朝比奈かぼすの始まり
ある日、地球が真っ二つに割れた。
この途方も無いエネルギー破壊は天災でも国による陰謀でもなく、ひとりの人間、少女による仕業だった。
果たしてひとりの少女にそのような惑星規模の破壊活動が出来るのだろか?
可能である。彼女なら容易いのだ。全知全能の少女、
「朝比奈かぼす」ならば。
彼女が一体どのような手段で地球を真っ二つにしたのかは定かでは無いが、朝比奈かぼすは地球を壊したことに対して、悪びれる様子や後悔の念を一切持たなかった。なぜなら、それは全知全能であるが為に善悪の判断を超越し悟っているからである。
現在、幼げに頬杖をついて座りボーッとしている。
まるで午後の嫌いな授業を受ける今時の女子高校生のような退屈で眠そうな表情をしつつ、遠目に母国を火星の見晴らし山から眺めていた。
「••••」
「•••••私はついに全宇宙の理を理解してしまいました。だから試してみたくなるよね。全知全能の力を証明するために地球の破壊を試みてしまうよね。そして••••
•••たった今それが証明された。鶏の卵を割るのも地球を割るのも全知全能に含まれる材料力学と破壊力学を極めて用いれば同じような物に過ぎなかったのだと。。」
「そして、火星にタコがいるのも生物学的には当たり前の現象なのだと。」
火星のタコを横目に暫く二つの母国を眺めていた。
「そう、その通りだ。」
聴こえるはずもない無人の火星で聞き慣れた日本語がこだました。
朝比奈かぼすの背後から1/fゆらぎのような穏やかな音色、音声が聞こえたのだった。
「君は私の作った宇宙を、万物を、世界を理解してしまった。ゲームでいうなら全クリアだ。そして、今こうして私が君と話しているこの時間はエンディングのスタッフロールだと思ってもらって良い。」
「あっそう。」
朝比奈かぼすは火星のタコをいじりながら振り向きも興味も示すこともなく無機質に答える。
「まあ全知全能の君なら私の出現も全て知っている事だろうから驚きはしないだろう。」
朝比奈かぼすは後ろに立つ存在を視認せず、その心地よい音の声を聞き流した。
「君は生誕17年にして私の作った世界を全て理解した。全知を学びその知識を知恵に変え全能の力を得た。もっとも、17年つまり17歳という数字はあくまで君たち地球人類の定義だがね。」
朝比奈かぼすは何者かの言葉に答える。
「宇宙が出来て140億年弱、私が生まれて17年。でも、世界を理解するのに重要なのは時間ではないでしょう?だから、あなたはわたしに語りかけている。」
「その通りだ。膨大な時間をかけようが高度な知能を持とうがこの世界を理解する事には全く関係がない。一つの些細な事にさえ気付ければ地球人類というあまり高度でない生命体でも全知全能にはなり得る。それを私は知っているから宇宙膨張の作業を中断してここにきた。」
「火星まで遠かったでしょ?」
「いや、ぐにゃっと曲げたから。」
「ぐにゃっと。。。」
朝比奈かぼすはその言葉の意味を察した。
「それで、、あなたはつまり神さまだよね?私もあなたほどでは無いけどあくまで人間として全知全能だからいわば准神さまみたいな物なのだけれど、、、。まさかゲームクリアのエンディングミュージックを演奏しにわざわざここに来たの?。」
「まさか。そこまで私も暇ではない。君に私の仕事の手伝いを依頼したくてね。」
「なるほどねー。でも知っての通り全知全能と言ってもあくまで私は人間だよ。全知全能完全無欠であろうと人間だからこそ限界がある。全知全能という定義と矛盾してるようだけれど。」
朝比奈かぼす曰く、五劫の擦り切れをほぼ無限と定義するのと同じように99.9999•••••%は100%としても間違いではないのだ。
「それでもこの世界の規模なら十分に影響するのよ。人間であるがゆえに、私はあなたの宇宙膨張のお手伝いが不可能な事くらい知ってるでしょ?。」
「もちろんそんな事知っているさ。しかし、人間の神さまであり全知全能の君だからこその仕事があるんだ。
どうせゲームクリアして暇なんだろ?。」
朝比奈かぼすはその通りだと言わんばかりに溜息をつく。
彼女にとって、全知全能とは何も嬉しい事でも楽しい事でも無いのだ。知らない事も出来ない事も彼女には無いのだ。それと同時に、知らない事も出来ない事も彼女には永遠に不可能なのだ。
「まあ、、暇というか正直ゲームクリアというより壁から抜け出せないバグに遭遇した気分ね。多分、私は寿命である89歳まで何も考えずにこうしてボーッと過ごして電源を落とすのかなぁ。いますぐ電源を落としてもいいけど、それはダメな事くらい知っているし。」
「私がそういう風にこの世界を作ったからね。この宇宙、いやこの私の世界は現在進行形でアップデートされ造りかえられている。無限にある作業はなかなか有限と違って終わりがないから大変だよ。」
(そりゃ無限だからなぁ。。)
朝比奈かぼすは、ここで一つのことに気付き、少し期待した。
期待ついでに火星のタコをタコ焼きにした。
全知全能になってから、神さまはすでにこの世界を何箇所かアップデートした様子で、それはつまり彼女の知らない事が後出しで出来たのだと悟った。実際、神さまとの遭遇は地球を割る前から知っていた。
そして、そのあと火星でボーッとしていると背後から声が聞こえ神さまから仕事を手伝うことを要求されるが、わたしは人間という性質上不可能であると断り、神さまは渋々としかし予定通り私の要求を受け入れ、わたしの人生の電源を落としてもらう段取りだったのだから。
しかし、どうもそうでは無いみたいだ。
これからの神さまの言葉を朝比奈かぼすは予期しない。知らない。退屈を打破する何か素晴らしいアイデアを授けてくれるのだろう。
朝比奈かぼすのテンションが上がる。火星の溶岩をソースに、枯れ草を鰹節と青海苔に変えてタコ焼きにふりかける。
神さまは続けて言う。
「君の仕事は地球で君の人生をもう一度やり直す事だ。」
朝比奈かぼすの手が止まる。
「それって、神さまの仕事とどう関係あるの?。」
朝比奈かぼすは少々戸惑いながら答えた。
人生をやり直したところで、全知全能だからこそ第2の人生が退屈な事に変わりはないのだ。
「それは一回クリアではまだ物語の核心には迫れない質問だね。ゲームを一回クリアしたくらいでトゥルーエンディングだなんて思ってるのかな?そんなに最近のゲームは甘く無いよ。
二周目、三周目で高いところの宝箱の取り方とか伝説の剣の抜き方とか裏ボスの陰謀とか分かったりするだろ?。」
「まー実際、神さまの仕事なんて個人的に知らなくても興味ないよ。
それに、生まれ変わっても途中からやり直しても全知全能という称号は消せないのは確かでしょ?二週目なんてそれこそすぐクリアしちゃいそうだよ。。強くてニューゲームしても面白く無いもん。」
「こらこら、これだから最近の女子高生は。。そんな安易な事を真の全知全能の神さまのわたしが言うはずがないでしょう。それに、全知全能の称号は消えなくても過程を消すことなんて私には容易いのだよ。」
神さまは不敵に微笑んだ。ような気がした。実際に振り返っていないから朝比奈かぼすは神さまを目視していない。というより目視出来ない存在だと知っている。次元が異なるのだ。
それよりも目の前の同次元に存在するタコ焼きを目視している。
「弱くてニューゲームだ。」