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プロローグ 暗がりに光を

「預かるって、アタシがその子を?」


 スマホを手に焦っているのは、がっしりした身体つきの女性――に見える男性。

 丁寧にメイクをしているし、手入れの行き届いた茶色の髪を片側に流してゆるく縛った毛束をもてあそぶ指の先も、美しい色のマニキュアで彩られている。

 比較対象がなければ一瞬女性に見えなくもない。けれども、電話の相手に向けての声はやはり低音だ。


「スミヱおばあちゃんでも手に余ったんでしょ? そんな子、アタシに面倒見れるかしら」

『でも、もうエンジュちゃんにしか頼めないんだよ。手に余るというより、誰も本当の意味であの子の痛みに寄り添ってやることができなかったの。……わたしも、あの子の心を救ってやれなかった』


 電話の向こうの声がひどく疲れて打ちのめされているのがわかって、エンジュは言葉につまった。

 スミヱの力になってやりたいけれど、安請け合いはできない。

 遠縁の親戚の子供をしばらく預かるなんて、簡単に引き受けられることではなかった。

 子供といっても、その子は高校生だという。しかも、心を病んで休学中だなんて、ますます扱いにくい。

 小さくて無邪気な子ならいざ知らず、そんな難しい年頃の子を進んで預かる気にはならない。

 自分の存在すら、エンジュはまだ若干持て余し気味だというのに。


『あの子は、元々はとても良い子なんだよ。頭は良いし、気働きもできる。優しいし、努力家だし、何より勘の良い子だ。……それがすべてあだになって、傷ついて、今は自分が何者かわからなくなってしまっているようだけど。あの子は今、暗がりにいるんだよ。だから、何も見えなくて、己の中に渦巻いた悪い感情に取り憑かれてしまっている。道は、光はあるのに、見えなくなっているんだよ。……そこから救ってやれるのは、同じように真っ暗な場所にいたエンジュちゃんだけなの』


 スミヱの言葉に、エンジュは自身の若い頃のことを思い出していた。

 楽しいことがなかったわけではないけれど、苦しいことのほうが断然多かった。

 何よりも、自分が何者なのか、どこへ向いたいのかわからなかったときは、ただ苦しくてたまらなかった。

 やりたいことが、進みたい道が、周りの人の目にどう映るのだろうかと考えるのがつらかった。

 何より、必死に隠していても周囲からはみ出して浮いてしまう奇異な存在であるということが何よりの苦しみだった。

 あのとき確かに、エンジュは暗がりの中にいた。

 抜け出た今はそれが真の闇ではなく、すぐ一歩踏み出せば出られる暗がりだと知っている。

 でも、それに気づかないうちは苦しかった。そのことを思い出すと、遠縁のその子のことも気がかりになってくる。


「……まあ、うちには今ひとり、居ついてる高校生がいるから、もうひとりくらい面倒見られないこともないですけどね。救う云々はできなくても、気晴らしくらいにはなるでしょうよ」


 渋々といったふうに言えば、電話の向こうでスミヱが嬉しそうに息を呑むのがわかった。その後、何度も「ありがとう」と言われる。

 スミヱはその子を預かるのに適切な場所を必死に探していたのだろう。中途半端な構い方や慰め方をする大人たちのところに置いておけば、その子が潰れてしまうとわかっているから。

 それに、もしエンジュと同じなのであれば、エンジュにはその子を引き取る理由がある。


「あのさ、スミヱおばあちゃん。スミヱおばあちゃんがそれだけ必死になるってことは、その子はもしかしてアタシやおばあちゃんと同じってこと……?」


 恐ろしさ半分期待半分で尋ねてみれば、穏やかな声で「そうだよ」と返ってきた。

 それを聞いた瞬間、エンジュは決意した。


 遠縁の高校生――川本香月を、手元に引き取って面倒を見ようと。

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