竜と思惑6
いやあ、癒された。ご馳走様でした。
今の僕は恐らく満面の笑み、さぞかし肌はツヤツヤテカテカと輝いているはず。
動物を眺めるのって本当に素晴らしいですね。
実は硫黄島には他にも猫という最高の癒し生物がいたりする。何時誰が持ち込んだか知らないけれど住み着いているのだ。環境と食生活によるのか、少し小柄なのが特徴。
食堂付近、隊舎(隊員が住んでる宿舎)付近等それぞれ人間の近くに住み着きおこぼれを貰って生きてるのは確認できただけで10匹程度。島内を歩いていると、たまに野生に返ったのも何匹か見る。野鳥、とかげに野鼠等、餌は意外に豊富なのかもしれない。
人間の近くに住んでいる猫は、生死がかかっているものでものすごく人間に媚びる。たまに街中で見る猫にも無防備というか、人間に警戒心が無いのがいるんだが、それよりも更に凄い。近くによっても逃げないどころか、おさわり自由、むしろ猫の方から寄ってくる。
なのだが・・・・何だか癒されない。
生きるために必死なのがわかりやす過ぎて、素直に可愛がるのも罪悪感が沸くのだ。
なので、たまに釣った魚の捌いた残りをあげている。本来は禁止されてるんだけど、妙に忍びなくて・・・・・ねえ。
それに対して、竜って生き物は実に良いです、はい。
完全無欠、高い知能を持った生物に見せておいて、時たまとる行動が実にラブリー。
頭が良いのに妙に間抜けな行動とったり、見ていて目が離せない。
かっこいいのに可愛いというは反則です!許せねえ!でも、愛らしいから許しちゃう!竜は大変なものを盗んでいきました!私の心です!
あ、因みにここまで竜が胸キュン(死語)なのは行動が何か犬っぽいからなんですよ。ぶっちゃけ、僕は犬と猫なら犬派です。
竜の行動を見てると、血統書つきのジャーマンシェパードなのに妙にアホの子で、誰にでも懐く警備犬失格気味のかつての同僚を思い出して、つい苦笑い。
数年前、観閲式(陸海空3自衛隊が毎年交代で行う式典)の臨時勤務で基地警備要員になった際にデビル号(百里基地所属警備犬、階級は3曹)と相棒になった際に、飼育係の警衛隊の人に引かれるくらいに猫かわいがりした思い出が・・・犬なのに猫かわいがりとはこれ如何に。
あいつ元気かなあ、相変わらず強面の癖に甘えん坊な気がするけど、もう高齢だろうしなあ。案外落ち着いているかもしれない。当時は本当に腕白の盛りで、全力体当たりで押し倒した挙句、顔舐めを何度食らったことか。人生の中で押し倒された経験はあれが唯一だったり。唾液でベトベトにされて「もうお婿に行けない!」と何度思ったことか。実に衝撃的で素晴らしい体験でした、はい。
あ、念のために言いますが僕はケモナーの気は無いですよ?
ただ動物がちょっぴり好きなだけですよ?本当だよ?犬耳少女と犬どちらがいいかと聞かれたら、数日悩むくらいなレベルなだけですよ?
「しみじみしてるところ悪いが・・・・・そろそろ帰らないか?そろそろ日が落ちる」
「え、もうそんな時間ですか?」
竜と別れた後、衛生隊に帰ってきてからも長々と話し込んでしまった。
ただし、竜の情報が圧倒的に足りない。憶測と推測を話し込んでいるようで何とも不毛に感じられる。
「食堂も閉まってしまったぞ。夕食メニューはホッケの干物だからそれほど気にならんが」
昼夕は大体肉と魚がランダムで出る。因みに魚は大体不人気。
「僕も釣りしてたんで昨日から何も食べてないんですよ。呑みます?」
水分だけはとっていたが、色々と忙しくてまともな食事をしていなかったのを思い出した。思い出した途端、急にお腹が減ったような気がする。我ながらげんきんなものだ。
なので、夕飯を兼ねた酒宴を提案する。
「私から言おうと思っていたんだが、手間が省けた。そちらは何を用意する?」
珍しい、毎回こちらから宴会の提案しているのに今日は乗り気のようだ。
酒でも飲んで、竜から気分を切り替えたいのであろう。
まあ、何はともあれ承諾を得られた。
こちらの手持ちの食材と賞味期限を勘案する。
自衛隊の基地には大体『隊員クラブ』と呼ばれる飲み屋があるが、硫黄島にはそんなものは無い。
硫黄島での宴会とは、屋外のバーベキュー場か、隊舎の曹士用と幹部用の調理室兼娯楽室に酒と料理は持ち込むのが定番。
お酒については、一部銘柄のビールと焼酎についてはBX(売店)で売られているが、好みの酒と食材については休暇が終って硫黄島に帰ってくる際に手荷物で輸送機に持ち込むしかない。つまり、食材は硫黄島においてお金で買えない価値がある。プライスレス。
「とりあえず、刺身を少々。カニの味噌汁とカニの唐揚げも少しは。食事を兼ねるのならば、つけ麺が出来ます」
刺身は今日釣った魚一匹分なので、前菜にしかならない。
カニは硫黄島の南側の海岸の岩場付近で大量に捕れる。20cm位のクラスだが、唐揚げと味噌汁にするなら十分だ。
棒ラーメンは大量にあるのでこの際消費したい。スープにはカニの出汁で少し手を加えれば実にいい味になる。何より、呑んでる最中の麺類は最も人気なメニューなのだ。
「了解した、締めで炭水化物はほしいのでつけ麺も頼む。こちらはパパイヤと月下美人の炒め物と海草サラダを出す」
パパイヤは硫黄島に自生している。ただ、甘みは無いのでフルーツ感覚で食べれない。炒め物に使うしかないが意外に美味い。
月下美人も硫黄島に自生するサボテンの一種だ。少し青臭いが調理次第ではそれなりに美味い。
海草サラダも硫黄島の呑みにおける定番メニュー。フリーズドライの海草と山菜を水で戻してドレッシングをかけるだけだが、生野菜がほぼ入手できないこの島では数少ない呑みの最中の癒し系だ。
「そうそう、それとな。頼んでた日本酒も持って来い。こちらは焼酎を持ってくる。美味いぞ」
「了解しました。それとですが、田中2尉は当直なので顔出しはすると思いますが、多分来れませんよ」
「ふむ、それなら当直室に近いし、曹士用の娯楽室に19時集合で良いか?」
「まあ、聊か早いですが調理しながら呑めば良いですしね。それじゃあ、帰ります」
「ああ、美味い料理を期待している。では、後程な」
別れて衛生隊から出ると、外は既に茜色。夕焼けに照らされた海とすり鉢山が美しい。
宴会について考えながら、帰路に着く。
・・・・・・・・・・ふと、石井3尉との二人きりの呑みなのではないかと気がつく。
大体、田中2尉と石井3尉と僕の三人で呑んでいることが多い。なので、二人きりというのは実は今回が初めてなのだ。
何という幸運!僕にも春が来たというのか!
神様ありがとう、今月の勤務割り当て割り振った人間マジグッジョブ、竜もついでにありがとう、夕日も笑っている、ガイアが俺にもっと輝けと囁いている。
様々な無言のエールに支えられて、僕は高らかに宣言する!
・・・・・・・・・・・僕幸せになります。
それから、一時間後。
「遊びに来たヨ!」
一言挨拶しながら入った娯楽室には・・・・・硫黄島のお偉いさんが勢ぞろい。
うん、わかってた。こうなるって。悲しみよ、こんにちは。幸せよ、さようなら。
僕の石井3尉とキャッキャウフフ計画はあえなく頓挫した。