第三章 動かない箱
事故から一週間後、誠司は鉱山労働から外された。
「お前は機械を見ろ」
監督官にそう言われ、誠司は最下層にある廃棄された機械置き場の管理を任されることになった。奴隷の身分に変わりはないが、重労働からは解放された。
「機械置き場」と言っても、実態はガラクタの山だった。壊れた採掘機、錆びついた歯車、用途不明の金属部品。どれも何十年、あるいは何百年も放置されたものばかり。
しかし、誠司にとっては宝の山だった。
「これは……減速機の一部か。歯車の摩耗が激しいな」
「このバネは、まだ使えるかもしれない」
「配管の一部だ。内部が腐食してる。でも、構造は参考になる」
毎日、ガラクタの中から使えそうな部品を選び出し、分類していく。同時に、この世界の機械技術についても学んでいった。
「魔導核」が、この世界のエネルギー源だった。
青く光る結晶体で、内部に魔力が封じ込められている。これを動力にして、様々な機械が動く。電気の代わりに魔力、配線の代わりに魔法陣。原理は異なるが、機能は似ている。
「つまり、魔導核が電源で、魔法陣が回路ってことか」
誠司は、壊れた採掘機の内部を観察しながら呟いた。
「だとしたら、故障の原因も似たようなものだろう。電源の劣化、回路の断線、機械部品の摩耗……」
実際、廃棄された機械の多くは、単純な原因で動かなくなっていた。魔導核の出力低下、魔法陣のインク劣化、歯車の噛み合わせ不良。適切にメンテナンスすれば、まだ使えるものが多い。
「もったいないな」
誠司は苦笑した。予防保全という概念が、この世界にはないらしい。壊れたら捨てる。それが当たり前なのだ。
ある日、誠司は機械置き場の奥で、興味深いものを見つけた。
「……これは」
巨大な鉄の扉。そして、その向こうに広がる空間。
昇降機構だった。
他の場所で見たものより、規模が大きい。かごは地面に降りた状態で停止しており、天井に向かって昇降路が伸びている。何十メートル、いや何百メートルも上まで続いているようだ。
「最下層から、どこまで行けるんだ、これ」
誠司は周囲を確認してから、扉の隙間をすり抜けて中に入った。
埃の匂い。錆びた金属の匂い。そして——
「油の匂いだ」
かすかに、潤滑油の匂いがする。ということは、機械部分はまだ完全には死んでいない。油が残っているということは、比較的最近まで誰かがメンテナンスしていた可能性がある。
誠司はかごの中に入り、制御盤に相当する部分を探した。
あった。
壁面に埋め込まれた、複雑な魔法陣。その中心に、青い結晶——魔導核——が嵌め込まれている。
誠司は、その魔導核に手を触れた。
冷たい。しかし、かすかに振動を感じる。完全に死んでいるわけではない。
「出力が足りないのか……?」
目を閉じて、集中する。
五感を研ぎ澄ませる。前世で何千回と繰り返した、「聴診」「触診」「嗅診」の技術。
音を聞く。かすかな振動音。規則的ではあるが、弱い。
触覚で感じる。魔導核の温度は低い。正常なら、もう少し熱を持っているはずだ。
匂いを嗅ぐ。油の匂いに混じって、焦げた匂いがある。どこかで過熱した痕跡だ。
誠司は目を開けた。
「魔導核自体は生きてる。でも、どこかで出力がロスしてる。たぶん、魔法陣の一部が断線してるか……」
壁面の魔法陣を、指でなぞっていく。
あった。
魔法陣の一部——誠司の感覚では「配線」に相当する部分——にひび割れがある。そこから魔力が漏れ出しているのだ。
「これを塞げば……」
しかし、どうやって? 魔法陣を描くための「インク」は、特殊な素材で作られているらしい。誠司にはそんなものはない。
「代用品を探すしかないか」
誠司は機械置き場に戻り、使えそうな素材を探した。
見つけたのは、古い魔導核の欠片だった。青い結晶の、小さな破片。これを砕いて粉にし、油と混ぜれば、即席のインクになるかもしれない。
試してみる価値はあった。
誠司は作業を開始した。
結晶を砕く。細かい粉になるまで。油と混ぜる。ちょうど良い粘度になるまで調整する。それを、細い金属片の先につけて、魔法陣のひび割れ部分に塗り込む。
「……よし」
塗り終えて、誠司は一歩下がった。
さて、これで動くだろうか。
誠司は魔導核に再び手を触れ、意識を集中させた。
「動け……」
何も起きない。
「……動いてくれ」
やはり、何も。
誠司は舌打ちした。そう簡単にはいかないか。魔力の制御には、この世界特有の技術が必要なのだろう。前世の知識だけでは、限界がある。
しかし——
「待てよ」
誠司は、魔導核の振動に変化があることに気づいた。
さっきより、わずかに強くなっている。
「修理は、成功してるのか……?」
魔力の漏れは止まった。しかし、機械を動かすには、何か別のトリガーが必要らしい。
「昇降士」の力が、それに当たるのだろう。魔力で機械を制御する技術。誠司にはそれがない。
「くそ……あと一歩なのに」
誠司は拳を握りしめた。
しかし、その時だった。
背後で、声がした。
「……お前、何をしている」
振り向くと、入り口に人影が立っていた。
子供だった。誠司——セイジ——と同じくらいの年齢の、痩せた少女。汚れた服を着て、裸足で立っている。しかし、その目は鋭かった。
「ここは立ち入り禁止だぞ。見つかったら、殺されるかもしれない」
「……お前こそ、なぜここにいる」
少女は、誠司を睨んだ。
「私は……いつもここに隠れてるんだ。誰も来ないから」
「隠れてる?」
「……関係ないだろ」
少女は警戒心を露わにしている。誠司は両手を上げて、敵意がないことを示した。
「俺はセイジ。機械置き場の管理を任されてる。お前は?」
「……ミラ」
「ミラか。俺は、この昇降機構を直そうとしてたんだ」
「直す?」
少女——ミラ——の目が、かすかに変わった。
「お前、直せるのか。これを」
「……分からない。でも、さっき修理してみた。魔力の漏れは止まったと思う」
「本当か」
ミラは、誠司を押しのけて魔導核に手を触れた。目を閉じて、何かを感じ取っているようだ。
「……確かに、前よりましになってる。でも、これだけじゃ動かない」
「魔力を流す必要があるんだろ? 俺には、その力がない」
ミラは目を開けて、誠司を見た。
「私にはある」
「え?」
「私は……昇降士の血を引いてる。母が、元は昇降士だったんだ」
誠司は息を呑んだ。
「じゃあ、お前が動かせるのか」
「……分からない。訓練を受けたことがないし、魔力も弱い。でも」
ミラは昇降機構を見上げた。
「ずっと、これを動かしたいと思ってた。動かせたら、ここから出られる。上に行ける」
誠司は、ミラの横顔を見つめた。
最下層で生きる少女。昇降士の血を引きながら、その力を発揮する機会もなく。汚れた服と裸足で、廃棄された機械の中に隠れている。
「……協力しないか」
誠司は言った。
「俺が機械を直す。お前が魔力を流す。二人なら、できるかもしれない」
ミラは誠司を見つめた。
「なぜ、私を信じる」
「信じてるわけじゃない。でも、一人じゃ無理だ。お前も、一人じゃ無理だろ」
しばらくの沈黙。
やがて、ミラは小さく頷いた。
「……分かった。やってみる」
二人は、魔導核の前に立った。
誠司は機械の状態を最終確認し、ミラに頷いた。
「準備はいい」
ミラは深呼吸をして、魔導核に両手を当てた。
目を閉じ、集中する。彼女の手から、かすかな青い光が漏れ始めた。
その光が、魔導核に流れ込んでいく。
魔法陣が、淡く輝き始めた。
「動いて……お願い、動いて……」
ミラの呟きが、祈りのように響く。
そして——
ガコン、と音がした。
昇降機構が、震えた。
錆びついた歯車が、ゆっくりと回り始める。ワイヤーが緊張し、かごが軋む。
「動いた……!」
誠司は目を見開いた。
昇降機構は、何百年ぶりかの目覚めを果たそうとしていた。
しかし、次の瞬間——
「誰だ、そこにいるのは!」
鋭い声と共に、複数の足音が近づいてきた。
監視の兵士だ。
ミラが誠司の腕を掴んだ。
「逃げよう」
二人は走り出した。昇降機構は再び沈黙し、暗闇の中に取り残された。
しかし、誠司の胸には確信があった。
「動いた」
前世の技術が、この世界でも通用する。
昇降機構は、直せるのだ。
最下層から這い上がる道が、見え始めていた。




