短編映画
こんな映画を観た。
朝の時間、窓に日差しが入る。白いフェイクマスクを付けた人が起き上がる。近くのテーブルには薬入れがあった。
人は薬入れから薬を取り出し始める。それを木のコースターに入れ始めていく。1錠づつ。確かに。
私は薬の数を数えてみた。なんと16錠もある。多い数だ。少なくとも、それが人の日常になっているのだろう。そう思わざるを得なかった。
人はおもむろに手の平に薬を移した。そして、一気飲みをしたのである。ごくんという音が強調されていた。
16錠の薬を飲んでいる。それが人の日常なのであろう。朝だけであの量の薬を飲み下したのだから。
人の視線が窓に向けられる。そして、うつむいてしまった。なぜだろう。カメラが窓のほうを向く。そこには電線から黒い人影が映り込んでいた。ぶら下がるようにして。人と視線を交わすようにして。そして思ったのである。あれが人の日常なのだと。入り込む異常に目をそらすように。
再びカメラが窓のほうへと向けられる。電線にあった黒い人影はいなかった。人だけが見ている景色を表していたのだろう。
時刻は夜になった。朝と同じように、人は薬を木のコースターに入れていく。数は14錠。朝に比べて2錠減った。だとしても多いのだろう。それを人は飲み下した。ここでも、ごくんという音が強調されていた。
人は窓に視線を向けていた。カメラの視点が続いていく。そこには、朝にいた黒い人影が大勢いた。
人の息が荒くなる。過呼吸に近いほどにまで。そして、おもむろにテーブルにあったレポート用紙に何やら書き始めた。いや、書き殴り始めたのである。肩で息をしながら。私はいつしか人に見入っていた。ここまでしなくていいのに。けれども人は書き殴るのを止めなかった。肩で息をしながら。過呼吸気味になりながら。
人の呼吸音がやけに強調されている。私は人のことが心配になってきた。画面越しだというのにである。
そして、人はレポート用紙に書き殴り終えると、手を首にかけ始めた。首を締めるかのようにして。まさか、侵入思考じゃあるまいな。演技だとしてもここまでやるだろうか。こちらまで過呼吸になりそうである。
やがて人は首から手を離すと、力尽きたように倒れてしまった。ドサリという音がやけに強く聞こえてきた。
そして、カメラに手が置かれる。これで映画は終わる。そう思っていた。けれど、まだ続いていたのである。
画面にはチョークの絵で描かれたアニメーションが繰り広げられていた。これは、まさか、あのレポート用紙に書き殴られた内容だろうか。
柱や仮面、黒い蔦と黒い花、ヒビや白い花、そして糸の切れたマリオネットが反復されているように動いていた。
おそらくはこれがあの書き殴られたレポート用紙の内容なのだろう。しかも、無機質な機械音声で語られている。
なんだこれは。見たことが無い。圧倒されてしまっている。本編があまりにも静かだったのはこのためなのだろうか。
アニメーションはやがて終わりを迎えた。そして最後にはドキュメントと大きく書かれていた。締めのように。
そこで私は思った。これは原作者の実体験なのだということをーー。




