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常闇の地底列車  作者: たけどらの民
第2章 『風の吹く地下世界』
25/27

2-5 草笛と走行音とアナウンスと

「――――」


 10号車には、9号車と同じく客の姿がなかった。

 窓の外の景色は車両を移動する度に確認しているが、真っ黒に塗りたくられたガラスに特にこれと言った変化は見られない。

 ただ、少しだけ外灯らしき物が見え隠れするようにはなった。普通に地上の道路にあるようなストロー形状の物ではなく、おそらく岩盤の『壁』に設置されているであろうランタンタイプ――さっき軌道が倒れていた場所で目にした物と似ていた。


 そんな物が左右どちらの窓からも、現れては一瞬で消え、現れては一瞬で消えを繰り返している。

 まるで地下鉄に乗っているような気分になるが、ここは『人間の地下』ではなく『擬人のアンダージュ』だ。今この場所に、人間はたった一人、軌道しかいない。

 辺りを満たすのはただ単に擬人、擬人、擬人――。

 人間と異なる存在、擬人が開発したと思われる地下特有とも言える文明展開の仕方に、軌道はどことなくホームシックを発動しそうに――。





「ヴェァーハッハハハハハ! 楽園だ、天国だ! こんな環境が地球上にあったなんて信じられない! 地下か、そうか地下だったのかぁ! 空と海と川と洞窟とジャングル系統は探し尽くしたがさすがに見落としてたぜ、ハァーッハハハハ!」


 ――ならなかった。

 先述は全て軌道が考えていたものではない。

 当の軌道はと言えば、この世の楽園と天国に溺れていた。


 この10号車、一言で完結させてしまえばここに住みたい。

 ここでニートになりたい。

 ここで死ねるのなら構わない。

 もうずっとこの場所にいてもいいんじゃないかな。

 擬人を助けるなんて、どうでもいいんじゃないかな……いやいや、それはさすがに……。

 軌道にとっては、そんな場所なのだ。


 ――軌道が転げ回って無邪気に純粋に満喫しているこの車両、なんとまさか、全てが『植物』で埋め尽くされているとは。


 列車の一つの車両の中、やっと歩けるだけのスペース以外を塗り潰す七色の花弁の道は正に『花園』と呼ぶに相応しい。

 天井から垂れ下がる蔦は歩く度に頬に当たり、僅かにくすぐったい。

 壁からその姿を見せつける桜の枝は見るもの全てを魅力する。

 それだけに飽きたらず椅子やドア、窓に至るまで、車内の丸ごとは植物の宝箱と化していた。


「それだけじゃない……こ、これは!?」


 そんな植物の宝庫を楽しみまくっている軌道だが、実はさっきから気になっていることがある。

 いや、楽しいんだけどね。

 嬉しくて喜ばしくて仕方ないが、どうしてもそれらの事象は軌道に疑念の余地を与えてくる。要因は主に二つだ。


 その一つは、今ここにある緑という緑、それらと共に有らなけれぱならないはずの『土』がこれっぽっちも見当たらないからだ。

 土に始まり、プランターや育成用具、さらには水をやった形跡すら確認できない。

 それは壁や天井からその茎を伸ばすものも同様だ。たくましい根が、よくわからない材質の車内あちこちから原理を無視して蹂躙している。

 中には逆さまや横に生えていてもまるで普通であるかのような姿勢を見せ続ける種類もあり、これはさすがに植物としての尊厳があるのかどうかが分からなかった。でも、楽しい。


「ガーベラ、チューリップ、パンジー……ヘチマにウツボカズラみたいな変わり種まで……四季を完全無視した冒涜スタイルだな。面白い、どういう仕組みか気になるぜぇ!」


 もう一つは、何を隠そう『季節外れの環境』である。

 各シーズンの代表的なものはもちろん、食虫植物やクローバー、中には大根に始まる栽培野菜まで見受けられる(やっぱりそのまま床に埋まってるけど、どうやって抜くのかわからない)。


「……お、四つ葉のクローバー見っけ」


 軌道の知識によればの話だが、おおよそこの場にある植物を同じ時期一度に一つの空間で育てることは――絶対的に不可能。

 可能性はゼロに近いとかそういうのではなく、そのまま一直線にゼロ。

 四方を壁で囲まれているのに何故かふわふわと心地良さそうに浮遊するタンポポの種を指でつつき、軌道はその悩みを分かち合う相手が居ないことに嘆息する。


 しかし土とプランターが無い時点で既に軌道の思惑を大きく突破してきた環境だが、夢のような場所であることには変わりない。

 遂には花の蜜を頂戴して手に塗り付けたり、タンポポで笛を作り出すまでの行為に及びだした。笑い声もさっきより激しくなったかもしれない。

 口笛や指パッチンは基本的に苦手な軌道だが、草笛は達人レベルの域にまで到達している(ちなみに賞持ち)。穏やかな音色が、走行音と噛み合い美しいメロディーを創造する――。


「ぴゅーぴゅるるる……ぴゅー…………ああぁ! この場にスマホが無いことが悔しくて仕方ねぇ! 写真撮りてぇぇー! あああああぴゅーるるーぴゅぅー……」




『ぴんぽんぱんぽーん……はい、10号車のあなた! そう、その『緑車両りょくしゃりょう』にいるあなたです! 目覚められたのでしたら、大声でうるさいので、とっとと私の所まで来て下さいっ!』


「……あれ、おかしいな。ぴんぽんぱんぽーんって……普通機械音とかで済ませるのに今時自分でやるか? それに、大声でうるさいのはあんたも同じだぜー?」


『ぴ、ぴぽぱぽぱんぽぽぱーん!? うるさいのですよ植物マニア! 誰のせいだと思ってるんです!?』


 ――突如として車内のスピーカーから流れてきたのは人の声だった。

 見ず知らずの乗務員、というより普通に聞いたことがある声だ。

 これは正に、さっき助けてくれたおそらく車掌ササミの声である。


 口頭で発せられたチャイム音は可愛げに、しかも手慣れているかの様にさらっとしっとり、ゆっくりと耳の機能を麻痺させた。

 そう、その声は聞いているだけで身体の力が抜けるくらい気持ちよかったのである。

 が、内容はどうもおかしい。まるで、今ここにいる軌道にだけに向けられたアナウンスのような……。


『あーもう、じゃあいいです! 私凄いカミングアウトしちゃいますけどいいですかね』


「うん?」


『――さっきからあなたの声と醜態は、全車両に映像と音声で絶賛生放送されてます!』


「ふっざけるなよお前ぇ!」


 ――美しいアナウンスに、軌道は怒りと恥ずかしさ、そして圧倒的に膨れ上がった行動力を抑えきることができなかった。


 軌道は手に持っていた花冠を放り投げ、なんてことはできずにそっと置き、命を踏み荒らさないよう丁寧に歩いてからドアをぶち抜き、一目散に車掌室へと駆け出した――!

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