竜との遭遇
目の前にいる「何か」を観察する。
小山のような体・長大な尾・頑丈そうな四本の足・鋭く尖った爪・全身を覆う鱗・白とも銀色とも言えるような表皮・恐ろしく面積の広い羽・人間くらいなら軽く飲み込めそうな口・・・・・色々と特徴を挙げれば切りがない。
一言で言う。目の前にいるのは竜だ。
それも、西洋の神話とかに出てくるタイプだ。
当然のことながら、現代にこんながいるはずがないのだが、目の前に確かにいる。
おまけに、こちらのことを観察しているのか、微動だにせず見つめてくる。・・・少し照れる。
さて、少しは余裕がありそうなので、西洋タイプの竜について思い出してみよう。
まあ、大体が邪悪な存在だ。人を食べたり、炎吐いたり、毒吐いたりと色々とろくでもないことしかしない。おかげで、勇者に倒されるのが物語の中では定番。竜の血を浴びれば不死身になったりすることもある。
で、ここで重要なことは、人を食べたり、炎吐いたりの件だ。
今の僕は美味しくいただかれたり、こんがり焼かれる可能性が高い。
恐らく、こちらを観察しているのも餌の状態を確認しているのだろう。踊り食いか、火を通すのかを考えているのかもしれない。
まあ、そんなことを現実逃避気味に考えていると、タイミング良く竜のお腹の辺りから「グー」とも「ガー」とも聞こえる音が聞こえた。
断言しよう。この竜はお腹をすかせている。
逃げようと思い、左足をそろそろと動かしたら何か硬いものに当たる。・・・・クーラーボックスだ。
竜を刺激しないようにゆっくりとした動作で、視線をそらさずにクーラーボックスの中から魚を一匹掴み取る。そのままゆっくりと下手投げの姿勢へ移行。
竜が人食主義ではなく雑食主義であればいいのだが、そう思いつつ竜の顔付近に魚を投げた。
投げた魚はクルクル回転しながら、綺麗な放物線を描きつつ竜の顔付近に向かっていき・・・・・竜の額にぶち当たった。
・・・・・・・・色々な意味で時間が止まる。
竜が、ふざけた事してると美味しくいただきますよと言わんばかりに「ガルル」とも「グルグル」とも聞こえる威嚇の声を出す。うん、怖くて漏らしそう。
最初にこれは食べれるものだと示してから投げればよかった。
クーラーボックスの中からもう一匹魚を取り出して、これは食べ物ですというジェスチャーをする。
竜はコイツ馬鹿か、とでも言いたげな感じでこちらを見ている気がする。トカゲモドキの癖に生意気な。
まあ、流石に何度もジェスチャーをすると意図がわかったのか、首を振り振り早く投げろと催促してくる。何気に会話なしで、ここまで意図が通じ合うのは異常だと思う。
そんなことを思いながら魚を投擲。今度は竜もお口でキャッチ&イート。
意外に気に入ったのか、今度の催促は猛烈アピール。ヘッドバンキングの域まできてる。地面が少し揺れてうざい。
まあ、それからしばらくデジカメで動画を撮影しながらアシカショー気分で竜に魚を投げ続けること数分。もうクーラーボックスの中は空だ。それを見せたときの竜の落胆っぷりといったら中々笑えた。普通、それくらいでフラリと倒れるもんかね?
まあ、フェイントで魚を投げる振りをして投げなかったら、マジ切れされて吼えられたから気に入ったのは間違いない。
で、竜は自力で魚を捕るためか、海に向かってノシノシ歩き出した。この島は潮の流れがきついのと、サメが出るので遊泳禁止なのだけど、竜にとっては些細な問題だろう。まあ、そもそも竜が泳げるかどうかは知らないが。
手を振りながら別れをアピールしてる俺の横で、唐突に竜が止まった。
何か思い出したらしい。しばらくこちらをチラチラ見ながら考え事をしている。
いや、良いから止まらなくて良いから、そのままもう二度と会わなくて良いから、そう思いつつ満面の引きつった笑顔を浮かべつつ、全身から嫌な汗を垂れ流す。
魚を捕る前に栄養補給ということで獲物としての僕を見ているかと思ったら違った。
竜は自分の身体に爪を立てたかと思うと、直径30センチ位の鱗を一枚剥ぎ取り放り投げてきた。魚のお礼らしい。意外と義理堅いやつだ。
で、そのまま僕を振り返ることも無く、水を掻き分けて進む様は怪獣映画そのまんま。あの竜が最後の一匹だとは思えない等、有名怪獣映画のセリフを口ずさみつつ、デジカメをムービーモードからフォトモードに切り替えてフォトを何枚も撮る。パソコンの壁紙はこれで決まりだ。
そのまま写真を撮りつつ竜が水面下に消えるのを見届けてから。即帰り支度をする。もちろん、竜の鱗と竜の額にぶち当たってそのまま放置された砂まみれの魚も忘れない。
まあ、今日は宴会は不可能だろう。こんな魚一匹では酒の肴には少なすぎるし、何より・・・・当直に報告と非常呼集が待っている。
青い海と豊かな緑に囲まれた常夏の楽園に見えるこの島は最果ての自衛隊基地、硫黄島。
そんな場所に超大型の肉食動物がやってきた。今日のこの出来事は、この出来事は相当な騒動になるだろう。
この閉鎖された島から逃げ出す手段は・・・・ほぼ無い。