1-3 決別する平和主義者たち
「地下の街――その名も『アンダージュ』。因みに、これも私が付けた名前だよ」
「センス悪いのに無駄にネーミングしたがるとか……好きこそ物の上手なれとか言ってるが、これほど先人の知恵を疑ったことはないよ……で、名前の由来は?」
「直訳で『下の樹』、意訳で『地下の街』だけど」
「つまり社長さんは地下と……この大樹、二つに深く関わっていると?」
「そうだけども、僕の話をちゃんと聞いているのかな……?」
アンダー『樹』。
軌道は徹浪の絶望的なネーミングセンスに再び失望すると、今度こそ遠回しにマルチソルジャーの謎を探り始めた。
徹浪もそれを面白がっているのか、幸いにもあまり奥底までは追及してこなかったので、軌道側の追及はさらに畳み掛けるように社長室に響き渡る。
「単刀直入に言うと……社長さんは何を企んでる?」
「――何だと、思う?」
「うっ……?」
突如切り返され、驚いた軌道はなすすべなく黙り込む。
その短い猶予を使い潰し、考えに考える。
この社長だ、きっと録な事はやっていないだろう。
むしろ、もっとすこぶる悪い悪事に手を染めているに違いない。自然をコケにしやがったこの会社は、多分、きっと、そうだ。そんな気がする。
軌道は謎の納得感を覚え、徹浪に言い返す準備を急いで整える。
早く、早く発言しなければ、徹浪に全てを鷲掴みにされる。
言葉では言い表せない焦燥が脳内に囁いて回る。
乾いた息の音が、緑の部屋の音を支配する。
自然と指先に力が入る。
胸の鼓動が高まるのを、感じた。
危機感が心の中に揺らめき、手に汗が滲んできた、その時徹浪は言った――
「――世界の、そう、世界中の人々と自然を、守ることさ」
「……」
「おかしいことかい? 君はそう思う? ならどうする?」
「……また、そんな風に神妙な空気作っちゃってよ。本当に目的が見えてこないんだが」
「だから、それを今から話すんだよ? 聞いてる? ねぇ、さっきからちゃんと僕の話を聞いてるのか疑問に思っていたんだ。聞こえてたら『福見徹浪様万歳! マルチソルジャー万歳!』と言うんだ、いいね? せーのっ……」
「密林雑木林最高! マルチソルジャー死ねっ!!」
「どうやらちゃんと聞こえているようだね」
心なしか不満気な徹浪を横目に、軌道は改めて辺りを見渡す。
存在感が徹浪の次にある振り子時計、壁にかけられた小川の絵画、丸太と麻布で組まれたテーブルを見過ごし、ある物に目をつけ、それを両手に抱えた。
「……それは、私のコレクションの一つの観葉植物だね?」
「ああ、そうだろうな。因みに言うとだな……これ、俺の家にあるやつと同じだ。何となく思ってはいたけどよ……社長さん、こういうところはセンスあるし、植物好きなんだな。こんな会社作ってなかったら、友達にもなれたろうに」
「……勿論、大好きだ。好きでなかったら、僕はこの会社を企業しなかったと思ってくれていいよ? だけど、この会社がなければ、僕と君が出会うこともなかった……やはり運命的だねぇ」
「うるせぇ。好きなんだったら、何であんな仕事させてるんだか……まあ、それはこの後話してもらう……っと」
「おや?」
「気にすんな……ダァッ!」
「!?」
両手に抱え込める程度の大きさの植木鉢を勢いよく、かつ植物を壊さないよう丁重に床に置くと、軌道はその前で滑り込むように座禅。
徹浪からすればよく分からない、軌道からすれば修行の一環でもある念仏を十秒ほどで唱え終わると、その場で一礼。
座禅を解き、植物を流れる水の様に元の場所へ戻す。
――軌道からすれば、普段からの行いである。
「い、今のは?」
「緑修行三百十二法の一つ『緑念仏』だぁ……!」
「あ、ああ……いったい、何の目的があってそれを?」
「社長さんに、俺の愛を感じて貰いたくて……あぁ、あんたに向けての愛じゃないぞ? 俺の、緑への、愛だ。あと、これやったらリラックスするんだよ」
そう言ってその場を凌ぐが、これは単純に軌道の負けず嫌いが露になっただけのことだ。
正直言って、徹浪は全てが計り知れない。
そんな社長に向けての牽制も兼ねて、そしてついでに本当にリラックスさせる目的も兼ねて、軌道は緑念仏を行った次第だ。
「なるほど……ね。わかった、君の愛はちゃーんと受け取ったよ。リラックスもできたし? 僕よりも自然への愛があると証明できた。――そして、君は僕に、何を望むのかな?」
仕立てあげた落ち着きも、一瞬で灰塵と化す落ち着いた声音に、軌道は一瞬の恐怖を覚える。
だが、その決意――自然をこれ以上好きにさせてはいけない、その信念が脳へと伝わり、コンマの間に聞き返す行動を起こさせようと奮闘する。
そんな度胸くらいは、持っておかなければならない――。
「単刀直入に言って――俺に、何をさせたいんだ?」
「ふむ……ならば、やはり最初に戻って地下の話をするしかないねー」
徹浪はこれは参ったとでも言いたげに両手を拡げてみせた。
その表情が、どこか嘲笑うような笑みを含んでいるように感じられるのがいちいち憎たらしい。
微Sの波動が流れてくることに、もはや不自然な違和感など存在しない。
存在しないことが、憎たらしい。
だから、やはり手玉にとられている気がして、憎たらしい。
とにかく、憎たらしい。
……憎たらしいが、今は。
「聞くしか、ないのか…………ちっ」
「今舌打ちしたよね? ね、それはどういうことかな、ねぇ?」
「――真面目に話聞くつもりになったってことだよ、言わせんな」
「ふむ、これは履歴書に書いておくべきだね、ツンデレと……」
――何の前触れもなく、取り出されたその履歴書は他でもない軌道によって破り捨てられ、二人の決別は決定的となった。