までに完結! と思っていた時期が私にもありました。二話目の投稿日からしょっぱな残業三時間で心が折れたゾ!☆ 明日は忘年会らしいです……投稿した途端に日程が修羅すぎない?

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