竜との遭遇8
田中2尉は一秒でも惜しいといった感じで、業務車を走らせる。
硫黄島は主要な道路を除けば、砂利道なら良い方で、森を切り開いただけという場所も数多い。で、『戦車豪』付近は森を切り開いただけという表現がもっともふさわしい。道路を平坦にするために、土を海岸まで押し出したブルドーザーの無限軌道(キャタピラの意。キャタピラは商標なので余り使いたくない)跡がくっきりと残っているくらいだ。それに、道路にはついさっき竜の足跡が付け加えられている。
つまり、そんな場所で速度を出すと・・・・乗ってる人間は死ぬ。
「ひぎぃ!」
一瞬の浮遊感の後に突き上げるような衝撃に悲鳴をあげる。せめて、自分が運転していれば耐えようがあるのだが、他人の運転はどうにも落ち着かない。
なにより、最低地上高がそれほど高くない業務車でこんな走り方をすると、エンジンのオイルパンにいつ穴が開くかわからない恐怖感がある。硫黄島は人手が少ないので修理を手伝わされるのだ。
抗議の声をあげようにも舌をかみそうで出来そうもない。
まあ、それも所詮狭い島内・・・・しばらく我慢すればすぐにまともな道にでる。ようやく喋れる。
「こんな速度出す必要あるんですか!」
「足りない、全然足りないよ~。君は事の重大さをわかってない」
「でも、あんな大人し目な竜はそれほど危険に思えませんが。確かに用心は必要ですが」
「はあ、君は勘違いしてるみたいだね~。直接的な脅威ではなく、間接的な脅威が問題なんだよ」
そう言いつつため息を一つつく田中2尉。
「以前、僕が7空(第7航空団。茨城県百里基地所在の戦闘航空団)にいた時に、アラスカに行ったことがある。コープサンダー・・・今はレッドフラッグだったっけ?まあそんな名前の演習だよ。そこで色々と貴重な体験をさせてもらったんだけど、そこで学んだことが一つある。・・・・・・・・・・・バードストライクの対処だよ」
バードストライク・・・・航空機に関わる人間には馴染み深く、憎らしい言葉。
簡単に言うなら、航空機に対する鳥の神風アタック。
飛行場という場所は、安全のため周囲に広大な敷地がある。場所によっては海に近い場所も多い。そうなるとどうなるか。飛行場自体に独自の生態系が出来上がるのだ。その生態系の中の頂点に鳥が来ることが多い。天敵を人間が駆除するからだ。そんな場所で航空機が離発着や低空で飛行したらどうなるか・・・・。飛行機と鳥との不幸な出会いが生まれるというわけだ。鳥は己の命との対価に航空機に羽毛と赤い染みと凹みを残すか、航空機を落とす。あと、その染みを落とす整備員は泣く。
当然、航空機自体は元より、エンジンに吸い込まれた場合も考えて設計されている。F-4ファントム(F-4EJ。支援戦闘機)のエンジンJ-79は鳥3匹吸い込んでも大丈夫だと聞いたこともある。それでも、事故事例からバードストライクの文字は消えない。
さて、ここで笑い話。
ロールスロイスの技術者は、旅客機や戦闘機の風防に向かって、死んだ鶏を高速で発射する特殊装置を製作した。
しばしば発生する鳥の衝突事故を模して、風防の強度試験をするためだった。
この発射装置のことを耳にしたアメリカの技術者たちは、是非それを使って最近開発した高速列車のフロントガラスを試験してみたいと考えた。
話し合いがまとまり、装置がアメリカへ送られてきた。
発射筒から鶏が撃ちだされ、破片飛散防止のフロントガラスを粉々に打ち破り、制御盤を突き抜け、技術者がすわる椅子の背もたれを二つにぶち割り、後部の仕切り壁に突き刺さった光景に技術者たちは慄然とした。
驚いたアメリカの技術者たちは、悲惨な実験結果を示す写真にフロントガラスの設計図を添えてロールスロイスへ送り、イギリスの科学者たちに詳しい意見を求めた。それに対するロールスロイスからの返事はたった一行だった。
「チキンを解凍してください。」
思わず米笑い(造語。アメリカンジョークを聞いたアメリカ人的な笑い方を指す)請け合いだが、実は余り笑えない。
バードストライクはそれくらい恐ろしいのだ。高速で飛ぶ航空機は雲を突き抜けるだけでダメージを受ける。速度とはそれくらいに恐ろしい。
だが、それが今回の竜とどんな関係がある?わからない。
「米軍はね・・・・・バードストライクした場合、防護服(BC・生物科学対処用の服。ガスマスクと全身を覆うゴムの服からなる)を着た人間がバードストライク後の痕跡から血や肉片を回収・・・それを調べた後じゃないと、誰も航空機に近づくことは出来ない。その意味は君にもわかるよね~」
思わず唾を飲み込む。一瞬で理解できた・・・・。
「病原体の有無ですか・・・・」
「正解~」
つまり、そんなどんな病原体を持っているかわからない竜に不用意に近づいた僕は感染した可能性がある。竜にとっては無害な菌も人間にとっては有害な可能性がある。それなのに、僕は竜の背に乗るような暴挙をした。それに、田中2尉も鱗を触っている。
そして、僕らは島内の各地を歩き回った。今は寝ているが、竜の動きも予測はつかない。
・・・・・こうなれば、『封じ込め』しかない。島を封鎖するのだ。感染した恐れがある人間は島内から出ることが出来ない。当然、主の感染源の竜はどんな手を尽くしてでも殺す。多分、田中2尉の立てていた竜を殺す計画もその一環だろう。もっともそれが終わっても、終わりではない。食料は空挺投下か自分で釣るかしかない。燃料は補給できない。水は雨水を浄水しているが、燃料が切れればそれも出来ない。そして、島にある設備は人間が人間らしく生きていく機能を一つ一つ無くしていく。最期は訪れる。何年後かはわからないが、何時かは来る。島が無人になる時が。まあ、そうなる前に僕は生きていないだろう。
僕は厄災の原因になるだろうから。