第十九章 垂直の死線
昇降路の中を、誠司は登り続けた。
エルドリンと別れてから、すでに数時間が経っていた。腕は限界に近づき、足は何度もつりそうになった。しかし、止まるわけにはいかない。
「あと少し——」
上を見上げると、光が強くなっていた。最上層が、近づいている。
しかし、その時——
「止まれ」
声が響いた。
誠司は、梯子にしがみついたまま、声の方を見た。
上方の足場に、人影が立っていた。黒い服を着た、武装した男たち。敵の兵士だ。
「追いついてきたか——」
誠司は舌打ちした。
「降りてこい。抵抗すれば、殺す」
兵士が命令する。
誠司は考えた。ここで捕まれば、全てが終わる。しかし、戦う手段もない。武器は持っていない。
「……どうする」
その時、誠司は周囲を見回した。
昇降路の壁面に、配管が走っている。その中に、一本だけ、違う色のものがあった。
「あれは——」
ガス配管だ。古いタイプの、可燃性ガスを通す配管。今は使われていないはずだが、内部に残留ガスがあるかもしれない。
「賭けだ——」
誠司は、懐から工具を取り出した。
「何をしている。動くな」
兵士が叫ぶ。
誠司は工具を振り上げ、ガス配管を叩いた。
ガン、という音と共に、配管に穴が開いた。
シューッ、という音。ガスが漏れ出している。やはり、残留ガスがあった。
「何を——」
兵士たちが、異変に気づいた。
誠司は、ガルドからもらった魔導核を取り出した。
「悪いな——」
誠司は、魔導核を起動させ、ガスに向かって投げた。
魔導核が光り、熱を発する。
そして——
爆発。
昇降路の中が、炎と煙に包まれた。
爆発の衝撃で、誠司の身体が吹き飛ばされた。
必死で何かに掴まる。手が、壁面の突起を捉えた。
「くそ——」
煙の中で、咳き込みながら、状況を確認する。
兵士たちは、吹き飛ばされていた。少なくとも、すぐには追ってこれないだろう。
「今のうちに——」
誠司は、再び登り始めた。
爆発で傷を負っていた。腕には火傷、足には切り傷。しかし、構っている余裕はない。
「動け……動け……」
自分に言い聞かせながら、一段ずつ登っていく。
やがて、光が強くなった。
「着いた——」
誠司は、最上層の入り口に到達した。
昇降路の終点には、大きな扉があった。古代文明の紋章が刻まれている。世界の心臓への、入り口だ。
誠司は扉に手をかけた。
重い。しかし、動く。
ギギギ……と、扉が開いていく。
その向こうには——
「これが——」
誠司は、息を呑んだ。
巨大な空間が広がっていた。天井は遥か高く、壁面には無数の魔法陣が刻まれている。そして、その中心に——
心臓があった。
巨大な、脈動する結晶体。青白い光を放ち、規則的にパルスを発している。まるで、本物の心臓のように。
「世界の心臓——」
誠司は、ゆっくりと近づいた。
心臓の周囲には、三つの祭壇があった。それぞれの祭壇に、複雑な魔法陣が描かれている。
「三つの扉——」
エルドリンの言葉を思い出す。
第一の扉、第二の扉、第三の扉。それぞれを開くことで、心臓は起動する。
「まずは、第一の扉——『解放』」
誠司は、最初の祭壇に向かった。
魔法陣を観察する。複雑な図形だが、パターンはある。管制核で学んだ知識が、ここで役に立つ。
「この順序で、活性化させる——」
誠司は、魔法陣の各部分を、順番に触れていった。
触れるたびに、その部分が光り始める。一つ、二つ、三つ——
全ての部分が光った瞬間、祭壇全体が輝いた。
「第一の扉、開放——」
心臓が、一段と強く脈動した。
「次は、第二の扉——『開門』」
誠司は、二番目の祭壇に向かった。
この祭壇は、第一のものより複雑だった。魔法陣が二重、三重に重なっている。
「二つの世界の境界を薄くする——」
誠司は集中した。
エルドリンの説明を思い出す。「開門」の儀式は、二つの世界のエネルギーを同期させることで成立する。そのためには——
「俺自身が、二つの世界の接点になればいい」
誠司は、祭壇に両手を置いた。
前世の記憶と、この世界での経験。両方を、意識の中で融合させる。
高森誠司——エレベーター保守員。
セイジ——異世界の昇降士。
二つの存在が、一つになっていく。
「開け——」
誠司の身体から、光が溢れ出した。その光が、祭壇の魔法陣に流れ込む。
二番目の祭壇が、輝き始めた。
「第二の扉、開放——」
心臓の脈動が、さらに強くなった。空間全体が振動している。
「あと一つ——『結合』」
誠司は、三番目の祭壇に向かった。
しかし、その時——
「待て」
声が響いた。
誠司は振り向いた。
入り口に、男が立っていた。
黒沢——シュヴァルツだった。
「やはり、お前か」
黒沢は、ゆっくりと近づいてきた。
「俺の部下を出し抜いて、ここまで来るとは。成長したな、高森」
「黒沢——」
「シュヴァルツだ。この世界では、そう呼べ」
黒沢は、世界の心臓を見上げた。
「素晴らしい。これが、世界の心臓か。これを手に入れれば——」
「手に入れさせない」
「どうやって止める。お前は丸腰だ。俺には、軍がいる」
黒沢の背後から、武装した兵士たちが現れた。十人、二十人——昇降路を登ってきたのだろう。
「お前の旅は、ここで終わりだ」
黒沢が笑った。
誠司は、拳を握りしめた。
絶体絶命の状況。しかし、諦めるわけにはいかない。
「まだだ——」
誠司は、三番目の祭壇を見た。
「あと一つ、開ければ——」
「やらせると思うか」
黒沢が手を上げた。兵士たちが、武器を構える。
「撃て」
しかし、誠司は動いた。
三番目の祭壇に向かって、走る。
背後から、矢や魔法が飛んでくる。一つが肩を掠め、一つが足を掠める。しかし、止まらない。
「止まれ!」
黒沢が叫ぶ。
誠司は、祭壇に飛びついた。
両手を祭壇に叩きつける。
「結べ——」
誠司の意志が、祭壇に流れ込む。
三番目の祭壇が、輝き始めた。
「第三の扉——」
「やめろ!」
黒沢が駆け寄ってくる。
しかし、遅かった。
「開放——」
世界の心臓が、目覚めた。
巨大な光が、空間を満たした。
誠司も、黒沢も、兵士たちも、その光に包まれた。
そして——




