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常闇の地底列車  作者: たけどらの民
第1章 『天空のツリーハウス』
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1-6 人と呼ばれた存在

 ネーミングは、本当にどうにかならないのだろうか。

 徹浪は何故ここまでの重症を患っておきながら、こんなになるまで放って置いたのか。

 軌道ならば、きっともっと良い名前を付けることができたはずだ。

 そこまでにして、徹浪が名前を付けなくてもよかったはずだ。

 なのに、なのに、なのに……!


「何をそんなに悔しそうにしているのかは知らないが、そろそろ次に移ってもいいかい? 歯ぎしりの音が凄いよ?」


「ギリギリ……なのに、なのに…………あ、すまん社長さん。まともだなと思ったのは地底列車だけ……あ、これは通称で社長さんが付けたんじゃなかったか」


「大体事情は把握したよ。流石の僕でもちょっと傷付いたから少しの罰として、君には僕の話を、これからぜーんぶちゃんと聞いてもらうからね」


「話の内容で決めるから、言ってみてくれ!」


「少々納得いかない気がするが、まぁいいさ。それでこそ君だからね。……言っていたプロトマーチ。そこは凄惨とした、廃れた地底街だったということは話したね? そこが今の、以前よりも明らかに活気に満ちているアンダージュに変化したのには訳がある。それもこれも、この大樹のおかげなのさ」


「活気に満ちている、ってのは初耳だな」


 それでこそ君。

 そう言われても、軌道は調子を崩されることはない。

 マルチソルジャーの一室、緑溢れるこの社長室で徹浪と話し始めてより、既に数十分が経過していた。

 たった数十分。

 されど数十分。

 なにせ数十分。

 ――徹浪との会話のコツを掴むのに、造作もない時間だ。

 それは徹浪にとっても同じ様で、軌道の軽く緩い口を水に流すのも、もはや慣れっこである。


「地下には……プロトマーチには、『列車』があった。動いていたわけじゃない。これも街と同じく、手入れもままならない、設備も倒壊している、そもそも線路が見当たらない等々、欠点の塊だった。唯一あったのは『少ない客』と『走るルート』だけ。またまた今の話になるが、地底列車は多くの地下の人たちにとって、切っても切り離せない存在へと成り代わっている。この理由が、わかるかい?」


 畳み掛けるように拡げられた言葉の数々を一つずつ手に取り、確かめ、あちこち脳内で弄った後に、埒が明かないと判断。

 悔しいが黙り混む他なしに、軌道は自然と徹浪の話を聞く姿勢に入る。

 それを見て徹浪はうんうんと満足気に頷くと、また椅子をくるくるさせた。

 今度は一回転のみ、しかもさっきより速めに回したところから、気持ちがはやっていることが軌道にもわかった。


「理由は大樹に存在する。――大樹が、列車に命を与えたのさ」


「聞く気、放棄――!」


「話聞いてもらえないと傷付くなぁ!」


 最早軌道の『真面目に聞く気』は失せた。失せきった。

 でも徹浪があまりにも惨めなので聞くのは止めるつもりはない。

 これは軌道なりの優しさなのか、親しさの表現なのか、それとも全て徹浪の掌の上で転がされていただけなのか、軌道も、徹浪ですらもわからない。


 徹浪はまた溜め息をつくと、椅子を軌道と社長机の間に移動させた。

 ちょこまかと、落ち着きのないやつだ。

 軌道は若干の、いや、渾身の憐れみを込めて徹浪を見つめた。

 しかし、当の本人は机に肘を付け、一生懸命指を組んでいる最中、気付くことはない。


「……『大樹が命を与えた』。つまりは大樹にそういう力がある。色々あって、その力で列車が綺麗になりました! これでお客も増えるし地下の活気が戻るぜ! やったー! …………て感じか?」


「その通りだけど言い方は何とかしてほしいかな」


 だったらあんたもネーミングセンス何とかしろ。

 そう言い放ってやりたかったが、自分の数々の無礼を思い出す。

 仮にも社長とも言える立場の人間にクソだの死ねだの、本当にどうかしている。

 ――マルチソルジャーで、徹浪だったから、の話だ。

 やはり自分も大概だったので、喉元で言葉が詰まる。

 つまりはお互い様なわけで。


「『大樹が与えた命』……命と言うより、『意思』に近いかもしれないね。大樹には、あらゆる物事に『意思を授ける』力を持っている」


「意思を授ける、か…………じゃあ、その列車にも意志が存在するんで?」


「あぁ、もちろん。『意思を受けたもの』の全てに人の魂は宿るのさ。だが――その地底列車以外にも、『意思を受けたもの』がいる」


「『意思』…………人の、魂……?」


「……地下に生活する者たちのことさ」


「――!」


 不意に徹浪から語られた事実に、軌道は絶句する。

 地下――アンダージュの、さっき存在をほのめかされていた住民たちが、人ではなく『意思』。

 呑み込みにくいったらありゃしない。

 軌道はこの対談で、何度徹浪に驚かされたことだろう。


「普段は平和に暮らしてもらっているよ。列車も、よく利用していると聞く」


 だとすれば、大樹の影響力は凄まじいものだ。

 さっきまで軌道が思い描いていたものとは概ねすらも重ならない、歴とした役目が、この大樹には存在した。

 ――しかし、だ。


「なら、その人たち……いや、その存在は…………」


「――もちろん、人じゃあない。だけど、君が考えているように禍々しい存在でもない。そう、人ではないが……人に愛され、人を愛し、愛せる程度には『人』としての役目を全うしているね」


「……?」


 徹浪から伝えられる言葉の迷路に、軌道は混乱する他ない。

 それと対面する徹浪は、真剣な眼差しの黒憧を細め、余裕めいた表情でこちらに微笑んでくる。

 軌道には、徹浪が軌道に何を伝えたいのか、一瞬だけわかった気がした。


 ――人知を越えると、言ったはずだ。


 そんなセリフというピースを徹浪に当てはめると、なるほどこれがぴったりはまる。

 少なくとも、揺らさない限りはずっと、思惑パズルの盤面を離れないし、外れないような――奇妙な感覚があった。


「――大樹の力。それは『物事』に宿る『人の魂』を授ける力。それは列車だけに限らずとも、僕の机でも、君が頬張る氷でも、この振り子時計だって……地底でれば『人の魂』を授かることができるのさ。そんな大樹の意思を受けたものは、皆人の姿形をしている」


「――――」


「――その存在を『擬人ぎじん』と言う。『擬人』たちこそが地底列車を管理する役割を担い、地下で命を繋ぐ者。因みに……これは僕が名付けてはいないよ?」


 徹浪の気を効かせたジョークを受け止める気持ちも、今は安定して軌道の中には現存していない。

 ただただ、独り言のように呟かれる文を、人生の中で使い慣れた耳で追うばかり――。

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