朝比奈かぼすの自殺
吾妻屋が教室を出ると、鴨川が一人、夕日の逆光に潜むかのように佇んでいた。
一階の廊下へと移動し、吾妻屋は相変わらず気だるそうに窓に体重を預け煙草を吸う。
「あれでよかったのー?」
「ええ、大丈夫です。」
姿勢良く笑顔で答えた鴨川。
「神さまも人が悪いよねー。かぼすちゃんが1番になれないように、わざとこの学校に転校させるなんてー。」
「それは少し違いますよ。この学校に集めたんです。私たちとかぼすちゃんを」
「ふーん。まあ、信じられない話だけどさー。」
「かぼすちゃんの心を描いた時、見ちゃったからねー。地球がぱっかーんって割れてる景色をー。」
「朝比奈さんは、いずれまた地球を真っ二つにするつもりです。だから、私たちが彼女を1番にさせてはいけないのです。」
「そっかー。まあ彼女は天才ではないから大丈夫だと思うよー。発破かけても、私を到底超えられなかったしねー。
きっかけさえ与えなければ全知全能とやらにもなれないし、1番にもなれないはずー。」
「そうですね、朝比奈さんの神さまとの約束は1番になること。
そして、私たちと神さまの約束は朝比奈さんを1番にさせないこと。」
「さもないと、地球は神さまに破壊される。」
鴨川は神妙な面持ちでそう答えた。
「まあ、私は地球の滅亡とか興味ないんだけどねー。鴨川生徒会長じゃないとこんな話、いくら私でも信じてなかったよー。」
「むしろ、どうして神さまと喋ったのか聴きたいくらいだよ。」
「そんなの、当たり前じゃないですか、生徒会長ですもの。
転校生の事情くらい知ってますよ。朝比奈さんの保護者の神さまからお話を伺ってね。」
「まあ、生徒会長の言うことは信じるけどさー、とりあえずこれからどうするの?朝比奈さん多分立ち直れないと思うよー。」
「ご心配なく。これからの事は彼に頼んでますので。」
「彼ー?」
疑問顔の吾妻屋に鴨川はニコリと微笑んだ。
場面転換
朝比奈は夕焼け空の中、校舎の屋上にいた。
「火星からみる景色に比べてなんてちっぽけなんだ。」
彼女は、紅に染まる町並みを一人さびしく眺めていた。
「これから、どうしよう。わたしはやっぱり一番になんてなれそうもない。」
「それならいっそ・・・」
彼女は屋上の柵を越える。屋上から地上まで数十メートル。あと一歩踏み出せば確実にあの世へいける、そんな三途の川の入り口に立っていた。
彼女の目は濁って死んでいた。朝比奈かぼすはメンタルがとても弱い。負けず嫌いなのに勝ちをすぐに諦める。
その矛盾が彼女に死という選択を選ばせた。
「死ぬんだ?」
その刹那。誰かが後ろから声をかけてきた。どうやら先客がいたらしい、もしくは屋上に誰かが来たことに気がつかなかったようだ。
「君はひどいなあ。僕がこうやって毎日病気と戦っているのに。あっさりと命を投げ出すことが出来るんだ。」
「誰?あなたに関係ないでしょ。」
朝比奈がその場で振り返ると、マスクと白衣に聴診器、右手に赤十字のハードケース鞄。
まるで医者のような格好をした一人の男が猫背姿で立っていた。
しかしその格好とは裏腹に、顔色は青白く、目の下にクマ、やせ細っており、医者というには些か弱々しくむしろ患者という言葉の方が相応しいような風貌だった。
「おっと、あまりこっちを見たまま話しかけないでくれ。君と僕の距離は3m、人間は言葉を吐くときに見えない唾を飛ばす。
君の言葉と共に飛んでくる微粒な唾が僕にかかってしまったら、病弱な僕は君の菌のおかげで飛沫感染が起こり、死んでしまうからね。」
朝比奈はただただ閉口した。こいつは一体何を言っているのだろう。自殺を選ぼうとしている自分が言うのもなんだが、眼前に死が待ち受けるわたしを差し置いて、なぜ自分の飛沫感染の心配をしているのだろうと。
「あなたは誰なんですか?というかそんなのはどうでもいい。何がしたいんですか。わたしを助けたいんですか?それとも自殺を示唆しに着たんですか?」
男はマスクの上から手をあて、答える。まるで、だから唾が飛ぶからこっちを向いて話すなと言いたそうな表情だった。
「僕は東雲あけび。そして、今日の僕の病名は『結核』。用件、、はそうだねえ・・・。」
「僕のために死なないでくれ。」
謎の病名紹介。
そして突然のべたな台詞。
それは、瀕死の恋人に言う台詞だろう。しかし、自殺を目論む女子高生と突然現れたなぜか瀕死な男のシチュエーション。無茶苦茶だ。なんの脈絡もない。
あきれ返った朝比奈をよそに、男はそう言うと弱々しく微笑した。