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第三話 タイムカプセル

 その日は朝から雨が降っていて、薬草の採集も使い魔たちとのかけっこもできずにいた。

 エンジュのところに来て、初めての雨。

 こうして雨が降ると、容易に閉じ込められてしまうのだと香月は知った。

 でも、今日は退屈はしていない。むしろ、少しは静かにしてほしいと思っていた。


「なあ、香月。ヒントくれよぉ」

「ヒントはない。それはただ公式に当てはめればいいだけだから」

「その公式がわかんねぇんだって」

「覚えて。教科書に付箋貼ったし、マーカーもひいてありますから」


 リビングのテーブルに突っ伏して、コウが唇をとがらせている。そのそばに散らばるのは、教科書やノート、それから課題と思しきプリントの数々。

 春休みに補習を受けていると聞いた時点で香月は勘づいてはいたけれど、コウはあまり勉強が得意ではないらしい。というより、そういう方面に真面目ではないという感じだ。

 そばについて何問か解かせてみたところ、わりと手応えはあった。だから、地頭は悪くないと香月は判断している。


「なあ香月ぃ。あんた頭良いんだから、もっとちゃちゃっと教えてくれよ」

「勉強を見てほしいって言ったのは武島さんでしょ? 答えがほしいだけなら解答集を見てください」


 つれない香月の対応に、コウはピンクベージュになっている髪をかきむしった。

 桜を連想させる、春っぽい色だ。でも、今のままだとコウは、笑ってお花見ができるかどうかわからない。進級が危ぶまれているのだから。

 

(まあ、私も同じようなものか……)


 学年は、香月もコウも同じ高一だ。香月はまだ一応、休学扱いになっている。でも、復学するつもりもないから、四月になればコウは高二になり、そのうちに勉強を見てやれなくなるだろう。たぶん。

 一応は地元でも上のほうの進学校にいたし、香月自身も勉強しか取り柄がない自覚があったから、高一の秋の時点で教科によっては高二の内容の半分近くは終えていた。高二の終わりまでに高校三年間の勉強を終わらせて、高三になったら大学受験のための勉強に専念するつもりだったのだ。……今となっては、何の意味もない努力だったけれど。


「武島さんは、絵が上手なんですね」


 数学の教科書をめくっていると、ページの下のほうに小さな絵があった。それに気づいた香月が勢いをつけてめくってみると、それらの絵は動いて見える。いわゆる、パラパラ漫画だ。


「俺は芸術方面に才能があるから、勉強ができないんだろうな。天は二物を与えずってやつだ。芸術の才能があって顔が良くて、これでもし頭まで良かったらやばいからな」

「顔がいい……」


 得意げに言うコウの顔を、香月は改めて見た。やや獅子鼻っぽい鼻が粗野な印象を与えるけれど、パッチリとした二重のつり目や癖のない唇、シャープな輪郭など、良いパーツは揃っている。美形ではないものの、いわゆるイケメンではあるのだろう。でも、香月には同年代の異性の顔なんてどうでもいい。


「俺さ、漫画描いてるんだけど、進路に悩んでるんだよな」


 いよいよ数式を解くのに飽きたのか、コウは唐突に語りだした。顔立ちの話題を掘り下げられなくてよかったと、香月は新たな話題に乗っかることにする。


「それは、専門学校に行くか、誰かプロの漫画家さんのアシスタントをしながら持ち込みをするかって悩みですか?」

「いや、そうじゃなくて。このまま漫画って手法を極めていくのか、別の方法を試してみるかってことで悩んでんだよ。漫画は好きだけど、ちょっと地味だろ? それよりかライブペインティングみたいな、一瞬のひらめきとか場の空気に影響を受ける手法のほうが俺に合ってるのかなあとか考えてるんだ」

「そうなんですね……」


 芸術的なことに素養も関心もない香月には、コウの悩みはまるでわからない。けれども、彼が彼なりに自分の将来について考えているのは理解できた。先のことなど何も考えられない香月とは大違いだ。


「香月、お客様がいらしてるからちょっと一緒に来てちょうだい」


 コウと自分を比べて落ち込んでいると、リビングにエンジュがやってきた。


「え? お客様って?」

「魔法に用のあるお客様。だから修行になると思って」

「修行!? いいな! 俺も行く!」


 ちょいちょいと手招きするエンジュに反応したのは、コウのほうが先だった。素早く立ち上がってエンジュのそばまで行く。しかし、エンジュにデコピンで撃退されてしまう。


「あんたは勉強してなきゃだめでしょ。お客さんのことが気になるっていうのなら、お茶を持ってきてちょうだい」

「……ちぇっ」


 お客さんを見たかったのか勉強を中断したかったのか。わからないけれど、デコピンひとつでコウはおとなしくなった。

 その隙に、エンジュと香月はお客さんのもとへ向かう。



「すみません、田畑さん。お待たせしてしまって。この子、親戚の子なんですけど、今はうちの店で勉強させてるんです。だから、同席するのを許してくださいね」

「構いませんよ。高校生ですか。いろんな社会勉強は大切ですからね」


 玄関横の小部屋、応接室で待っていたのは、三十歳前後の男性だった。

 ワイシャツ、ネクタイ、カーディガンとスーツのスラックスという独特のファッションとその雰囲気から、香月は田畑というその客の職業を予想した。


「あ! お客さんって言うから見に来てみたら、田畑じゃんか! 何だよ。ちゃんとお茶淹れてきて損した!」

「こら武島! 呼び捨てじゃなくちゃんと先生をつけろ!」


 お茶を運んできたコウの登場によって、香月の予想は確信に変わる。田畑は、教師だ。しかもどうやら、コウと面識があるようだ。


「田畑、何しに来たんだ」

「武島が日頃このお店にお世話になってるって聞いてたから、それで思い出して来てみたんだ。そんなことより、サボらずに課題はやってるか?」

「サボってねぇよ! さっきまでそいつに勉強教わってたっつーの!」


 コウは田畑のことが得意ではないらしく、お茶を置くとさっさと出ていってしまった。


「こうなるのわかってたから、コウは呼ばなかったのよ。あの子、先生って生き物が嫌いだから」


 コソッと言うエンジュに、香月は苦笑を返した。香月だって、教師という生き物は嫌いだ。特に、今目の前にいる、田畑みたいなタイプが。


「それで、田畑さんのご依頼はどういったものでしょうか」


 コウが退室して、田畑は興味津々の視線を香月に送っていた。その視線を遮るように、エンジュが話を切り出した。


「おっと、そうでした。探してほしいものがあってきたんです。今から十三年ほど前、小学校卒業のときに友人たちと埋めたタイムカプセルなんですけど」


 コウと関わりがある場所だから来てみたという冷やかしではなく、本当に依頼をしにきたということに香月は内心驚いた。そして、探してほしいものがタイムカプセルだということに疑問を抱く。


「タイムカプセルですか」

「はい。ちょうど、この山のどこかにあるんですけど。子供の頃、山の中に秘密基地を作るのが流行ってまして、その基地の近くに埋めたはずなんですが、今では場所が思い出せなくて……」


 田畑は、困ったように頭をかく。大人になってから子供時代のそういった遊びについて語るのは、恥ずかしさがあるのだろうか。香月にはよくわからない。


「香月、広い場所から何か探そうと思ったら、どんな方法を考える?」

「え?」


 タイムカプセルを探したいということへの引っかかりや秘密という遊びについて考えていたから、エンジュに問いかけられて香月は驚いてしまった。でも、すぐに頭を切り替える。


「なにか探すとき、ですか……こう、地図の上でネックレスをくるくる回したり、金属の棒を両手に持って歩き回ったりするあれとか、有効そうかなって思うんですけれど」


 香月の頭の中には、水脈や鉱脈を探し求める人の姿が思い浮かんでいる。あるいは、海外の超能力捜査官の姿が。田畑が探しているのは水脈でも鉱脈でも行方不明者でもないから、いまいち自信が持てないけれど。


「ダウジングね! いいわ! いい線いってる! それだったら確かに近い魔法具があったはずだわ!」


 香月の思いつきはあながち外れていたわけではないらしく、エンジュは何かを思い出したように応接室から出ていった。それから、木の棒を手に戻ってきた。


「田畑さん、タイムカプセルのことをしっかりと考えながら三晩、この棒を抱きしめて眠ってください。そうすれば、この棒がタイムカプセルに反応するようになりますから」

「何だかおまじないみたいですね。わかりました。では、また三日後に来ればいいんですかね?」

「そうですね」


 ホウキの柄のような棒を渡され、田畑は面白がるような顔をした。その表情と“おまじない”という言葉のチョイスに、香月は内心むかついた。そして、がっかりもしていた。


「目の前で何か魔法を見せてもらえるのかと思ってました……」


 田畑が帰ってから、香月はぽつりと呟いた。


「また三日後ね。それとね、魔法って案外地味なものよ?」


 香月の気持ちがわかったのか、エンジュはおかしそうにクスクス笑った。目の前で飛んでみせたり何か派手な魔法を使って見せれば田畑にひと泡吹かせてやれたのにと香月は思うのだけれど、エンジュは意に介していないらしい。


「道具も、一緒に作らせてもらえると思ってたんですけど」


 少しすねたように言うと、エンジュはまた笑った。


「材料だけでも聞く? あの棒はね、聞くと悲しくなるようなやるせないような気分になるような液体の中に漬け込んで作るんだけど、その材料っていうのが」

「……やめておきます」


 エンジュに遊ばれているのがわかったから、香月は引き下がることにした。

 面白くない気分だし物足りないけれど、三日後には香月も田畑も何らかの魔法を見ることになるわけだし、と思い直して。



***


 それから三日後。

 香月は田畑と山の中で顔を合わせていた。エンジュに「タイムカプセルの位置はその魔法の棒が教えてくれるから」と送り出されてしまったのだ。「何事も修行よ。経験って大事」などと言われたけれど、不安しかない。  

 なぜなら、妙に張り切ったコウがついてきているから。


「武島もついてきてくれるんだな」

「あの店ではこいつは俺の後輩だから今日はきっちりついてって、ちゃんとサポートしてやるんだよ」


 学校指定のジャージにシャベルという、この中で誰よりも気合いが入った出で立ちをしている。

 田畑と二人きりは確かに御免だったけれど、手伝いならパスカルとヨイチのほうが期待できると香月は思ってしまった。


「それは店主さんのペットか? よくしつけられたアライグマだな」


 コウと香月の並びを微笑ましそうに見ていた田畑の視線が、香月のそばに立つパスカルに注がれる。言葉が通じるから、パスカルは好き勝手に動き回ったりしない。それを知らないから“よくしつけられた”と言いたいらしい。


「そのナスの送り牛は、よくできてるな。さっきからちょこちょこ動いてるが、二人のどっちかがうまいこと動かしてるんだろ?」


 ヨイチについてどうコメントするのかと構えていたのだけれど、田畑はどうやら人形か何かだと思うことにしたようだ。不思議を不思議と受け止めない、この感じがますます嫌いだなと香月は思う。


「ボクたちがしゃべっても、この人には聞こえないんだよねー」

「魔女ではないから仕方がない。おまけに、都合の良い決めつけをする人間にはまかり間違っても我らのことはわからんだろう」


 魔法をまるっきり信じてないのが明白な田畑を前にして、パスカルもヨイチも冷ややかだ。


「じゃあ、行きましょうか。場所は、この棒が教えてくれるはずなので」


 香月とコウを前にして引率の先生っぽい空気をかもしだしている田畑に、香月は呼びかけた。

 依頼は依頼でも、やはり冷やかしっぽさが拭えないと感じていた。だから、さっさと始めることにする。


「香月さんっていったね。香月さんは、遠藤さんのところに春休み中ずっといる感じなのかな」

「まあ、そんな感じです。あ、川本です。川本香月」


 歩きだすと、田畑は香月に興味津々で話しかけてきた。姓を教えていなかったとはいえ、名前で呼ばれたことに香月な抵抗があった。


「武島が提出した課題のプリントを見たら、途中式とか香月さんが教えた痕跡が残ってて、かなり教え方がうまいから頭がいいんだろうって思ってな。できればこっちにいる間は、武島の勉強を見てくれると助かるし、安心するんだが」

「……そうですか」


 名乗ったのも虚しく、田畑は香月を姓で呼ぼうとしない。訂正するのもまともな受け答えをするのも面倒くさいから、適当にあしらって作業を開始する。

 田畑がエンジュに言われて三晩抱きしめて眠った棒は、目的地に近づく助けをしてくれるものなのだという。だから、香月は棒を地面の上に軽く立てた。二股道のどちらに進もうか悩んだときに木の棒が倒れたほうに進むという、あの要領で目的地を特定するつもりだ。

 棒は、香月のほうに倒れてきた。つまり、来た道を戻れということなのだろう。仕切り直しだ。身体の向きを変え、もう一度同じことをする。すると今度は、棒は向かって左に倒れた。


「こっちです」


 様子をうかがっていたコウと田畑に声をかけ、香月は棒の倒れたほうに進む。そしてまた棒を地面に立て、倒れたほうに進むということを繰り返した。


「やっぱり、進学校は春休みの課題は多いのか?」


 問題児・武島コウのそばにいる者として香月が気になるのか、田畑は今度はそんなことを尋ねてくる。当たり障りのない話題のつもりだったのだろうが、香月にとってはそうではないから少しイラッとくる。


「田畑、あんまり香月に学校のこと聞くなよ!」


 香月の苛立ちを感じ取ったのか、コウが代わりに声を荒らげた。でも、助け舟のつもりなのだろうその発言にも、香月は頭を抱えたくなる。


「え? 学校のことを聞いちゃいけないって……」

「今、いろいろあって休学中なんです。だから、あまり学校の話題は楽しくないなって」


 この話題に食いつきそうになった田畑を、香月は笑顔で黙らせる。


(触れるな。空気読め。黙ってろ)


 笑顔で念じるとようやく伝わったのか、田畑は気まずそうに口を次ぐんだ。  

 やや熱血気味で自身を明るいムードメーカーだと思っているタイプには、こちらの地雷を踏ませたと思わせるのが一番だ。ミスをしたと思えば一瞬、思考が止まるはずだから。


「タイムカプセルって普通、埋めた友達と集まって掘り出すものじゃないんですか?」


 田畑が別の話題で挽回しようと頭を悩ませているうちに、香月はそう問いかけた。

 そんなに何か話していたいのなら、いろいろ尋ねてやるという気持ちだ。それに、今はタイムカプセルのほうが話題として相応しいだろう。


「近々集まる予定だ。だから、その前に一度掘り起こしておきたいんだが、私は場所を覚えていなくてな……」


 話題を振られた途端、田畑は口ごもった。この場に相応しい話題だと思ったのだけれど、どうやら違ったようだ。


「ふーん」


 友達よりも先に掘り出さなくてはならないなんて、どうやらワケありらしい。何か恥ずかしいものでも入れていて、それを回収したいのだろうか。

 そんなことを考えながら、香月は棒を地面に立てて倒す。そして、棒が指し示す方向へと歩いていく。


「あのさー。その方法、ダルくね? これ、魔法具なんだったら思いきり投げたほうが早いんじゃねえの? たぶん、魔法の力でうまいこといくって」


 黙って後ろをついてきていたコウが、そう言って香月から棒を奪うと、ひょいと投げてしまった。放物線を描いて投げたままに飛んでいくかに見えたそれは、ギュンと急激に方向を変えて進み、地面に突き刺さった。


「お! これは正解だったんじゃね? パスカル、ヨイチ、確認にいくぞ!」


 思いつきが当たっているようで楽しくなったのか、コウは使い魔をともなって棒が刺さったところまで走っていってしまった。田畑が香月にやたらと興味を示すのを阻止するという気づかいは、忘れてしまったみたいだ。


「あの……本当に見つかるのだろうか?」


 取り残された田畑は、近くにいる香月に尋ねてきた。弱気になってきたのか、依頼に対する熱意がなくなってきたのか、確かめようと香月は田畑を見つめる。


「なら、やめますか?」

「いや、そういう意味で言ったのではなくて……すまない」


 コウたちのほうを見ると、どうやら正解の場所ではなかったらしく、また棒を投げて飛んでいったほうに走っていっていた。意味ありげに棒が飛ぶあたり、どうやら確実に近づいてきてはいるらしい。

 その様子を眺めつつゆっくりついていく田畑の表情は、何だか曇っている。


「もしかして、死体でも埋めてるんですか?」

「え!?」

「いや、だって他の人より早く掘り出したいってことは、そこに誰か殺して埋めてるのかなとか考えるじゃないですか。それに、目的地に近づくにつれて沈んでいっているように見えたから、もしかしてあまり見つけたくないのかなって」


 タイムカプセルをひとりで掘り出そうとしていると聞いたときの違和感を、ここではっきりしようと香月は考えた。思いきりとんちんかんなことを言えば、相手のほうから本音を漏らすのではないかとずれたことを尋ねる。


「いやいや。死体が埋めてあるなんて、普通思いつかないだろ。香月さんは推理小説の読みすぎなんじゃないか?」


 突飛な質問に、田畑は呆れているようだった。でも、動揺はしているように見える。


「死体じゃないってことは、恥ずかしい手紙とかですか?」

「恥ずかしい手紙とか隠したいものがあるとか、そういうわけじゃないんだ。……タイムカプセルが無事なのかどうか、それを確認したいだけなんだよ」


 田畑は、苦いものを噛みしめたような顔をして言った。

 ちょうどそのとき、コウたちが騒がしくなった。


「おーい! 見ろ! ここ正解っぽいぞ! 棒が光ってる!」


 コウのいるところを見てみると、本当に棒が光っていた。さっきまでは魔法具っぽさを感じさせない棒だったのに、今は何だか神々しくすら見える。


「……どういうことだ? どうして木の棒が光って……?」

「魔法です。……見つかったみたいですけど、どうしますか?」


 まだ迷っている様子の田畑に、香月は問いかけた。

 香月としては、掘り起こして見届けたい気分でいる。

 魔法を信じていないこの人が魔法に頼ってまで掘り起こして確認したかったものが、一体なんなのかということを。


「……ああ! ナスの前足が取れてしまう!」


 ふと見ると、木の棒が刺さったところの地面を、パスカルとヨイチが一生懸命になって掘っていた。土埃の向こうに揺れる小さなお尻が見えるが、うまく掘れてはいなさそうだ。

 田畑はナス牛であるヨイチの体が気になったらしく、あわててそこへ駆けていった。香月もその後ろへ続く。


「香月と田畑はそれで掘ってくれ」


 コウはリュックサックから小さな園芸用のスコップを渡してきた。それを受け取り、香月も掘り始める。

 人間三人とアライグマとナスで掘ってどのくらいの時間がかかるのだろうかと考えたけれど、そう経たずに手応えがあった。

 一番最初に気づいたのは香月で、それに気づいた田畑があわてて掘り進めると、土の中から四角い物体が現れた。

 土を払うと、それが煎餅の缶箱だとわかる。意外なことに、そこまで腐食していなかった。振ってみた音の感じからして、浸水もしていないようだ。


「……開けて中を確認しなくていいんですか?」


 タイムカプセルを手に持ったまま、田畑は動かない。友達より先に掘り出して確認したいと言っていたのに。

 ジッと見つめながら、田畑は缶の封をしているガムテープとその上から貼られた子供が好きそうなシールをなぞった。それから、晴れやかな顔で笑った。


「最初はそのつもりだったんだが、開けるのは友人たちと掘り出したときの楽しみにとっておくよ。今日はありがとう。見つけてもらえてよかった」


 依頼主にそう言われてしまうと、これ以上引き下がることはできなかった。

 だから、思いきり気になることを抱えつつも、その日はそのまま解散になった。


 ***


 釈然としないまま数日が経ち、そのことを忘れかけていた頃。

 再び、田畑が魔法屋オカマジョを訪れた。というより、香月を目当てにやってきたようだ。


「……用件は何ですか?」


 エンジュに呼ばれて応接室に行き、香月は思わずムッとした態度をそのまま面に出してしまった。こうして素が出てしまうとエンジュには「あんた、顔は可愛いんだから愛想良くしときなさいよ」と言われるけれど、田畑みたいなタイプにはあまりニコニコしておくのもどうかと思うのだ。


「今日は渡したいものがあったんだ。役に立つんじゃないかと思って」


 そう言って田畑な紙袋を差し出してくる。袋の中をのぞいてみると、教科書や問題集、それから学校のパンフレットらしきものが入っていた。パンフレットの表紙には、コウが着ていたのと同じブレザーを着た生徒が写っている。


「これは……?」

「高二の教科書類と、うちの高校のパンフだ。進級したら、二年だろ? だから、もしかしたら必要になるかなって。それと、もし編入する気があるなら力になってやれるぞってことを言おうと思って、パンフを渡しとくのもいいかと思ったんだ」


 田畑は熱血教師らしくニカッと笑った。その顔を見て、香月は苦い気持ちになる。

 学校に行くのが当たり前で、学校という場所にしか大切なものがないと思っている人が、香月は苦手だ。そういう人は、理由があって学校という場所から距離を取っている者もいるということを認めないのだ。訳知り顔で頷きながらも、いずれは学校に戻るのが当然だという方向性で話をしてくる。


「こういう話、香月さんみたいなタイプは嫌がるってわかってるんだが、どうしても放っておけなくてな。……武島と香月さんは、昔の俺に似てるんだよ。俺も武島と同じで一年ダブってるし、ダブリの理由が香月さんと同じで休学なんだ。まあ、武島の場合は病気がちだったって事情があるから、ダブりっていうより高校入学が人より一年遅いんだが」


 田畑が語りだしたことに、香月は動揺した。わかったように言われたのも嫌だったし、何より本人のいないところでコウについて知ってしまったことも腹が立った。

 学年が同じでも歳はひとつ上だということは、ちらっと本人から聞かされていた。でも、病気がち云々というのは初耳だ。そういう事情には踏み込みたくなかったし、聞くにしても本人からか本人のいる場所で聞きたかった。


「……そういう生徒の事情、あんまりペラペラ話さないほうがいいと思います」

「あ、すまん。武島と仲が良いみたいだから、てっきり知ってるのかと……」


 香月が気を悪くしたのがわかると、田畑はあわてた。そして、話の滑り出しでつまずいたのだと気づいて、しょんぼりする。

 少しの間、沈黙が続いた。これであきらめて帰ってくれないかと香月は思ったけれど、田畑はめげなかった。


「おせっかいだってことはわかってるんだ。それに、学校に行くことが絶対に正しくて、そうしなければならないって言いたいわけじゃない。でも、学校という場所とか、学生っていう立場でしか体験できないこともあるってことは伝えたいんだ。一度はそこからドロップアウトした身だからこそな」


 冷めきった態度の香月に対して、田畑は必死に訴えかけてくる。


「俺な、昔はこういうタイプじゃなくて、もっと斜に構えてクールぶったやつだったんだよ。自分は賢くて、周りはみんな馬鹿だと思ってるような。だから、小学生のときのタイムカプセルも正直面倒くさくて、やってられるかって思いながら誘われたまま渋々参加したんだ。学校行事でもないのに何でだよとか、子供っぽくてダサいなとか、そんなことを思いながら」


 言いながら、田畑は自嘲っぽく笑う。でも、嬉しそうでもあった。


「そんなこと思いながら付き合ってたのに、俺が高校でつまずいたとき支えてくれたのは、その小学生の頃からの友人たちだったんだ。受験に失敗して第一志望の高校に入れなくて、妥協して入った高校でも成績上位者になれなくて、荒れてどうしようもない俺を励ましてくれたんだ。『お前は俺たちと違ってクールで賢くて、どんなたころでもうまくやれる男だろ』『二十五歳の同窓会で、俺たちの中で一番カッコイイ大人になってるのはお前だろ』って……。言われてすぐはあおられてんのかと思って腹立って殴り合いにもなったんだけど、本気でそう信じてくれてるんだってわかって目が冷めたんだ」


 田畑にとって、タイムカプセルとそれを一緒に埋めた友人たちとの思い出はよほど大切なものらしい。でも、なぜそれを今話したのか香月にはわからない。


「……その話、何の関係があるんですか? それと、タイムカプセルを先に掘り出して確認したいことって何だったんですか?」


 この際だから、あの日のモヤモヤを解消しようと香月は尋ねた。


「あれは、俺のせいでタイムカプセルがめちゃくちゃになってたらどうしよって不安だったんだよ。缶の蓋に封をしとかなきゃだめだって言わなかったから。当時さ、たぶんメンバーの中でそういう知恵がまわるのは俺だけだったのに」


 田畑は恥ずかしそうに言った。その顔や掘り出したときの様子を思い出す限り、よほど心配して悔いていたのだろう。封の必要があることを知っていたのに、斜に構えて指摘せずにいことを。


「でも、ちゃんと封がしてありましたね」


 ガムテープと可愛いシールのことを思い出して、香月は指摘した。田畑の記憶とは違い、タイムカプセルにはきちんと封がしてあった。


「そうなんだよ。たぶん、メンバーの中の誰かが気づいて、あとから掘り出して封をしてくれたんだな。たぶん、中学か高校のときだ。貼ってあったシールが、そのくらいのときに流行ったもんだったから」

「そうだったんですね」

「な? 良い友達だろ?」


 嬉しそうに田畑は言う。自分の友達のことを誰かに嬉しそうに話すというのは、香月にはわからない感覚だ。

 今ではすっかりなくしてしまったものだし、もとから持っていたかどうかもわからない。

 そんなことを思うと、胸がチクリと痛む。


「でだな。結局俺が言いたかったのは、友達とか人との繋がりっていうのは、持っといたほうがいいぞってことだ。かけがえのない友達と出会うチャンスは、どこにあるかわからない。学校という場所は、行かないより行ったほうがそういうチャンスが広がる場所だって言いたかったんだ」


 教師モードになった田畑は、自分の長話をそんなふうに良い感じに締めくくろうとする。


「わずらわしいことも多いが、誰かと繋がっとくっていうのは大事だと思うんだ。だから俺は、香月さんの繋がりのひとつでいたいと考えてる。……これからも武島のついでで声かけるから、うざいだろうけどよろしくな。たとえ細い線ででも、あってよかったって繋がりかもしれないだろ?」


 田畑は言葉を選んで、無理強いしないことと否定しないことをアピールしているように香月には感じられた。

 そういう点では知っている教師たちと比べるといくらかマシな気がして、素直に評価する気になった。


「……わかりました」


 香月が頷くと、田畑は満足したように笑って帰っていった。

 それと入れ違いに、エンジュとコウが入ってくる。


「あーあ。香月、田畑に目をつけられたな」


 これで自分に向けられる田畑の関心が少し薄れるとでも思っているのか、コウは悪い笑みを浮かべていた。


「アタシはあの先生、なかなか良い人なんじゃないかと思うのよ」

「どこがですか?」

「アタシがオカマであることにノーツッコミで、しかも普通に接してきたとこかしら。驚いた顔ひとつしなかったわよ。見どころあるわー」


 エンジュは田畑を気に入ったらしい。でも、その基準がいまいち香月にはわからなかった。もしかして好みだったのだろうかと、香月は考える。


「げっ。エンジュさん、気に入ったからってあいつをここに呼んだりしないでくださいよ? あいつ、そうでなくても俺のいるところによく現れるのに」


 機嫌の良いエンジュを見て、コウが恐々としている。確かに、彼のここへの出入りを保護者たるエンジュに公認されたら、香月としてもやりづらい。

 そういう二人の考えが読めているのか、エンジュは不敵に笑っている。


「どうかしらねえ。あんたたち二人がお世話になってるなら、アタシとしても歓迎しないわけにはいかないしねえ。ほら、人との繋がりって大事だから。あんたたちにとっては厄介な先生でも、アタシにとっては次のお客さんへ繋いでくれるかもしれない存在でもあるし」


 そう言って、エンジュは香月にウインクして見せる。

 それで、香月は理解した。

 きっと田畑みたいな人に関わることは修行で、魔女になるためには必要なことなのだと。


(まあ、教師は教師でも、田畑の相手くらいなら頑張れるか)


 そんなことを考えながら、香月は田畑からもらった紙袋をそっと抱え直した。

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