表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浪花駅伝少年  作者: 朝倉夕城
2/19

6月6日(つづき)

もう一人の転校生もとんでもない・・・

 ところで、逢坂の思考は実りのない行きつ戻りつをしている。3列前でノートをとっているヒメサクヤの微かに揺れる髪を見つめながら、あんなフユカイなヤツがいる駅伝部なんか絶対入ってやらない、という思いと、そんなにイヤなら入ってもっと嫌がらせてやろう、という思い。どちらも幼稚きわまりなく、ランナーとしても人としても彼の前途に何ももたらさない、不毛な思慮であるにもかかわらず。

 1校時が終わると、逢坂の方から歩み寄る。

「おい、ヒメサクヤ!」

と、えらい剣幕で。サクヤはなぜかにっこり笑って、指先で机上に「比売咲也」と書いて見せた。逢坂は、咲也の笑顔を見ても、依然好感を持つに至らない。

「駅伝部に入ってやる。放課後に部室に連れてけ。」

まるで平手打ちでもくらわす勢いで宣言したのに、咲也の反応は素っ気なかった。

「ええよ。」

と、言っただけで、真正面に視線を合わせてきた。逢坂は、咲也の美しい顔を今はっきり見て、思わず1歩退く。

「じゃ、放課後にな。」

 その後の時間は、なるべく咲也の方を見ないようにして、他の新しいクラスメートたちと積極的に話して過ごした。1人の例外もなく大阪弁をあやつる、逢坂にとってはテレビでしか見たことのない異空間に、少しずつ慣れようと努力した。


 一方、昼休みの3年C組は、神矢アブリールの独壇場だった。アブリールは、親友の明石有あかしゆうと向かい合って弁当を食べながら、延々としゃべり続けていた。

「そりゃ、勉強では負けませんと言うからには、そうなんだろう?」

 なんと、アブリールは標準語でしゃべる。明るい茶色の髪に灰青色の瞳。

「文部省推薦、涙と努力と感動の物語だ。」

言葉と言葉の間にサンドイッチをパクつきながら、アブリールは止まらない。何かを吐き出すみたいに話す。

「俺たちが心洗われちまったりするんだよ、きっと。」

「もう、やめとき、アブリール。関係ないやん。」

明石が、うっとおしそうに口を挟むが、アブリールの眼中じゃない。せっかくの母の手作り弁当を、明石はまずそうに口に運ぶ。黙って、機械的に。


 なにしろ、このクラスの転校生・日高海里は強烈だった。自己紹介で、開口一番こう言ったのだ。

「日高海里です。お勉強では目明きに負けません。」

ほとんど閉じたままの両眼に表情が乏しいと思ってか、前髪を長くして隠すつもりが他意なくも生意気に見えてしまう、長身の全盲の日高に、アブリールはカチンと来たにちがいない。

「けど、関係ないやん。ほっといたらええやん。」

明石は、いささかおヒス気味に繰り返しながら、関係ないわけにいかないことを承知している。明石有は、理系のこのクラスに3人しかいない女子の1人で、級長で、この特別な転校生を担任から頼まれているのだ。

 明石は、親友のアブリールには何も期待していない。せめてもめごとだけ起こさないでほしいと、最低限願っているだけなのに。

「日高くんは、友だち100人作りたくないのかなー?」

もう独り言のように呪文のように、まだまだ言いつのるアブリールを、明石はうんざり見つめる。3年前、アブリール自身が明石の通う公立中学に、フランスから転校してきた時のことを思い出しながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ