第二十一章 因縁の決着
短剣が、誠司の顔のすぐ横を掠めた。
誠司は、後ろに跳んで躱した。しかし、黒沢は追撃してくる。
「死ね、高森!」
短剣が振り下ろされる。誠司は腕でガードした。刃が、腕を切る。血が飛び散る。
「くそ——」
誠司は、周囲を見回した。武器になりそうなものはない。素手で、武装した相手と戦わなければならない。
「お前は、いつもそうだった」
黒沢が言った。
「逃げて、躱して、誤魔化して——正面から戦おうとしない」
「違う。俺は——」
「俺は前の世界で、お前を鍛えてやろうとした。厳しく接して、成長させようとした。それを、お前はパワハラだと言った」
「違う。お前がやったのは——」
「黙れ!」
黒沢が、再び斬りかかってきた。
誠司は躱しながら、考えた。
このまま逃げ続けても、いずれ追い詰められる。反撃の手段を見つけなければ——
その時、誠司は足元に何かがあることに気づいた。
工具だ。昇降路で使った工具が、まだポケットに残っていた。
「これなら——」
誠司は工具を取り出し、黒沢に向かって投げた。
「何を——」
黒沢が工具を避ける。その隙に、誠司は距離を取った。
「俺は、お前と同じ土俵で戦うつもりはない」
誠司は言った。
「俺は昇降士だ。昇降士のやり方で、戦う」
「何を——」
誠司は、世界の心臓に手を触れた。
「心臓よ——力を貸してくれ」
心臓が、強く脈動した。その光が、誠司の身体に流れ込む。
「何をしている——」
「昇降機構の原理を、使う」
誠司は、空間全体に意識を広げた。
この空間には、古代の昇降機構が組み込まれている。世界の心臓を中心に、様々な装置が配置されている。それを——
「動かす」
誠司の意志に応じて、空間が動き始めた。
床が傾き、壁が移動し、天井から鎖が降りてくる。古代の昇降機構が、数百年ぶりに動作を始めた。
「何だ、これは——」
黒沢が、バランスを崩した。傾いた床の上で、足を滑らせる。
「昇降機構の仕組みを知っているのは、俺だ。この空間で、俺に勝てると思うな」
誠司は、さらに機構を操作した。
壁から突き出した金属の腕が、黒沢の武器を弾き飛ばす。床から伸びた柱が、黒沢の足を払う。
「くそ——」
黒沢が転倒した。
誠司は、黒沢の上に立った。
「終わりだ、黒沢」
「……殺すのか」
「殺さない。お前を裁くのは、この世界の法だ」
誠司は、黒沢を拘束するために、鎖を操作した。
しかし、その瞬間——
黒沢が、隠し持っていたもう一本の短剣を取り出した。
「甘いんだよ、高森!」
黒沢が、誠司に向かって短剣を突き出した。
誠司は、反射的に身体を捻った。短剣は、誠司の脇腹を掠めた。
「うっ——」
しかし、誠司の反撃は速かった。
「これで——終わりだ」
誠司は、昇降機構を操作した。床の一部が開き、その下に——昇降路の縦穴が現れた。
黒沢は、その穴の縁に立っていた。
「まさか——」
「落ちろ」
誠司は、黒沢の足元の床を、さらに傾けた。
黒沢が、バランスを失った。
「高森——」
黒沢の身体が、穴に向かって落ちていく。
「うわあああああ——」
叫び声が、縦穴の中に消えていった。
誠司は、穴の縁に立って、下を見た。
暗闘の中に、何も見えない。数百メートルの落下——生存は、不可能だろう。
「終わった——」
誠司は、その場に座り込んだ。
脇腹の傷から、血が流れている。腕の傷も、痛む。しかし、致命傷ではない。
「黒沢——」
誠司は、暗闘を見つめた。
憎むべき相手だった。前世で誠司を追い詰め、この世界で戦争を引き起こした男。しかし——
「お前も、苦しんでいたんだな」
誠司は呟いた。
認められたい。上に立ちたい。その渇望が、黒沢を歪めた。
誠司にも、理解できる部分があった。認められない苦しみ、見下される屈辱——それは、誠司も経験したことだ。
しかし、誠司と黒沢は、別の道を選んだ。
誠司は、人を支える道を。
黒沢は、人を踏みにじる道を。
その結果が、今日の結末だ。
「さようなら、黒沢」
誠司は立ち上がった。
まだ、やるべきことがある。
世界の心臓を、安全に封印しなければならない。そして、戦争を終わらせなければならない。
誠司は、世界の心臓に向き直った。
「頼む——この世界を、救ってくれ」
心臓が、応えるように脈動した。




