1-0 自殺願望と横断歩道
「――死にたい」
青く晴れた空の元、人の多い大通りのど真ん中――それなりに大きめの横断歩道手前でそう呟いたのは、一人の青年だった。
呟きはあっという間に都会の人混みにかき消され、乾いたビルの壁に吸い込まれる。
歩道者用信号は点滅して赤へと変わり、取り残された、何となくため息が出るような気持ちで立ち止まった。
程よく整えられた、四方に跳び跳ねた髪型、締めた紺色のネクタイ、少しだけ緩いスーツ。
そんな格好をした青年は、自分が勤務するべきの会社に到着するだろう一歩手前の横断歩道前で、自らの絶命を願っていた。
「――そんな簡単に、死にたいとか言わないでほしいよ」
「――――」
「もっと、命を大切にして……とか、自分は思ってみたり」
「……誰だよ。というかどこだ。冗談だよ、言った自分も後悔してる。そう易々死んでやるつもりなんかさらさらないし、どうせ俺にはやることができちまったんだっつーの」
そう言って重い頭を上げて、辺りを見渡す。
いつものように人は多い。
空気が悪い。
自動車が無限に行き交う都市の大通り、その横断歩道手前。
誰だ、どこにいる、何で囁いてくる。
「――――」
そして青年は異変に気付く。
――景色が、限りなくゆっくりなのだ。
まるで時をずらして、意のままにしたかのように、時間の流れが遅くなっていた。
さっきまで普通に見ていた自動車は、もう自分の足でも追い付けるだろうし、通り行く人の財布を気付かれずに盗むことだってできるだろう。
光景も、セピアな色合いに変わっている気がした。
しかしその異常な光景の中、青年を除いてたった一人、その垣根を抜けている者がいることに気が付いた。
横断歩道の前、ではなく『車道』。
通り来る自動車の合間を縫って、あいつはこちらに歩いてくる。
直感した。
あいつが、さっきの声の主だろう。
やがてその存在が、彼の渡るはずだった横断歩道に差し掛かろうという時、空気が、揺れた。
「――自分、転生トラックの擬人。ちょっと、轢かれてみない?」
話せば長い。
青年は思い返すように、これまでの日々を回想する。
まだ五月の暖かい風が、彼の天然パーマを緩やかに撫でていた。
――だから社長は、好きになれないのだ。