第二十章 HHKの真実
光が収まったとき、誠司は世界の心臓の前に立っていた。
周囲の状況が、変わっていた。兵士たちは、光に当てられて気を失っている。黒沢も、床に倒れていた——ただし、まだ意識はあるようだ。
「これは——」
誠司は、世界の心臓を見上げた。
結晶体は、さっきよりも強く輝いていた。そして、その光の中に——
映像が見えた。
別の世界の映像だ。高層ビル、車、舗装された道路——前世の世界だ。
「前の世界が——見える」
世界の心臓は、二つの世界を繋いでいた。今、誠司の目の前で、その接続が可視化されている。
「だから、俺はこの世界に来たのか——」
世界の心臓を通じて、前世の誠司の魂が、この世界に転生した。HHKという言葉が両方の世界に存在するのも、この接続のためだ。
心臓の表面に、文字が浮かび上がった。
古代の文字だが、誠司には読めた。心臓と繋がったことで、その知識が流れ込んできたのだ。
「『HHKとは、世界を繋ぐ儀式なり。解くことで封印を破り、開くことで境界を越え、繋ぐことで二つの世界を一つとする。これを成し遂げた者は、世界の橋となり、両方の世界に影響を与えることができる』——」
誠司は理解した。
HHK——解く、開く、繋ぐ。
それは、救出の手順ではなかった。世界を繋ぐ儀式だった。
しかし、前世で誠司が学んだHHK——外す、広げる、壊す——も、本質は同じだ。
外すことで障害を取り除き、広げることで道を作り、壊すことで壁を越える。
「閉じ込められた人を救出する手順——それは、閉じ込められた世界を解放する手順でもあったんだ」
古代文明は、前世の世界と繋がっていた。そして、彼らの知識は、前世の世界にも伝わっていた。エレベーターの救出手順として、形を変えて。
「だから、俺に分かったんだ——」
誠司がこの世界で昇降士として活躍できたのは、偶然ではない。前世で学んだ技術が、この世界の技術と本質的に繋がっていたからだ。
「高森——」
声が聞こえた。
黒沢が、立ち上がっていた。
「面白いことを言っているな」
「黒沢——」
「シュヴァルツだと言っているだろう」
黒沢は、よろめきながらも、誠司に近づいてきた。
「世界を繋ぐ儀式、か。それを、お前が完成させた」
「ああ」
「では、その力——俺によこせ」
黒沢が、手を伸ばした。世界の心臓に向かって。
しかし、光が弾いた。黒沢の手が、心臓に触れる前に跳ね返される。
「何だ——」
「心臓は、俺と繋がった。お前には、触れない」
誠司は言った。
「HHKの儀式を完成させたのは、俺だ。心臓の力は、俺にしか使えない」
黒沢の顔が、怒りに歪んだ。
「ふざけるな——俺は、この力を手に入れるために、この世界に来た。前の世界で、お前のような下っ端に邪魔されて——死んで——この世界で、やり直すチャンスを得た。今度こそ、全てを手に入れる——それが、俺の——」
「お前は、間違っている」
誠司は、静かに言った。
「何?」
「お前は、『上に立つ』ことばかり考えている。人を見下し、支配し、利用することが、『上に立つ』ことだと思っている」
「違うとでも言うのか」
「違う」
誠司は、世界の心臓を見上げた。
「上に立つってのは、下を支えることだ。自分より下にいる人間を、守ること。助けること。それが、本当の意味で『上に立つ』ことだ」
「甘いことを——」
「甘くない。俺は、最下層から這い上がってきた。下層の人々の苦しみを知っている。だから、彼らを守りたいと思った。それが、俺がここまで来た理由だ」
誠司は、黒沢を見つめた。
「お前は、前の世界でも、この世界でも、人を踏みにじってきた。部下をパワハラで追い詰め、民を戦争で苦しめた。それで、『上に立った』つもりでいる」
「……何が言いたい」
「お前は、何も支えていない。だから、お前の足元は空っぽだ。どれだけ高く登っても、土台がなければ——」
「黙れ!」
黒沢が叫んだ。
「お前に、俺の何が分かる! 俺は——俺は——」
黒沢の目から、涙が溢れた。
「俺は、前の世界で、何も持っていなかった。才能もなく、コネもなく、ただ必死で働いて——それでも、誰にも認められなかった。だから——」
「だから、他人を踏みにじることで、自分を上げようとした」
「……黙れ」
「お前の気持ちは、分からなくもない。俺も、前の世界では、認められなかった。お前に蔑まれ、見下され——でも」
誠司は、一歩前に出た。
「だからこそ、俺は決めたんだ。この世界では、誰かを見下すんじゃなくて、誰かを支える人間になろうって」
黒沢は黙っていた。
「お前にも、やり直すチャンスはあった。この世界で、新しい人生を始めるチャンスが。でも、お前は同じことを繰り返した」
「……」
「もう遅いかもしれない。でも——」
誠司は、手を差し出した。
「降りろ、黒沢。これ以上、人を傷つけるな」
黒沢は、誠司の手を見つめた。
長い沈黙。
そして——
「断る」
黒沢は、懐から短剣を取り出した。
「俺は、誰にも頭を下げない。それが、俺だ」
黒沢が、誠司に斬りかかった。




