6月6日(つづき3)
私って誰?天六センパイ登場。
陸上部の隣りに駅伝部。独立した駅伝部があるのは、めずらしいことなのだが、木片に墨で書かれた看板から見て、昔々からなんとなく伝統的に存続してるという程度のものだろう。
逢坂を迎える部室の中には、その時、アブリールの他に1年生2人と私。私こと、天龍六朗。
「天六センパイ、逢坂くん来たよ。」
比売咲也の声に、一同びっくりして立ち上がる。まさか逢坂飛天が、高校陸上のスターが、この無名の駅伝部に自分から来てくれるなんて、正直思ってもみなかったので。
「あ、こっちから挨拶に行かんならんのに・・・」
私は、柄にもなくしどもどしてしまい、アブリールの唇に軽蔑の笑みが浮かぶのを目撃した。
入口を1歩入っただけでつっ立っている逢坂の表情は、あまり友好的には見えなかった。自分たちよりはるかに高度な文明を有する宇宙人が、ドアを開けて入ってきたみたいな。そんな場合、我ら地球人はどんな感じだろう?逃げ出したくなるまいか?
「君が部長?」
冷たく響くのは、標準語のせいだと思いたい。だって、私は、朝っぱらから咲也が無礼を働いたことなど知らないのだから、冷たくされる理由が見つからなかったのだ。
「いや、部長の茨木は、今、委員会に行ってて・・・ぼくは2年の天龍です。一応、長老ということになってます。」
意味不明の発言だった。2年で長老?後で説明するけど、この時点ではまったくもって意味不明。
「逢坂くん、駅伝部に入りたいんやて。」
と、言いながら、咲也は、こともなげに逢坂の手首をつかんで引っぱろうとした。
「そんなこと言ってないだろう!」
逢坂、あわててその手を振り放す。
逢坂の髪は脱色した赤茶けた色で、乾いてパサパサした長い髪を後ろで無造作に束ねている。細いフレームのとぼけた眼鏡をかけて、そばかすだらけの顔は、去年テレビ中継で見たのと同じ顔だった。思ったほど背は高くない。そして、真行院のシンプルな夏の制服、白い開襟シャツとグレーのズボンが、滑稽なほど似合っていない。
1年生の2人はきょとんとしていた。彼らは陸上は素人なので、逢坂のありがたみも神々しさも理解できない。ただ、うわさだけは聞いていたので、今重要な時間を迎えていることは感じていた。
「どうぞ、座ったら?」
アブリールは、自分は立ち上がりながら、逢坂に椅子をすすめた。椅子と言っても、背もたれのないベンチなのだが。
「?」
逢坂は、何時間ぶりかで聞いた標準語のイントネーションに、むしろ違和感を抱き、同時に長身のアブリールの瞳の青に記憶中枢が反応した。
「神矢アブリールさん?区間新記録を出した・・・」
さっき思い出しそこねた名前を思い出したのだ。
「あれはまぐれだよ。」
アブリールは軽くいなした。それから、咲也の方を見て、
「咲也は俺と校周走ろう。」
と、静かな命令口調で。
トラブルのもとを、さりげなく連れ出そうというのだ。アブリールはこういう時、大人のカンが働くらしい。