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第四話 傷心シャボン玉

 毎朝の薬草採集と使い魔たちとのかけっこを終え、香月は木の幹に寄りかかっていた。その手には、エンジュから借りた杖が握られている。

 木に寄りかかっているのは疲れているからではなく、集中するためだ。目を閉じて深呼吸を繰り返して、それから香月は杖を振りながら口を開いた。


「揺れよ 舞え 蛍のように」


 杖の動きと声に反応するように、宙に小さな光の粒が現れて揺れていた。ビー玉くらいの大きさのものが五つ、ふよふよと漂っている。

 しばしそれを眺め、香月は盛大に溜息をついた。


「……しょぼい。こんなの、何の役に立つのよぉ」

「でもね、昨日より数は増えてるよ。昨日は三つだったもん」


 うなだれる香月を、パスカルはおだやかな声でなぐさめる。でも、はじける光を見つめるヨイチは冷ややかだ。


「数が増えてもな。これでは明かりにもならないでござる」

「うぅ……」


 自分でも思っていることを指摘され、香月はますます落ち込んだ。

 香月は昨日、魔法をひとつ修得した。

 渡された魔法の本の中から呪文をひとつ選んで、辞書を使って自分で翻訳するのだ。パラパラとページをめくったり、読めない文字列の中から呪文を選んだりするのは実に当てずっぽうな気がした。けれど、エンジュに言うには、この方法はその人の適正がわかるようになっているらしい。

 そういうわけで、香月の適正は光の魔法だったようだ。ふよふよの蛍のような光を見て、「香月は光属性か」などと言っていたコウも同じように魔法をひとつ修得しているはずなのだけれど、“何属性”なのか頑なに教えてくれなかった。


「日々の鍛錬次第で、どうにでもなるからな。とりあえず今日は帰るでござる」

「……そうだね」


 ヨイチにうながされ、香月はとぼとぼと家への道を戻った。

 ようやく魔女修行っぽくなってきたと思っていたのに、なかなかうまくいかない。でも、だからといって落ち込んでばかりもいられなかった。


「あ! 女子高生だ! わーピチピチ! この子、エンジュさんの姪っ子さんか何かですかー?」

「い、いらっしゃいませ……」


 家に戻ると、香月はものすごくテンションの高い女性に捕まった。前に一度、何かを買って帰る姿をちらっと見たことがある。確か、エンジュがブレンドしたハーブティーをよく買いに来る人だったはずだ。

 二十代半ばに見えるそのお姉さんは、香月を見つめて「女子高生だ、女子高生」と楽しそうにしている。

 今日の香月は、なんちゃって制服姿だ。これもなぜか、エンジュが用意していた。

 これを着ているから、お姉さんは香月を女子高生だと判断したのだろう。

 なんちゃってと言ってもコスプレ用品ではなく、制服っぽい着こなしや学校指定の制服がないけれど制服を着たい中高生に人気のブランドのものだ。香月もここのブランドのソックスとカーディガンは、可愛いから買ったことがあった。

 というわけで全くいかがわしいものではなく正統派の制服なのだけれど、休学中に自分の通っている高校のものではない制服を着るのは、何とも落ち着かない気分だ。

 エンジュやお姉さんのように喜ぶ人を見ると、余計に複雑な気分になる。


「そうそう、姪みたいなもので、今うちの店で修行させてるんですよ」

「えー! 魔女修行? 女子高生が魔女修行? 何それ素敵ー! かわいいー!」


 エンジュの返答を聞いて、さらにお姉さんのテンションはあがった。お姉さんのほうが十代の香月よりもキャピキャピしている気がする。

 でも、その様子が香月にはどうにも空元気のように見えた。


「果穂ちゃん、それで今日はどうしたの? お香もお茶も、まだ当分あったでしょう? まあ、大事なお得意様だから、来てくれるのは問題ないし、嬉しいんだけどね」

「……エンジュさん」


 エンジュが問いかけ、ポンと肩を叩いた途端、果穂と呼ばれたその人の顔から笑顔が消えた。そして、ポロッと涙が一粒こぼれた。


「うぅ……悲しいよぉ、つらいよぉ……」


 一度涙があふれだしてしまうと、もう止められないようだった。果穂はえぐえぐと泣きながら胸の内を吐露し始めた。


「私、ふられたばかりで……悲しくて、せっかくの休みなのに家にいたくなくて、癒されるこの店に来てみたんだけど、全然笑えなくて……」


 やっぱり空元気だったのかと、果穂の言葉を聞いて香月は思った。笑顔の仮面がはがれた今、言葉はとめどなくあふれてくるらしかった。


「癒やされたい。元気になりたい。……記憶を消せる薬とか魔法とかありませんか? 忘れたい……忘れて楽になりたいんです」


 泣きながら必死に訴えかけてくる果穂を前に、香月はどうしていいかわからず戸惑った。

 香月自身は、あまり感情を面に出さないタイプだ。いつもうっすら微笑んで、相手の機嫌や話題に応じて表情を使い分ける。そこに自分の感情は溶け込ませない。そうして調整していれば、他者との衝突はあまりなかったから。

 そのせいか、調整機能が故障してしまった今でも、感情をはっきり表すことが苦手なままだ。

 だから、その真逆の感情豊かな果穂のようなタイプを前にすると、扱い方がわからなくて困る。


「失恋かあ……悲しいわよね。あれは何回経験しても慣れないわあ」


 エンジュは香月と違い、こういう状況で発するべき言葉を心得ている。果穂の言う事に「うんうん」と力強く頷き、適宜相槌を打っている感じだ。


(……私も前は、こういうときうまくやれていたはずなんだけど……)


 引きこもっているうちにすっかり錆びついてしまった自身の対人スキルを思って、香月は拳を握りしめるしかできなかった。


「……もぉーつらいよぉ。いっそのこと、ヤケ酒でもしちゃおうかな。エンジュさん、ハーブのお酒とかって扱ってますか?」

「うーん、ハーブのお酒はないわね。個人的に作ってるスパイスとドライフルーツを漬け込んだサングリアだったら、ごちそうしてあげられるけど」

「それ、美味しそぉ……飲ませてもらっちゃおうかなあ」


 果穂がヤケ酒をするという方向で話が進んでいるのを聞いて、香月は何か言わねばと思った。香月の記憶違いでなければ、ヤケ酒はよくなかったはずだ。


「あの、お酒が嫌な記憶を忘れさせてくれるって、あれは間違いだったらしいです。むしろ、アルコールによって嫌な記憶はより強く残るって研究によってわかったって聞いたことがあります」


 盛り上がっているエンジュと果穂に気圧されつつも、香月は何とか発言した。香月のその声に、かしましい二人はパッと黙る。


「あら、そうなの。香月は物知りねえ」

「そういえば、ヤケ酒しても次の日、頭痛とか吐き気がするだけで気分がすっきりしたことはないかも……」


 せっかく盛り上がっていたのに、香月の言葉によって二人のテンションは目に見えて下がってしまった。

 言わないほうがよかったのだろうかと思ったけれど、お酒を飲むのでは楽にならないと伝えたかったのだ。それに、泣くほどつらい記憶なら、より強く残ったりなんてしないほうがいいに決まってる。


「そうだわ! 香月が果穂ちゃんを魔法で元気づけてあげて! ここは魔法を売る店よ。だから、あんたがあんたなりに考えて、元気なる魔法を売るの!」


 この場の空気をどうしたものかと香月が考えていると、思いついたというようにエンジュが手を打った。


「え? 魔法を売るって、私はまだ何も魔法なんて使えませんけど……」

「女子高生が魔法で私を癒やしてくれる……? 買った! それ買った!」

「よし売った!」


 香月が断ろうとしたのも虚しく、エンジュと果穂の間で売買が成立してしまった。さあ持っていけと言わんばかりに、エンジュは果穂に向かって香月の背中をぐいぐいと押す。


「か、買われちゃいましたけど、一体何をすれば……?」

「あんたが落ち込んだときやむしゃくしゃしたときにそれを解消する方法とか教えてあげたら? とにかく、全力でお客様を持てなすことを考えてみなさい」

「え……」


 この店、魔法屋オカマジョの仕事が何たるかのまだ端っこすら掴めていない状態で、おもてなしなんて無理だ。そう思うけれど、失恋の悲しみと香月への期待で潤んで果穂の目を見ると、そんなことは言えそうにない。


(落ち込んだときやむしゃくしゃしたときに、それを解消する方法……)


 香月の頭に浮かんだのは、小学生の頃からやっているひとつの遊びだ。これがストレス解消なのだと言うと大抵の人は驚くけれど、きっと誰も、香月がこの遊びを本格的にやっているなんて思っていないだろう。本気でやれば、これが結構すっきりするのだ。


「……必要なもの、買ってきます!」


 これしかないと思い、材料を調達すべく外へと飛び出していった。


 ***


 山を下り、香月が飛び込んだのは個人商店だ。

 車を少し走らせなければスーパーもコンビニもないこの辺一帯の生活を支える貴重な店である。そこで香月は、洗濯のりと台所用洗剤を買って帰った。台所用洗剤は果穂のために、条件を満たすものの中で一番いい匂いのものを選んだ。


「お待たせしました! えっと、二階に。私の部屋へどうぞ」


 香月が戻ると、果穂はエンジュと応接室でお茶をしていた。その果穂に手招きし、香月は自室として与えられている二階の部屋に上がっていった。

 洗濯のりと台所用洗剤のほかに家に戻ってきてから調達したものは、プランターの下に敷くような受け皿、紙コップ、ストロー、針金ハンガー、それからペットボトルに汲み置いた水だ。


「今から、シャボン玉を作ります!」


 ベッドと机と必要最低限のものしかない部屋の床に並べられたものを見て不思議そうにしている果穂に、香月はそう高らかに宣言した。


「シャボン玉って、自分で作れるんだ」

「作れます! 私、自作シャボン液歴七年なので、用途に合わせた材料の混合比率もばっちりです!」


 感心する果穂の目の前で、手早く材料を混ぜ合わせていく。紙コップには、洗濯のり少なめのものを、プランターの受け皿には洗濯のり多めのシャボン液を用意する。


「できました! どうぞ!」


 紙コップとストローを渡し、窓を開けた。


「出窓なんだね。屋根裏っぽい部屋に出窓なんて、素敵」

「はい。私も気に入ってます」


 広々とした窓台に二人して腰かけた。

 外を見れば、ほどよく晴れている。シャボン玉は曇天より晴れの日にやったほうが絶対に楽しいと香月は思っている。キラキラと光を受けて虹色に輝くシャボン玉が、儚くパチンと消えるのを見るのが醍醐味なのだ。


「うわあ……どんどんできるねぇ」


 ひと吹きしただけで小さなシャボン玉が大量に生み出されたのを見て、果穂が感嘆の声をもらした。


「吐く息の速度をゆっくりめにすると、もう少し大きなものもできますよ」


 そう言って、香月はふぅーっとゆっくりストローを吹いてみせた。すると、果穂が飛ばしたシャボン玉群よりとふた回りほど大きなシャボン玉がポコンと生まれ、風に乗って飛んでいった。

 小さなシャボン玉なら息を速く、大きなシャボン玉なら息をゆっくり。これも、小学生の頃からの経験で知ったことだ。


「生きてると、どうしてもむしゃくしゃすることってあるじゃないですか。気分が上がらないことも。でも、だからといって壁を殴るわけにも、物を壊すわけにもいかない。そんなことしたら怒られて、余計に嫌な気持ちになるし。だから、私は気持ちが冴えないときはシャボン玉をするようになったんです。小学生の頃から」

「香月ちゃんも壁を殴ったり物を壊したりしたくなるのね。……でも、確かにシャボン玉ならいいね。きれいだし、後に何か残るわけじゃないし」


 次々とストローを吹いて、シャボン玉を生み出していく。それらが弾けるのに合わせるかのように、二人はポツポツと言葉を交わした。


「シャボン玉が弾けるたびに、自分の抱えてる悩みとか嫌な気持ちが消えてなくなっていくのを想像するんです。パチンパチンって。そしたら、夢中で飛ばしているうちに少しずつ楽になるんです」

「香月ちゃんにとって、どんなことが悩みとか嫌なことだったの?」

「なかなか上がらない成績だとか、女の子同士のいざこざとか、勉強の邪魔にしかならない学校行事とか」

「あーわかる。私もあったなー。そういうの、弾け飛んでいっちゃうのかあ。私のむしゃくしゃも飛んでいけー! 元カレのバカヤロー! まだ付き合ってるうちから合コン行ってんじゃないわよー! しかも相手が女子大生とかないわー! ハゲろー! ローンだけ残して買ったばっかの車、自損事故で壊れてしまえー! 雨の日に傘を盗まれろー!」


 果穂は愚痴を言っていたかと思うと、すぐにそれが悪口というか呪いの言葉になっていった。ポンポン飛び出る言葉のバリエーションは豊富で、聞いていて香月は何だか楽しくなってきてしまった。


「どうせならその言葉、大きなシャボン玉と一緒に飛ばしましょうよ! こっちは大きなもの用のシャボン液なんです」 

 

 香月はプランターの受け皿に作ったシャボン液と、針金ハンガーを変形させて輪にしたものを窓台まで持っていった。それから、ハンガーの輪の部分にシャボン液をつけて、ゆっくりとそれを振った。


「わぁ……!」


 ハンガーの輪の中にできたシャボンの膜は、空気をはらんで玉になって、大きな大きなシャボン玉になって飛んでいく。

 洗濯のり多めのシャボン液だから強度があって、わりと遠くまで風で運ばれていった。


「すごいねぇ。これだけ大きいのができるってことは、中に人が入れるやつもできちゃう?」

「できるはずです。これより大きな容れものと枠を用意すれば。あと、強度をさらに増すにはお砂糖とかハチミツを入れるといいらしいです」

「楽しそうだね」

「自分でシャボン液を作ると安上がりに好きなだけシャボン玉ができるから、おすすめですよ」

「そっかあ。確かにいいね、シャボン玉」


 感心したように言ってから、果穂は大きなシャボン玉を作っていく。最初のうちは飛ばすたびに元カレへの呪詛を何かしら口にしていたけれど、だんだんとより大きなシャボン玉をより遠くへ飛ばすことに集中していった。

 香月はそれを隣で、邪魔にならないよう、そっと見守った。


「私、次に付き合う人はこうやって一緒にシャボン玉で遊んでくれる、無邪気で遊び心がある人がいいな。そんな人と出会えるかな?」


 遠く、空を見上げながら果穂が呟く。ついさっき生まれたシャボン玉は、うまいこと風に乗って空高くのぼっていった。


「出会えますよ、きっと。次に出会う人はきっと、元カレよりも収入があって気遣いができて、家事炊事などの生活能力のある良い男です」


 そう言って、祈りを込めて香月はストローを吹いて小さなシャボン玉を飛ばす。

 飛んでいけ、願いを乗せて遠くまで――そう心から思って。


「そうだったら、最高だな。……ううん、絶対そう! そんな素敵な人と出会うんだ!」


 言いきった果穂の顔は、とても晴れやかだった。憂いや悲しみは、ほとんど残っていないように見える。

 もう大丈夫そうだ。

 どうやら自分の“魔法”がうまくいったようだとわかって、香月は安堵した。



「初めてなのに、ちゃんと仕事できたじゃない。頑張ったわね。はい、これは果穂ちゃんから」


 晴れやかな顔の果穂を見送ってから、エンジュがねぎらいの言葉と共に紙幣を差し出してきた。


「え……いただいていいんですか?」

「いいんですかって、あんたが働いたんだからあんたのお金よ。あんたの魔法に対する正当な対価」

「……ありがとうございます」


 ためらいつつも香月は、“対価”を受け取った。


「あの……全然本物の魔法なんて使ってないのに、それを魔法だなんて言ってお金をとっちゃってもいいんでしょうか?」


 バイト代は素直に嬉しくても、それだけが気がかりだった。果穂は喜んでくれたけれど、何だかだましている気分だ。


「本物の魔法かどうかなんて、アタシたち魔女以外にはわかんないんだし、証明できないんだからいいのよ。そんなこと言ったら、そういうお店にいるメイドさんの“美味しくなる魔法”もだめってことになっちゃうでしょ? でもメイドさんの魔法も、あんたの魔法も、魔力の代わりに思いがこもってるんだからいいのよ。今は、そう思っておきなさい。わかった?」

「……はい」


 まだ自信が持てないけれど、ひとまず香月は頷いておくことにした。

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