07.いまだ消えぬ悪夢
フィリーのダンジョン調査は無事に終了した。
もっとも夜までかかったため、昨日俺が一晩過ごした洞窟で野宿をした。
若い男女が一晩を共に過ごす……。
もちろん何もなかった。
一緒に調査してわかったのは、フィリーは活発で明るい女の子ってことだ。
今日は街へ案内してもらえるぞ。
いろいろ世話を焼いてくれるので、優しくていい子とも言えよう。
さて、寝ている間ホープはどうだったろうか。
――マスター……研究所が体内にすべておさまっていると思っていましたが、違っていました。一部のブロックが抜け落ちているようです。医療室もありません――
なんだって……。
てことは沙耶は研究所内にいないのか。
ならばいったいどこに……。
まさかこの島……ダンジョン内に放り出されていたりするのか。
――その可能性は限りなく低そうです。そしてこの状態では見つかる可能性も限りなく……――
だとすると沙耶に会うのは絶望的なのか……。
もう2度と会えない?
――時粒子の暴走で何が起きたかをすべて解明できればあるいは……。この世界でその研究が進むことを願うしかありません――
可能性は0ではないんだよな……。
とりあえず予定通り街へ行くか……。
ホープ、捜索ありがとう。
お前は休んでいてくれ。
――そうさせていただきます。おやすみなさいマスター――
ふう……この世界を楽しめそうだと思っていたわけだが、さすがにすべてがうまくいかないか。
「おはようトーヤ、あれ? なんだか浮かない顔だね。よく眠れなかったのかな?」
「いや、ちょっとだけ思い出したことがあってな。どこにいるかわからない人を探してるんだ」
「そうなんだ。女の人?」
「ああ、よくわかったな」
「なんとなく恋人かなって思ってさ」
「どうかな……」
知り合って一緒に研究を始めた時、俺は40歳で沙耶は20歳だった。
恋愛感情が無かったとは言えないが、娘みたいな歳だな。
だが、沙耶と過ごした時間は楽しいものだった。
2人で体の時間を戻して記憶を移植すると決めた時、彼女はこう言ったんだ。
『2人で一緒に青春を取り戻しましょうね』
その時の俺は60歳だったにも関わらずときめいてしまった。
あれはきっと恋だ。
しかし2人で20歳の体に若返ったものの、彼女は目覚めなかった……。
「その顔は好きな人を想ってる顔だよ」
「そうか……」
「どんな人? わたしも旅がてら探してみるよ」
「いいんだ、きっともうこの世にはいない」
「え……。あ、ごめんね……」
「ああいや、いいんだ。それより出発しよう」
暗い気分になってはいけない。
ホープの言うように、まだ会える可能性は0ではない。
今は前に進もう。
朝食を食べて片づけて出発することになった。
「じゃあダンジョンの出口はこっちだよ」
「わかった。その道具はなんだ?」
「ダンジョンの出口を指し示すんだよ。あなたもここに来てる以上は持ってるはずなんだけどなあ」
フィリーが手にしているのはコンパスのようなものだった。
これも時空粒子の力が作用しているんだろうか。
俺は入り口から来たのではなく、最初からここにいたから持っているわけもないな……。
しばらく歩いてたどり着いた。
コンパスのようなものが指し示しているのは巨大な木だった。
裏側に回ると人が通れそうな穴が開いている。
普通に見ただけだと、大木に穴が開いているだけに見えて気にもとめていないだろうな。
「ここをくぐれば出られるよ。でもこれ持ってないと方向感覚が狂っちゃうからね。手をつなごうか」
「あ、ああ……」
差し出されたフィリーの手を握る。
あのコンパスには様々な機能が詰まってるんだろうか。
この世界を調べるには手に入れなくてはな。
木の中に入って少し進むと、明らかに異質な空間となった。
なんだか宙に浮いているような不思議な気分となる。
ここはいったい……。
――時空粒子による空間のゆがみが確認できます。いや、ゆがんだ状態で安定しているとも言えるでしょうか――
おや? 休んでたんじゃないのか?
――あまりにも異常なエネルギーを感知したので目覚めました。この空間は情報量が多すぎて、今は解析できそうにありませんね――
そうか、しかし解析できればこの世界のことがよくわかりそうだな。
俺は今フィリーについて歩くだけで精いっぱいだ。
やがて前方に明るい出口のようなものが見えてきた。
外に出ると、緑が広がっている景色だった。
後ろを振り返ると、岩山に洞窟のような穴が開いている。
横には看板が立ててあり、様々な言語で『ダンジョン入り口』と書かれている。
日本語、英語、中国語、ロシア語……その他様々だ。
やはりここは地球と思っていいのだろうか。
――そうですね。先ほど恐ろしい考えが頭をよぎりましたので、この看板を見て安心いたしました――
恐ろしい考えとはなんだ?
――ここがまったくの異世界で、私達のいた地球がダンジョンのひとつと化していた可能性です――
それはまた恐ろしい……。
そうだったとしたら、あのダンジョンにひきこもることになるな。
――それではまた休みますね。街に着いたら起こしていただけますか――
わかった。しっかり休んでくれ。
「大丈夫かな? ぼーっとしてるけど。ダンジョンの入口通るの初めてみたいな反応だね」
「ああ……すまない。たしかに不思議な場所だった。フィリーがいてくれてよかったよ」
「それであの……手をそろそろ離してほしいなあ」
ん? そういえばフィリーの手をずっと握ったままだ。
フィリーは猫耳をぴくぴくさせながら、少し照れた顔となっている。
俺は慌てて手を離した。
「ご、ごめん。すっかり忘れてたよ」
「ううん、それよりこのダンジョンに名前を付けておくんだけど、なにかいいのある?」
「名前ってフィリーが付けるのか?」
「うん、仮だけどね。でもたいして意味のないダンジョンだったら、そのまま定着することもあるよ」
ダンジョンは最初に調査した人が名前を付けられるか……。
だとしたらこう名付けておきたい。
「はじまりの島……がいいな」
「はじまりなの?」
「ああ、記憶を失った俺が目覚めた島だ。だからはじまりの島」
「ふーん、なんだか素敵かも。じゃあそう書いておくね」
看板には『はじまりの島(仮)』とローマ字で追記された。
俺にとってこの世界の始まりの場所だ。
このままの名前で定着してほしいな。
「じゃあ行こうか、こっちだよ」
フィリーに連れられて歩き出す。
たしか街まで徒歩で6時間ほどと言っていたか。
「フィリー、今の時間はわかるか?」
「えっとね、9時半だよ」
「ん? なんで何も見ずにわかるんだ」
「これも魔法だよ。あなたは使えないのかな? 昨日の火の魔法と同じで、ほとんどの人が使えるようになってる魔法だけど」
魔法石の中に時計が封じ込められているんだろうか……。
火の魔法のライターと言い、大量生産されてる道具であれば魔法も多いのだろうか。
いったい何が起きてこんな世界になったのやら。
どこかに沙耶が封じ込められた魔法石でも落ちてないものか……。
ダンジョン入り口のあった岩山に沿って3時間ほど歩き、お昼の時間となった。
調査が早めに終わったので、フィリーがご馳走してくれるらしい。
差し出されたのはパンだった。
「どうぞ、つけるものがないのが残念だけどね」
「いや、かまわない。あ、リンゴジャムなら作れそうだな」
俺は木のカップにリンゴを乗せて、念じた。
工作も料理も似たようなものだ。
リンゴを切るイメージと煮るイメージ。
あとは俺の体内にある工場が自動で処理してくれる。
あっという間にリンゴジャムが完成。
「すごーい、やっぱりあなたは錬金術師だよ。おいしそうだなぁ」
「砂糖がないけど、このリンゴなら十分甘いはずだ」
「どれどれ……わあ、おいしいよ。料理人って可能性も出てきたね」
「かもな……」
記憶喪失って嘘をついていることに少し罪悪感がわくな。
しかし本当のことを言っても信じてもらえるはずがない。
このまま記憶喪失で通そう。
パンは少し固いが、リンゴジャムのおかげでおいしく食べることが出来た。
そして少し休憩して出発する。
それにしても平和な道だな。
「モンスターは出ないんだな」
「そうだね。このあたりは平和なんだよ。よくわからないんだけど、モンスターがなにかを本能的に避けてる地域なんだって。だからこの先にある街はすごく発展してるんだよ」
「そうなのか」
モンスターが本能的に避けるものか……。
これも時空粒子が関係してそうだが、ホープに調べてもらいたいものだ。
「もう少しでこの岩山の裏側が見えるよ。そうしたらリポーズの街の目印が見えるからね」
「まだ3時間ほど歩くんだろう? そんな遠くから見えるってことはずっと平地なのか?」
「見ればわかるよ。すごい目印があるから」
どんな目印だろうなと少しわくわくしつつ歩く。
ここが某惑星であれば、自由の女神像があったりするんだろうな。
そういうものがあれば、未来の地球だとさらに実感できるので大歓迎だ。
やがて岩山を抜けて俺の目に見えたのは、見覚えのあるものだった。
それも最悪の意味でだ。
モンスターが本能的にこの地域を避けている理由、おそらくこれだろう。
空中に浮かんでいるのは……あの忌まわしき核ミサイルだった……。




