表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浪花駅伝少年  作者: 朝倉夕城
7/19

6月6日(つづき6)

もう一人の転校生・日高の1日が始まる。

 雨の残る朝。転校2日目の日高海里は、早くから登校して、始業前に坂道を上って第2グランドに来た。ここは、昼過ぎまで子どもたちに占拠される。隣接する真行院みほとけ幼稚園の園庭として使われるのだ。8時過ぎでは園児もまだちらほら、それでも、水たまりに長グツでダイブしたりして、幼い歓声が上がっている。

 仏教系の幼稚園と聞くと、なにやら抹香くさい印象がないだろうか?クリスマスの代わりに花祭りとかやっていそうな、お弁当の前に念仏してそうな、ちょっと時代遅れな感じが。みほとけ幼稚園は真行院の付属だが、小・中学校がないため進学の助けにはまったくならない。そんなこんなで、せっかく良い環境にありながら、いつも定員割れしているらしい。

 しかし、日高はここで楽しい2年間を過ごした。なぜなら、目の見えない彼を受け入れてくれる幼稚園が他になかったから。そして、11年後、彼は再び真行院に戻ってきた。やはり、彼を受け入れる普通高校が他にない、という理由で。


 みほとけ幼稚園の思い出にしばらく浸った後、日高は3年C組の教室でその日の予習にかかった。もちろん、家で予習はしているが、それでもまだ周到に予習する。彼の教科書は点字テキストで、教師が板書する内容や配布されるプリント類もすべて、あらかじめ点訳されている。それらはたいへんなボリュームで、とにかく日高はそれを指で読まねばならないのだ。いかに学業に自信があっても、目の見える生徒たちの中でただ一人見えないのは、巨大なハンデキャップに違いない。


「おはよう、日高、早いね。」

と、明石が声をかけるのは、義務感でも使命感でもない、彼女の真に他人を思いやる心によるものだ。

「ふーん、それ、テキスト?たいへんそうやな。」

明石は心底そう思っているのに、それでも日高は反撃する。

「同情はいらんよ。負けへん言うたやろ?」

すました表情で、ポーンと投げつけるように。明石はちょっと切なくなる。そんな時は、わずかに目を伏せておなかの中にすべて収める。それでいい。と、思ったとたんに、明石の頭越しに、

「友だちもいらないのか?」

と、冷ややかな、突き放すようなイントネーションはアブリール独特のものだ。

 明石は、窓ガラスに目を向ける。残り雨はまた本降りになりそうだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ