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魔女ラクトアのお取り寄せシリーズ

もしラムネを異世界の人(王様)が飲もうとしたら

作者: 紅葉

 ガチャガチャと騒がしい音が城の中に響いた。

 それは金属のすれる音のようにも聞こえ、鎧を身につけた大軍が城門を突破して攻めいってきたように誰もが思った。

 そして姿の見えない正体不明のその音に王の間にいた誰もがおののいた。


「敵襲ー、敵襲ー!」


 サロンに集まっていた貴婦人や貴公子たちはわたわたと逃げ惑い、国の要職に就くものは顔を青ざめさせた。

 自国の兵たちは状況確認と戦支度に走り回る。


「報告します。音はすれど敵の姿が見えません」

「亡霊だーー、亡霊の軍隊が押し寄せてきたーー」


 もう何がなんだか、王宮内は大混乱を極めていた。

 やがて、その音は、王のいる部屋の扉向こうまでやってきた。


「ちわーー、ペンギン急便でーーす。あれ、みなさんお揃いでどうなさいました?」


 燕尾服を着たような模様の身体に、赤い飾り羽を揺らし、ペタペタと足音をさせてペンギンのような姿の魔物が入ってきた。

 ヒレのような両手で器用に台車を押している。

 台車には、細かい仕切りのついた黄色い箱に、無数の水晶のようなものが詰め込まれていた。


「お、おお、これはこれは。北の魔女ラクトア様が使い魔のルー殿ではありませんか。いつも神出鬼没ですな。今日はどういったご用件で? 今、我が城は姿の見えない亡霊の兵の奇襲を受けておりまして、大変な騒ぎなのでございます」


「へ? あ~、そうなんですか? それはそれはお取込み中に失礼いたしました。いえ、ラクトア様からのおすそ分けをお持ちしたんですよ。こちらに置かせてもらいますね」


 ルーは器用に台車に載せた箱を床に降ろした。ガチャン、ガチャンと硬質な音が鳴る。


「今なら冷え冷えですので、皆様でお楽しみください。それじゃ、ボクはこれで失礼します」


 ルーはくにゃりと身体を曲げ、お辞儀をした。王の側近の男が慌てて、


「待たれよ、使者どの! これはいったい……」


 叫んだが、ルーは転移魔法陣の緑の光に包まれ、にこやかに翼を振る。その姿は、さながら人間が親しいものと別れるときにする挨拶、『バイバイ』のように。


 いつしか亡者の兵が押し寄せる音は消えていた。謁見の間には2ケースの謎の物が残された。





 せっかく武装させたのだからと、鎧を着た騎士たちに、箱の中身を取り出させた。それは薄い水色の水晶の結晶のようだが、質が悪いのか表面はでこぼこしている。いや、すべての水晶が同じ形にでこぼこしていることから、逆に希少なものかもしれない。

 目の高さまで持ち上げ、ゆすると、水晶の中に液体が入っていることが知れた。


「むう、ルー殿はなにも言い置いていかなんだが、これはなんだと思うか?」


「恐れながら、ルー殿は”ひえひえ”とおっしゃっていました。また、ラクトアからの品ということも鑑みまして、水晶にみえながらもなんらかの氷魔法を閉じ込めたものでございましょう」


「中の液体が”ひえひえ”ということは、これは飲み物ではあるまいか」


「いや、肝が”ひえひえ”するような兵器の可能性もありますぞ」


「中の液体を調べてみたいが、いかにして出す」


 王、大臣、王立科学研究所の研究者たちがテーブルに置いたそれを観察していた。


「ややっ、水滴が! これは水を生成する魔道具かもしれませんな」


「なるほど、中の液体状のものと、外気温の温度差で水を生成する……というわけですかな」


「ご覧ください。仮にこの中の液体を魔法水と名付けるとしてですな、魔法水を水晶の中に詰めて、さらに水晶玉で封をしております」


「しからば、付属されていた、この凸のある魔道具はいかに使われるものか」


「なにっ! 小さな宝玉がどの魔道具にも付けられているのか! なんと素晴らしい!!」


「なんとかこの栓になっている水晶玉を取り除き、中の液体を調べられませんかな」


 研究者の一人がおそるおそる握った。手にひんやりとした温度が伝わる。研究者はそれをゆっくりと横に振り、やがて縦に激しく振り始めた。中の液体がちゃぽちゃぽ揺れるだけで、特に変わりはない。


「もしや、この凸はこう使うのではないでしょうか」


 もうひとりの研究者が、受け取り水晶玉の詰まった口に凸をあてがった。そして、むんと力をこめて下へ押し込む。


 からん。


 詰まっていた水晶玉は、ゆっくりと水晶の容器のなかに落ちていく……。

 あ……と誰もが水晶玉を取れなかったことに悲しい気持ちになった。そのとたん。

 詰まりを除かれた口から、封じ込められた魔法の液体が溢れだした。

 ぎょっと慌てた研究者は、思わず手を離す。


 水晶の容器は、床に落ちて砕け、破片が飛び散る。鋭利な破片が辺りに散った。宝玉を取らんとした老齢の研究者がうっかり破片を踏み、痛さに飛び上がった。


「王、危険です! あなた、魔法水に触れた手は大丈夫ですか?」


「大丈夫です。少しベタつくような気がしますが」


 と、研究者は手の匂いを嗅いだ。甘いような、酸いような不思議な香りがする。

 足をケガした男は、兵士に付き添われて退出していった。


「うむ……発泡する甘い匂いの魔法水……そち、それをちょっと舐めてみよ」


「え、この床にこぼれた液体をですか……」


 男は蒼白になった。


「いえ、これは研究所に持ち帰り成分を分析、そして専門のものに毒味をさせますゆえご容赦を」


「そうか、大丈夫じゃと思うのだがの」



◇◇◇



「お待たせいたしました」


「分かったか」


「はい。ご報告申し上げます」


 白い研究者のローブをはおった研究者が優雅に礼をした。そして手元の紙を王の側近の男に渡してから、口を開いた。


「まずは、亡霊の大軍と思われていたのは、この箱を運ぶときにできる音でした。ルー殿のお持ちだった台車を真似て作り、廊下を押しますと、容器同士がふれあい、音をたてるのです」


「なるほど」


 と、王はひげを擦った。


「一見水晶に見えるこの容器の成分は、水晶ではなく、砂硝子の集合体だということがわかりました。しかし、ここまでの加工をする技術はわが国ではまだ未開発ですので、どうやってこのような形にしたのか、皆目見当もつきません。つぎに栓をしてあった水晶玉ですが、こちらも同じく砂硝子でできております」


「して、中の液体はどうだったのじゃ。やはり飲み物であったのか」


「はい、主な成分は砂糖、水、果実汁でごさいました。発泡するのは液体に封じ込まれた空気が、封を解かれたことで一気に逃げようとする働きが原因でございまして、すなわち……」


「ああ、もうよい。これで毒ではなかったのなら飲んでみたい。余の前に持ってきてくれんか」


「ははっ……かしこまりました」


 研究者は深く腰を折り、礼をしたまま御前から下がった。

 銀の盆に銀ののゴブレットを載せた侍従がしずしずと近寄る。盆を王の手に取りやすい高さに差し出した。王はゴブレットを手に取り、杯のなかを覗きこんだ。


「ふーむ、もうあわあわはないようじゃの。して、これっぽっちか?」


「はっ、申し訳ございません。発泡の不思議を解き明かすために容器を開封しまして……皆で話し合っているうちに魔法水に溶け込んだ空気が逃げてしまうのです」


「そうか……大儀であったの……」


 王は杯に半分ほど入った液体を口に含んだ。

 

「……甘いのう。これはこれで美味いのじゃが、あわあわはどこにいったのかの……」




◇◇◇


「ラクトア様、王様たちラムネ気に入ってくださったようですね。って、この寒いのに今度はかき氷ですか!?」


「ルー、このフワフワに削った氷をごらん。まるで雲を集めたようじゃないか。口にいれるとふわんと溶けてしまう。それにこれは濃厚な果実汁を削っているからどこを食べても同じ味なんだよ」


「たしかに。シロップをかけただけのかき氷は味のないところもありますからね、ま、ボクはそんなところも好きなんですけど。というかラクトア様ならわざわざお取り寄せしなくても作れるんじゃありませんか」


「おだまりルー、わざわざ異世界から取り寄せるから楽しいんじゃないか。しっかりお稼ぎよ」


「はいはい。近ごろはYouTubeで地球の貨幣を稼げるんだからよい時代になりましたね」


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