2-3 ササミだいしゅきぃぃぃぃ
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『ぴんぽんぱーん――緊急連絡、緊急連絡です! 只今災害、風の災害が発生した模様! お客様はしっかりと席について安全を確認してください! なお、途中通過予定の駅にて人命の危機があった場合、直ちに救助に入りますのでご了承よろしくお願いします!』
「……またか。懲りないな、災害も」
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未だ揺れがひしひしと体に伝わり、吊り輪に掴まらなければ重力に振り落とされそうな雰囲気が車内へと立ち込める。
窓の外は、まだまだ続いている暗黒。
そうだ、『あの場所』で『風』から『地底列車』に乗っていた『金髪ロリ』に救われていなければ、あんな暗闇の中で軌道は呆気なく死んでいた。
――自らを『風』に受けた傷から救いだしてくれた、あの金髪ロリに感謝の意を伝えるため、車掌室があるはずの最後尾車両に軌道は向かっていた。
ちらと後ろを振り返ると、先程まで世間話をしていた『擬人』が、まだ黙々と『カタナ』を磨いているのが見える。
数日前に『物売り』から買い受けたということでいたく気に入っているらしいが、あれは歴とした日本人である軌道から見れば立派な日本刀である。
その他にもガチ拳銃があったり、専用のオイルやブラシがあったりして、それらをあの『擬人』が取り出すたびに戦々恐々としていたのは記憶に新しい。
「くそ、いきなし『災害』とかふざけるな! 恨むぜ社長さんよ……!」
地底列車で出くわした先程の擬人――『武器の擬人』と当人は名乗っていたが、どうやらこの列車の常連であるらしい。
ぐにゃりと曲がった特徴的なナイフに変なオイルを塗りながら、『武器の擬人』は軌道に告げていた。
『私はいつものようにこの場で武器たちの手入れをしていたのだが……。車内アナウンスで『風の災害』――俗に言う『台風』が接近しているという情報が入ってな。直撃範囲は関東周辺で、何でも突然『風間』から暴れだしたらしい。私は偶々列車に乗っていたから助かったが……他の者は無事だろうか』
『……災害って、そこまで凄いやつなのか』
『お前も、地上からここまでやって来たのならわかるはずだ。――ここ最近、何故だか災害の頻度が劇的に上昇している。本当に心の弱い輩は、もう二度と自宅から出てくることはないだろうな。はっきり言って、今この状況は『異常』そのものだ。お前も、アンダージュに残るつもりなら覚悟しておいた方がいい』
『…………』
告げられた事実は、アンダージュの現状報告に近い。
さしもの擬人に『異常』と言わしめる『災害』の頻度上昇は、地底全域に圧倒的な被害を与えているらしい。
今巻き起こっているのは『台風』だが、またいつ何の災害が発生するかも全くわからない。
地上から落っことされた軌道ですら、あの未知の『風の刃』が音速で迫ってきたら勝目はゼロ。対処法も考え付かない。
そういったやつのせいで、地底列車がいつもより賑わっていないと『武器の擬人』は嘆いていたが、正直そこに関して興味は浅い。
最後に、助けてくれたあの金髪ロリの見た目の特徴を話し、なんとこの列車の車掌であることが判明する。
後ろから二番目の車両が『車掌室』らしい。おそらくそこにいるとのこと。
『今いるのが8号車……客車で、9号車も客車だ。10号車は少し特殊な部屋だが……まぁ気にせず通り抜けろ。あとは11号車、12号車とすり抜けて、車掌室は13号車になるな』
『……? いや、詳しいんだな。流石は常連ってとこか?』
『ふふふ、常連をナメるんじゃないぞ。乗組員の顔と名前と好きな色くらいは暗記している』
『好きな色は覚える必要あるのか……? あ、いや、ならその車掌さんの名前を教えてくれ。少しでもお礼が言いたくて……』
『名前は『ササミ』で、好きな色は『黄色』だ。少しどころか、たっぷり礼を言ってくるといい』
『……鶏肉の部位?』
『ササミという名だ。……あと、この列車の車掌はそれを指摘されると凄い怒る。まあ怒っても可愛いから、私を含む一部のファンはだいすゅきぃぃぃぃだがな……!』
『…………』
常連客が実は金髪ロリが好みであることが判明し、悔しいが軌道も少しだけ共感してしまう。
マルチソルジャーのビル――天辺のツリーハウスの中、軌道は『扉の擬人』であるマギナの圧倒的なスペックに骨抜きにされた経験がある。
その時までは女性にさして興味はなかったが、少なくとも今後はちゃんと意識くらいはしよう、という気になるほどの貴重な瞬間であった。そして当時の自分を思い出して超赤面する。
さらにとんでもないことに、今更すぎる気付きがあった。
――目の前の美人を見て、超赤面する。
『……そ、そんな顔をされるほどの器量は、私にはないと思うぞ? それに、まぁ、お前は見たところアンダージュに来てからあまり時間は経ってないだろう? 上と下で、感覚がずれるのも仕方ないさ……はは……きゅう…………』
『――可愛いな』
『ふぇ?』
『すまん。今更だが、名前を聞いてもいいか?』
『あ、ああ。……イスルギという。知ってると思うが、擬人に家名は存在しない。良ければ呼び捨てにしてくれ』
『ありがとう。俺は梶原軌道だ。趣味は植物、大好きな物は植物、家族も愛人も植物……とまでは言わないが、まぁ覚えておいてくれ。常連なんだし、たまに会うんじゃないかなと』
『……わかったよ』
――軌道は、目覚めようとしていた。
やべぇ、可愛い。
そんなアホな回想をしている間にも、軌道は車両を隔てる扉に辿り着いた。
武器の擬人と相対した経験を無駄にはしたくないという考えから、話している間に観察できるところはしていた。
まず、やはり体の彼方此方に『武器』を連想させるアクセサリーや装飾が見つかったこと。
そして――イスルギは相当強い。件の『風』と対峙した軌道の目から見れば、それは確かだった。あのシンプルかつ、切れ味の頂点に達した『風の刃』を想像する度に髪の毛が逆上がるようになったことがとても悔しい。イスルギにも、それを感じたのだ。
しかし、軌道はそれらを忘れ、許してしまえることが不思議だった。
受けた傷が完治したからかもしれない。『風』が、理由あって怒っているようにも、泣いているようにも見えたからかもしれない。だが、どちらも違うと思う。
我ながら本当に情けないが、今まで気付かなかったことがある。
――軌道は、圧倒的に女に弱かった。
「か、考えても仕方がない……次だ次、9号車は客車!」
吐き捨てるように言い放ち、そのキラキラ金色に光るノブをがちゃりと回しきる。
頭にふと浮き上がった仮説を唱えるのは一旦打ち止め、今は車掌に会うことを優先する。
――が、その出鼻を挫くように。
「あ、れ………………あががががががが!?」
ノブが痺れて、軌道の体内中を電気が駆け巡り、扉が勝手に開いた。そのまま何者かによって9号車へ引きずり込まれる。いずれも致死に至るようなダメージは感じられない。
が、後ろの奥の方――イスルギが、ため息を溢すのがわかった。
きっと、軌道に対してしたものではないだろう。大体わかってきた。
多分、俺を客車の9号車に引っ張ったのは――。