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正義の魔法少女・白山羊プルルはどのようにして催眠洗脳に屈したのか

作者: 野上紅葉
掲載日:2026/06/26

性癖を詰め込みました!

楽しんで読んでいただけると嬉しいです!

 私は千野暗理せんのあんり、どこにでもいそうな高校二年の女子高生だ。

 女子高生と言えばそれだけで一種のブランドラベル。同年代の少年少女が青春真っ盛りの花の高校生活を送る中、私は"とある研究"に没頭しているせいで友達との交流もほとんど無く、ぼっちの日々を過ごしていた。


 けど、一向に構わない。

 研究の成果物はもうじき完成する。私の人生を賭けたって構わない、子どもの頃からの夢への第一歩だ。


 私は早く仕上げに入りたい一心で、茜色に染まる帰り道を早足で歩く。もうその角を曲がれば家に着く、その時だった。


 ウォォォン……ォォォン……と甲高い音が耳を貫いた。

 赤い警告色がクルクルと足元に回る。


 それはサイレンと警告灯の点滅だった。

 ざらついた音で、女性の無機質な声が流れ出す。


「魔法災害警報発令、魔法災害警報発令。多魔市貝塚にてワルマによるテロ行為が発生しました。近隣の住民はただちに避難を行なってください。繰り返しますーー」


「えっ、魔法災害警報……!?」


 私は足を止める。


 魔法災害。その名の通り魔法生物や植物による災害、もしくは"ワルマ"によるテロ行為が認められた時に発令される警報だ。


 およそ百年前に突如"魔法"を使える人間が現れ始めたと同時に、野生の動物や植物にもその影響は現れ始めた。

 魔法を使える人間は"魔法使い"と呼ばれたが、当然その力を悪用する魔法使いも出てくる。魔法を悪用する"悪い魔法使い"はやがて"ワルマ"と呼ばれるようになったのだ。


 遠くで悲鳴が聞こえる。襲われたのか、半狂乱で逃げようとしているのか。分からないけれど、他人のことなど気にしている暇はない。

 私はドキドキと胸の鼓動が速まるのを抑えきれず、すぐさま家に向かって駆け出した。


 ああ、どうしよう。ついにこの時が来た。

 この時が来るのを、ずっっと待ってた!!


 震える手で鍵を開ける。靴を履いたままリビングに駆け込んで、机の下の絨毯を剥ぎ取りはめ込み式の床板を外した。震える指で、しかしミスなく二十桁の暗証番号を入力して電子ロックを解除する。

 ゴゥン……と低い音と共に床が開き地下への階段が現れる。私は転がるようにその階段を駆け降りた。


 ワルマはきっとまだ近くにいる。

 ワルマによる魔法災害が起こった時の被害は甚大だが、発生件数は少ない。こんな近くにワルマが出現する機会なんて、二度とないかもしれない。

 その上、試作品がほぼ完成したばかりのタイミングでこのチャンス。まるで神様が私の背中を押してくれているみたいだ。


 興奮のままに地下の扉の奥の部屋に飛び込む。

 早く完成させたかった。それを手にワルマを探しに行きたかった。

 だから私は気が付かなかった。鍵をかけてある筈の地下室の扉が空いていることがおかしいことに。

 

「あっ、帰ってきたあ♡」


 研究室の心臓、数十台のスーパーコンピューターに繋がれたPCの前に小さな少女が立っていた。

 見た目は十二、三歳くらいだろうか。黒と白のグラデーションが入った髪が、山羊の角みたいにグルンとうねっている。ゴシックな黒いドレスには木の根が巻き付くような装飾が施され、薄い身体のシルエットを露わにしていた。

 

 柔らかそうな白い頬を赤らめて、意地悪げに唇を吊り上げる少女。金色の瞳の瞳孔は横長になっていて、黒い毛皮に覆われた耳は山羊みたいに尖って垂れている。一目見ただけで、その少女が人智を超えた存在ーー魔法使いであることを雄弁に物語っていた。

 

 少女は高いヒールをカツカツと鳴らして、私の目の前で立ち止まった。 


「ねぇ、あなたがアンリお姉さん?」


「ど、どうして私の名前……」


 私の言葉に少女は「どうでもいいじゃん、そんなこと」と片眉を跳ね上げる。


「お姉さんが今から言っていいのは、『はい』か『いいえ』かのどっちかだけ。もしアタシがやな気持ちになるお返事をしたら……」


 少女が指を壁際に向ける。その指先が示す先には、実験用に飼育しているラットのケージがあった。


「えい♡」


 無邪気な掛け声と同時に、ラットが「ギッッ」と断末魔をあげて弾け飛んだ。


 飛び散った黒い液体がピチャッ、と床を汚す。それは血ではなかった。

 黒い植物の茎のようなものが真っ二つになったラットの胴体からウネウネと生えて、亡骸を覆っていく。


 ものの数秒のことだった。

 ラットだったそれは、黒い植物の茎に覆われた口だけの不気味な生き物と化してしまった。

 大きな口から「縺頑ッ肴ァ?」と脳を直接掻きむしるような鳴き声をあげたそれは、ぬるりと檻から抜け出して少女のスカートの下へと消えていく。


「……お姉さんのことも、こうやってアタシの『赤ちゃん』にしちゃうんだからね♡」


 上目遣いで微笑む表情はいっそ妖艶なほどに愛らしく、だからこそ残酷さを際立たせた。


「それで、あなたがアンリおねーさんであってるよね?」


「は、はい……」


 掠れた声で返事をすると、少女は「うんうん♡」と満足げに頷く。


「素直な人間さんは好きだよ♡ アタシはパン、気軽にパンちゃんって呼んでいいからね♡」


 片目を瞑って少女、パンちゃんは唇を吊り上げる。


「それで本題だけど。アンリおねーさんはぁ、人を洗脳する気持ち悪ぅい研究をこっそりしてるんだよね?」


「……っ!」


「あっ、図星って顔してるぅ♡ おねーさんの癖になさけなぁい♡」


 息を呑んだ私を前に、パンちゃんはキャラキャラと愉しそうに笑った。


「すごいよねえ、おねーさん。七歳でパパもママも魔法災害で死んじゃって、親戚のお家に引き取られたかと思ったら十歳で外部刺激アプローチでのPTSDの治療法を確立、特例が認められて脳神経外科の研究で権威あるハルバート大学に入学。十五歳で主席で卒業後は、遺産で持ち家を購入後に一般の都立高校に経歴を伏せて偽名で入学。人間の中では結構がんばってるんじゃない?♡」


 スラスラと私の経歴を彼女は読み上げる。

 卒業後の経歴については、私の“研究成果”を提供することを条件に国家ぐるみで隠匿している事柄だ。それを彼女はまるで新聞の一記事でも読むみたいに当然の如く口にした。


 私の驚きが伝わったのか、パンちゃんは瞳をキュウっと細めて「どうして知ってるの、って思ってる?」と意地悪げな上目遣いで尋ねてきた。

 私は「は、はい」とコクコク頷くしか出来ない。パンちゃんは「しょうがないな〜♡」と笑って言葉を続けた。


「人間が組織を作るみたいにね、アタシ達ワルマにも集会っていう繋がりがあるの。それこそ国一つくらいは簡単に潰せちゃうくらいのね♡ だから人間の国家機密なんて、アタシ達の前じゃ意味がないんだから♡」


 パンちゃんは蠱惑的な笑みを浮かべて「だ・か・ら♡」と私の脛を少女とは思えない力で蹴り飛ばす。

 私は前のめりに体制を崩して、顔面から勢いよく地面に突っ込んだ。鼻がヒリヒリして、目頭がツンとする。顔を上げようとすると、小さな足裏が後頭部をガッと踏みつけてそれを阻んだ。


「アタシ達に敵対しようとするバカでグズな人間なんて、いくらコソコソしても無駄なの♡」


 パンちゃんが私の髪をグッと掴んで、耳元にそっと唇を寄せる。

 嗜虐心を隠そうともしない甘い声で、脳みそに直接流し込むように彼女は囁いた。


「おねーさん、洗脳を使ったワルマの更生プログラムを提案してたんだって? アンタが魔法災害の生き残りだから、その復讐? それとも、もう悲劇を繰り返させないとか英雄気取っちゃったのかなあ」


「ち、ちが、私は……」


「だから、余計なこと喋んなって言ってんじゃん」


 パシィッッと鮮烈な音を立てて、私の頬に紅葉が咲く。

 

「本当はアタシ達に逆らうようなグズ人間は問答無用で『赤ちゃん』行きなんだけど、おねーさんの頭脳には価値があるってお兄ちゃんが言うからぁ。仕方ないから、今のところは五体満足で連れて帰ってあげるね♡」


 パンちゃんは私の髪から手を離した。

 鼻から流れていく液体の生温かさを感じながら、ズキズキと痛む頬を抑えることもできずに私は霞んだ視界で彼女の姿を目に映す。

 桃色の頬に笑みを浮かべて私を見下ろす少女の瞳は悪魔みたいに冷徹で、天使のように美しかった。


「まずはおねーさんの研究成果を持って帰れるようにまとめて欲しいんだよね♡ できるでしょ?」


 私は壊れたおもちゃみたいにガクガクと頷いた。

 パンちゃんは「よかったあ♡」と組んだ手を頬の横に当てて微笑む。


「それじゃあよろしくね♡ わかってると思うけど、アタシを洗脳しようとかおかしな真似を見せたらワカラセしちゃうんだからね♡」


 『ワカラセ』のところで人差し指をこちらに向けて、彼女は笑う。

 彼女の言うワカラセの内容が何なのか、異形と化したうちのラットのことを思えば想像に難くなかった。


「ま、まずはPCの電源を入れさせてください。データを抽出するのに、PC側の操作をする必要がありますから……」


 震える指で彼女の背後のPCを指差して、私は懇願する。

 パンちゃんは「いいよぉ♡」と頷いて、私を促すように一歩横へとズレる。


「でも、余計なことをしないかちゃんと見てるから。忘れないでね♡」


 そう微笑んだ少女の瞳の下がグパリと開いて、二列目の瞳がギョロリとこちらを睨み付けた。

 私は「はい」と頷いて、ドクドクと五月蠅い自分の鼓動を聞きながら自分のPCへとゆっくり歩み寄る。


 そしてーー私は押した。既に試作品として完成していた魔法使い洗脳装置『愛愛メアリー(アイラブメアリー)』の起動スイッチを。


 ブォン、と音を立てて部屋の空間が歪む。無機質な壁は一瞬の明滅の後にビビッドなピンク色の画面に切り替わり、魔法使いの耳にしか届かない電子音が絶え間なく流れ始めた。


「なに、この音……!」


 パンちゃんが不快そうに耳を塞ぐ。けど、意味が無い。この音は空気の振動では無く、この世の理を無視した彼女ら魔法使いが用いる魔法の再現によって発せられているのだから。


「バカなおねーさん、余計なことしなければまだ人間のままでいられたのに……!」


 パンちゃんが構えた指をこちらに向ける。

 私は動かなかった。いや、動く必要が無いことを知っていた。


 恐らくはラットを異形に変えたのと似たような魔法を撃とうとしたのだろう。

 こちらに指先を向けた彼女は、私に何の変化も起こらないことに気が付くと「え? ウソ?」と何度も何度も指を向けては泣きそうな顔で自分の手を見つめるのを繰り返した。


 それはまるで幼子がごっこ遊びから急に放り出されて狼狽える姿のようで、その哀れさに私の頬は自然とニンマリ緩んでしまう。


 私が一歩近づくと、パンちゃんは目に涙を浮かべて「く、来るな!」と叫ぶ。

 それを無視してもう一歩足を前へ踏み出すと、魔法を諦めたのか手を下ろして私の脇をすり抜けようと走り出した。


「逃げちゃダメだよ、パンちゃん」


「……っ⁉︎」


 私の言葉に、ピタリと彼女の足が止まる。

 私はゆっくりと踵を返して、すぐ背後の彼女の細い肩にそっと手を置いた。


「いやっ、何で足が動かないの……! アンタ、アタシに何をしたのよ……⁉︎」


「なに、って。決まってるじゃない、洗脳だよ」


 パンちゃんの耳に唇を寄せて「わかってるんでしょ?」ソッと囁く。

 少し触れた毛皮はふわふわしていて、プルプルと小刻みに震えているのがとても可愛かった。


「……っ! アンタ、アタシに手を出してただで済むと思ってんの⁉︎ アタシに手を下したところで、ワルマの集会から新しい刺客が送られるだけ、そうなればアンタの家族や友達だってただじゃ済まないわよ!」


「大丈夫。そんな悲しいことが起こらないように、守ってくれるヒーローがいるから」


「ヒーロー? そんなのがどこに……」


「いるじゃない、ここに」


 私はパンちゃんのほっぺを、壊れ物に触れるように優しく撫でた。

 少女の瞳が四つ揃って絶望に彩られる。まるで一枚の絵画のような美しさだった。


 私はうっとりと続ける。


「私ね、洗脳が性癖なの」


「せい、へき……?」


 意味が分からないとでも言うように、おぼつかない口調で彼女は私の言葉を繰り返す。

 私は構わずに「そう、性癖」と続けた。


「お父さんもお母さんも、家族旅行で乗っていた船の中でワルマが起こした魔法災害に巻き込まれて死んじゃった。私たち家族は正気だったけど、ワルマが乗客の七割に強烈な殺人衝動を植え付ける魔法をかけたから」


 私は目尻に浮かんだ涙を人差し指で拭う。


「一緒に旅行に来ていたお友達やそのお父さんお母さん、優しかった船内乗務員の人たち、人生最後の夫婦旅行だって話してくれたおじいさんおばあさん……色々な人が目の色を変えて、刃物や鈍器を片手に他の乗客を殺して回った。地獄絵図って、ああいうことを言うんだろうね」


 遠い目であの日のことを思い出す。

 パンちゃんは、まるで化け物を見るような目つきでそんな私の顔を見上げていた。


「救命胴衣も全部破り捨てられてたけど、両親は最後の力で船のデッキまで逃げて私を船の外の海に投げ込んだ。意識を失った私はそのまま運よく海の上に浮かんで漂って、保護されたの。魔法災害、ティータン号事件唯一の生き残りとしてね」


「……それで、どうして洗脳が性癖になるんだよ変態女」


 パンちゃんがこちらを睨みながら吐き捨てる。

 私は「そんなに焦らないで」と彼女の頭を優しく撫でた。


「しばらくは事件がフラッシュバックして、まともにご飯も食べられなかった。でもね、何回も何回も。何回も何回も何回も何回も……あの日のことを思い出す内に、ふと思ったの」


 唇が勝手に吊り上がるのを感じた。

 頬に熱が集まり、吐息が湿る。私は恋煩いのため息を吐くように続きの言葉を吐いた。


「人の心を一瞬で変えてしまう魔法って、なんて神秘的なんだろうって」


 今でも思い出すと身体が震える。

 あの場所に居た人たちの善良さを私は知っていた。積み上げてきた信頼があった。人生を積み上げて作り上げた穏やかな心を持つ人や、過去に子供を助けるために身一つで海に飛び込んだ経験があると言う船員の人も居た。


 その心を、気まぐれ一つでぐちゃぐちゃに変えてしまう魔法。

 それはなんて恐ろしくて……なんっって美しいんだろう!


 自分の気持ちに気が付いた私は、たちまちその神秘に魅了されてしまったのだ。


「でも、私は罪の無い人を傷付けたい訳じゃないの。善い人には幸せになって欲しいし、その人生で形作られた心をめちゃくちゃにするなんて悪いことできない」


 私はそこでじっとパンちゃんの目を見つめた。

 少女の頬から紅色は消え失せ、今は陶器のように真っ白だ。これはこれでとても綺麗だと、私は笑みを深めて彼女の耳元で「でも」と囁く。


「悪い人の心なら、むしろめちゃくちゃにして作り直したほうが良いと思わない?」


「……気色悪い……!」


 パンちゃんは吐き捨てたが、別に同意を求めた訳でもないのでどうでもよかった。


「幸い私には実現を夢見れるだけの才能があったし、善良な魔法使いの人たちは罪悪感もあって私の研究に快く協力してくれた。あとは実験台のワルマを捕まえるだけだったんだけど……」


 自分の意思では指一本も動かせなくなった少女を見下ろす。

 人を人とも思わない冷徹さ。人智を超えた強力な魔法。そして何より、正義の魔法少女として作り上げるに相応しいお人形みたいに愛らしい容貌。


 まさに理想の検体だ。

 ワルマを捉えるため、洗脳機能をスマホに搭載する最終調整をこれから行うつもりだったが、獲物が自ら檻に入って来てくれるなんてこんなに好都合なことがあるだろうか。


「パンちゃん、私の質問に答えて。あなたの魔法ってどんな効果なの?」


 尋ねると、彼女は眼力だけで人を殺せそうな目つきで私を睨み返した。

 そしてわななく桜色の小さな唇を歪ませて、恐らくは罵倒の言葉を放とうと歪めた口を開く。


「……アタシの魔法は『黒母受胎』、指定した生物を私の言うことに従う“赤ちゃん”に変える魔法よ」


 彼女の口からスラスラと出てきたのは、私の質問に対する従順な答えだった。

 ハッと自分の口を抑えるパンちゃんに「口を抑えちゃダメだよ」と囁く。彼女の腕は大人しく命令に従い、だらんと横に垂れ下がった。

 私は続けて「赤ちゃんにしちゃうってどういうこと?」と聞く。


「アタシの命令を何でも聞く、知性の無い化け物に作りかえるの。身体の一部だけを対象にして拷問に使うこともあるわ」


「うわあ、酷いことするねえ……。でも、さっきのラットは確かに一回死んでいたよね?魔法をかけられたら死んじゃうんじゃないの?」


「アレは副次効果の産み直しのおかげ。アタシが魔法をかけた対象は、変容と引き換えに一度だけ命を与えられるの」


「えっ、何それすっごい! じゃあ、もう死んじゃった人も生き返らせられるの?」


「死体には効かないわ。命ある生き物じゃないと、対象にはできない」


「そっかあ……。魔法も万能じゃないんだねえ」


 しょんぼりと肩を落としてしまうが、それでも凄い力なのは変わりない。


「…………っっ、〜〜〜!!」


「あ、ごめんごめん。指示してあげないと喋れないよね」


 酸素を求めて水面に上がってきた魚みたいに、口をパクパクとさせるパンちゃんの頭を私はなでなでする。


「でも私、かわいい女の子は大好きだけど罵られる趣味は別にないんだよねえ。それに、今のパンちゃんはとっても悪い子だし……」


 どうしようかな、と首を傾げること数秒。

 私は良いアイデアを思いついて「そうだ!」と手を打った。


「とりあえず人格を消しちゃおっか! 情報は後からでも抜き出せるし、悪い子なパンちゃんは早くないないしちゃった方がいいよね」


「〜〜〜〜!?」


 白を通り越して真っ青になった顔で、手足を動かす自由すら失った彼女はブンブンと首を横に振る。

 必死で動かしている口は、命乞いだろうか。


 少し可哀想になるけど、仕方がない。

 彼女はいっぱい人間を手にかけてきただろうし、その命乞いを聞くこともなかっただろう。


 だから、仕方がないことなのだ。

 彼女が正義の味方になるために、悪い子の彼女は罰として消滅を受け入れなくてはならない。


「ほら、私の手を見て。イチ、ニのサンで手を叩いたらパンちゃんの心はバイバイするからね」


 絶望に染まった金色の瞳が、従順に私の手へと向けられる。


「イチ、二ィの……」


 手を大きく開く。今までの彼女に、別れの黙祷を捧げるように両手を勢いよく重ね合わせた。


「……サンッ!」


 パァン、と小気味の良い音が地下室に響く。

 同時に少女は「ミ゛ッッ」と小さな悲鳴をあげて白目を剥いた。


「ァ、に、ちゃ……」


 涎を垂れ流した口から、最後に言葉らしき声が漏れる。

 私は目を丸くして「パンちゃん?」と彼女に呼びかけた。


「……はい。お呼びでしょうか」


 グルリ、と黒目を戻して彼女が返事をする。

 その声に感情は無かった。まるで機械の自動音声のように平坦、無感情。


「あなたのプロフィールを答えて」


「かしこまりました。私の名前はパン・テアマット、三十五歳。ワルマ集会『黄金の林檎』日本支部所属の暗殺・拷問を得意とするワルマです」


「うんうん。ちょっと驚く情報があったけど……初期化はちゃんと成功してるね」


 まさか彼女が少女どころか、私の二倍以上の時を生きた妙齢の女性とは思わなかった。

 少女の見た目を保っているのは、魔法の力の一環だろうか。


 最後の言葉は死んだ蛙の手足が動くのと同じようなものだったのだろう。

 私は「まあいっか」と独りごちる。


「どうせ人格はゼロから作るんだから元の年齢は関係ないよね。そうと決まればまず、新しい名前をつけてあげなくちゃ」


 無表情で棒立ちとなった彼女の姿をじっくりと観察する。

 およそ感情らしいものが感じ取れる挙動は無かったが、生理現象なのか黒いヤギ耳だけはプルプルと震えていた。


 小動物を思わせる、震える毛皮に胸がキュンと高鳴る。

 と、同時に私の頭に一つの名前が浮かんだ。


「耳がプルプル震えててかわいいから、あなたの名前はプルルでどう?」


 私の言葉に彼女ーープルルは「かしこまりました」と頷く。


「よーし、プルル! これからいっぱい頑張って、みんなを守る正義の魔法少女になろうね!」


「はい、かしこまりました」


 私はプルルを抱きしめて「よろしくね、プルル!」高揚のままにぴょんぴょんと飛び上がった。

 プルルはされるがままに私の腕の中でじっとしている。


 ああ、今日は何て素敵な日なんだろう!

 彼女を『更生』させるためのアイデアが湯水のように湧いてきて、片っ端から実現したい衝動が身体中を熱く巡っている。


 手中に収めた己の『人形』が愛しくて、私は強く強く彼女を抱きしめた。

 自分の両目から溢れ出す熱い涙を拭うこともせず。

 腕の中からミシミシと骨の軋む音がしても尚、彼女を抱きしめることをやめなかった。



 東都真宿区、芸妓町にて。

 夕方の退勤ラッシュの中、都内有数の繁華街は帰路につく学生や呼び込みに精を出すキャッチ、癒しを求めてやってきた社会人と通りには人が溢れ出す。

 毎日同じように繰り返される雑踏の中、唐突に日常を壊すサイレンが鳴り響いた。


「魔法災害警報発令、魔法災害警報発令。真宿区芸妓町にてワルマの出現が感知されました。近隣の住民はただちに避難を行なってください。繰り返しますーー」


「えっ、ワルマ!?」


「どこだよ、俺、動画でしか見たことねえ!」


「バカ、早く逃げるぞ! 巻き込まれたら助からねえ!」


 人波が乱れ、ざわつき、列を乱す。

 ワルマを一目見ようとする命知らず、恐怖に駆られて他人を突き飛ばしてでもその場を離れようとする男、パニックを起こして叫び声を上げる女。


 群衆の恐慌が表面張力で水の膜を張るコップのように限界を迎えそうになる中、一人の女学生が人波の重さに耐えきれず転びそうになる。


「きゃあッ……!」


 そのまま人間プレスに挟み込まれそうになったその身体を、不意にふわふわの毛玉が優しく包み込んだ。


「え、なに……?」


 女学生を抱き止めたのは、着ぐるみのような二足歩行の白山羊だった。

 状況を理解できない彼女が戸惑い動けないでいる中、人波の中に次々とその白山羊は現れてパニックになった人間を抱きしめて宥めたり、動けない人間を抱えて避難させたりしていた。


「危なかったわね、怪我はない?」


 山羊の身体に膝をついたままの女学生に、小さな白い手が差し伸べられる。

 真っ白でふわふわなロングヘアに、女神を思わせる真っ白なドレス。金色の瞳を柔らかく細めて微笑む少女の姿は、まるで天使のようだった。


「ここはこれから戦いの場になるわ。送ってあげられなくて悪いけど、その子達と一緒に早く逃げてちょうだい」


 少女の言葉に応じるように、白山羊がグイグイと女学生の手を引っ張る。

 女学生はそれに従って駆け出したが、最後に少女を振り返って「ねえ、あなたの名前は!」と叫ぶ。


 少女はニンマリと笑って、ひらひらと手を振りながら口を開く。


「アタシはプルル! 正義の魔法少女・白山羊のプルルよ!」


 女学生はプルルの得意げな名乗りを胸に刻んで、今度こそ彼女の邪魔をしないようにと走り出した。

 そして、その名を聞いていたのは女学生一人だけではない。


 その場にいた多くの人間の中に、魔法少女プルルの名が刻まれた。


 これから彼女は多くのワルマを打ち倒し、多くの人を救い、誰よりも勇敢で清廉な魔法少女として歴史にその名を刻むだろう。


 プルルを遠隔で見守っていた狂科学者・アンリはそんな美しい未来を夢見てうっそりと微笑む。


「さあ、ワルマめかかってきなさい! 人の命をなんとも思わない、アンタ達の企みは全部アタシがぶっ潰してやるんだから!」


 ビシッと完璧な決めポーズを決める『正義のヒーロー』。

 アンリは熱い吐息を漏らして、小さく呟いた。


「うん……やっぱり、洗脳って素敵」


 薄暗い地下の実験施設に、夢見心地の独り言が響く。


 それを聞くのは、ケージに入った小さな白山羊のなりそこないだけだった。

 元はラットだったなりそこないは、ザラついた不快な声で「繝。繧ァ……」と鳴く。溶けかけの小さな身体は、目の前の人間に怯えるようにプルプルと震えていた。

ご覧いただきありがとうございました!

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