1-5 人知のその先へ
「で、当の地底列車の問題ってのは?」
「地底列車『そのもの』のルーツ――ここからが、普通の人知を越えてくる話になる。この話題を、ないがしろにはしないかい? そうしても教えるし、君は知りたがるだろうけどね」
「地味に正論突いてくるとこ、嫌いなんだけど間違ってはないんだよな……」
徹浪は話し合いに変化が欲しいとでも言いたげに、自らが座ったくるくる回る椅子を、軌道の前へと移動させた。
今までは机を挟んで対話していただけに、何気にちゃんと社長の全身を見るのは初めてかもしれない。
社員としてはおかしい認識だったが、それがマルチソルジャーだからと、そろそろ納得できる基盤は整い始めている。
徹浪は軌道の前で、オフィスでよく見るような椅子(若干他のより豪華)に座りながら足を組んだ。
指から足、話の計画まで、何かと組むことに執心でもあるのだろうか。
「今僕たちのすぐ傍にあるこの大樹――実はこれ、普通の木じゃないんだ」
「知ってるよ、何せマルチソルジャーだからな」
「戯れ言と受け取り、それを無視することにも慣れ始めたよ。……この大樹が出現したのは、今から約五年前……例の『地下から』突然芽を出し、そのままの勢いで、瞬く間にこの大きさまで成長してしまったんだよ。これは、もしかすると聞いたことはないかい?」
「その話、ネットでは都市伝説で有名だな」
【何もない地下から木の芽が出た。マルチソルジャーはその木の本当の事実を隠蔽しつつ、そうするかの如く、『大樹を某国から持ってきた』と嘘を付き、木を囲うようにビルを建てた】
「……ってな。そう言えば、マルチソルジャーが世の中に出たのも五年前だったか……。そっちこそ知らなかったか、社長さん? 俺はこの会社を希望するに当たって、網の中と言う中を探索しまくったんだ。なのに、なのにだな、何でこんなクソ企業だって見抜けなかったのか不思議で不思議で……不覚!」
「何故そこまで忠実に、現実を事細かく書き綴れるのだろうか……それで合ってるよ。都市伝説とは恐ろしいものだねほんと……。あ、そして何が『不覚』なんだろうね? あー、僕は聞こえない聞こえない!」
芝居がかった台詞でやけくそ気味に言い捨てる徹浪。
少しだけ勝利感が込み上げてきたので、軌道も気分が良くなってきた。
もう徹浪が驚いたり戸惑ったりするところを見ることすら、軌道にとって趣味の一環になりそうで怖い。
「……さて、とりあえず、ね。その地底列車は、件の大樹によってできているんだ」
「……何だって? 大樹で、列車ができている……。 木材でできてるのか? センスは良いがなかなか渋いな……。ん、何だ、あれだ――やっと、重大発言が出たんじゃないか?」
「だから言っといたでしょ? 人知越えた話するよーって」
「言い方は兎も角、な」
軽い会話で受け流しつつ、軌道は心中で必死に理解を求めていた。
口は薄笑いを保っているが、そろそろ額には汗が滲んでくる頃合いだろう。
――やはり徹浪は侮れない。
当の本人は、椅子に座ったままくるくるを始めていた。
次第に目が回ってきたのか、若干気分を損ねつつも、再び軌道との話し合いに復帰。
……こいつが、侮れない?
何を、と一瞬軌道は考えたが、これが本当にそうなのだから、マルチソルジャーという会社はだから忌まわしい。
忌まわしいったら、ありゃしない。
「……もともと、地下には一つの街があったんだよ」
「……? 何だよ、街ならさっき言ってたアンダージュじゃ……」
「――それとは違う。アンダージュの原型が、その街なのさ。とある事情で、僕が五年前に発見したんだが――廃れた、ボロボロの街だったよ」
「……!?」
ガタッ、と椅子から突然立ち上がり、徹浪は声高らかに宣言する。
今度はいったいどんな謎を増やして――、
「その街……僕は『プロトマーチ』と呼んでるんだけどね」
「おい空気台無しにしてんじゃねー!!」
『原始の街』。
あくまで、徹浪は徹浪の態度で通し抜くようだった。
がっかりさせられた。
徹浪だから、仕方ない。
今はそんな態度すらも、軌道の心を保つ精神材料に変化していくことが、また憎々しい。
それが、彼の話を聞く上での不幸中の幸いであったことは、軌道は知る由もない。