第十七章 昇降士の誇り
戦闘開始から三日が経った。
ヴェルディアの軍勢は、予想以上の速さで塔を上昇していった。下層はすでに制圧され、中層の一部も敵の手に落ちていた。
「このままでは、あと二日で中層全体が——」
ガルドが、作戦会議で報告した。
「守備軍は奮戦しているが、数が違いすぎる。撤退戦を続けながら、住民を上層へ避難させるしかない」
誠司は、会議に参加していた。管制塔の技術顧問として、昇降機構の運用について意見を求められたのだ。
「昇降機構の状態は?」
「復旧は続けていますが、敵の妨害も激しい。現在、稼働しているのは全体の六十パーセント程度です」
「六十パーセント……それで、住民の避難は間に合うのか」
「正直、厳しいです。特に、下層の住民は——」
誠司は言葉を詰まらせた。
下層の住民。老人、子供、病人。彼らの多くは、まだ避難できていない。昇降機構が足りず、順番待ちの状態が続いている。
「何とかできないのか」
「方法はあります」
誠司は立ち上がった。
「昇降機構の運用を、最適化します。現在は、各施設がバラバラに運用していますが、それを一元管理すれば、効率が上がります」
「一元管理?」
「管制塔から、全ての昇降機構を制御します。避難する住民の数と、各昇降機構の容量を計算して、最も効率の良い配分を行います」
「それは——」
「可能です。管制核の機能を使えば」
誠司は、会議室の全員を見回した。
「昇降士の皆さんにも、協力をお願いします。各自の担当区域で、住民を昇降機構まで誘導してください。輸送は、管制塔が管理します」
会議室が、ざわめいた。
「そんなこと、できるのか」
「前例がない」
「しかし——」
「やるしかありません」
誠司は言い切った。
「時間がないんです。今、行動しなければ、多くの人が取り残される。俺たちにできることを、全部やりましょう」
しばらくの沈黙の後、ガルドが口を開いた。
「やろう。セイジの計画に従う」
「ガルドさん——」
「お前の判断を信じる。今まで、お前は結果を出してきた。今回も、やれるはずだ」
他の昇降士たちも、頷いた。
「俺たちも協力する」
「昇降士の誇りにかけて、住民を守る」
誠司は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。では、作戦を開始します」
避難作戦が始まった。
誠司は管制塔で、全体の指揮を執った。管制核が映し出す映像を見ながら、各昇降機構に指示を送る。
「第三区画の昇降機構、右ルートへ誘導。第五区画は、左ルートを使用」
「了解」
「第七区画、老人と子供を優先。健康な成人は、階段を使用」
「了解」
指示が、塔全体に広がっていく。各昇降士たちが、それに従って住民を誘導する。
効率は、確実に上がっていた。以前は、同じ昇降機構に人が集中して、待ち時間が発生していた。今は、分散させることで、待ち時間を最小限に抑えている。
「避難完了率、五十パーセント……六十パーセント……」
数字が、少しずつ上がっていく。
しかし、敵の進撃も止まらない。
「報告! 敵が、中層第二区画に到達しました!」
「まだ、そこには住民が——」
「すぐに昇降機構を回せ! 最優先で避難させろ!」
誠司は、必死で指示を出し続けた。
しかし、限界があった。昇降機構の数には、物理的な制約がある。いくら効率化しても、全員を救うことはできない。
「くそ——」
誠司は、拳を握りしめた。
「間に合わない——」
その時、通信が入った。
「セイジ。こちらミラ」
「ミラ! 状況は」
「中層第二区画にいる。まだ百人以上の住民が残っている。昇降機構は——」
「分かっている。今、最大限の機構を回している。でも——」
「間に合わないのは、分かっている」
ミラの声は、落ち着いていた。
「だから、私たちでやる」
「何?」
「昇降士たちで、住民を背負って階段を登る。昇降機構が使えないなら、人力でやるしかない」
「そんな——無茶だ」
「無茶でも、やるしかないだろう。座して待つより、行動した方がいい」
ミラの声には、決意が込められていた。
「私たちは昇降士だ。人を安全に運ぶのが、私たちの仕事だ。昇降機構がなくても——その仕事は、変わらない」
誠司は、言葉を失った。
「……分かった。気をつけろ」
「ああ。セイジも、頑張れ」
通信が切れた。
誠司は、管制核の映像を見つめた。中層第二区画で、小さな光が動いている。昇降士たちが、住民を背負って階段を登っているのだ。
「昇降士の誇り、か——」
誠司は呟いた。
この世界の昇降士たちは、誠司が思っていたより、はるかに強かった。技術だけでなく、心も。
「俺も、負けていられない」
誠司は、作業に戻った。
一人でも多くの住民を救うために。
避難作戦は、丸一日続いた。
その間、誠司はほとんど休むことなく、指揮を続けた。目は血走り、声は枯れた。しかし、手を止めることはできなかった。
「避難完了率、九十パーセント——」
ようやく、ゴールが見えてきた。
「あと少しだ。最後まで——」
しかし、その時、新たな報告が入った。
「報告! 敵が、管制塔に向かっています!」
「何だと!」
「先遣部隊が、中層を突破しました。管制塔を直接攻撃する気です」
誠司は、窓の外を見た。
遠くに、敵の軍勢が見える。こちらに向かって、進軍している。
「まずい——」
管制塔が落ちれば、昇降機構の制御権を失う。避難作戦は、失敗に終わる。
「守備軍は——」
「交戦中ですが、数が——」
「分かった」
誠司は、決断した。
「避難作戦を続行する。最後の一人が避難するまで、管制塔を守る」
「しかし——」
「俺が、ここに残る。皆は、避難を続けろ」
誠司は、スタッフたちを見回した。
「俺一人でも、管制核は動かせる。最後まで、やり遂げる」
スタッフたちは、顔を見合わせた。
そして——
「俺も残る」
一人が言った。
「俺も」
「私も」
次々と、声が上がった。
誠司は、驚いた。
「お前たち——」
「セイジ一人に任せられるか。俺たちも、昇降士だ」
「最後まで、一緒に戦う」
誠司は、胸が熱くなるのを感じた。
「……ありがとう」
管制塔の防衛戦が始まった。
守備軍と、残った昇降士たちが、敵の進撃を食い止める。誠司は、その間も避難の指揮を続けた。
「避難完了率、九十五パーセント……九十八パーセント——」
敵が、管制塔の入り口に到達した。
「突破される!」
「もう少しだ——頼む、あと少し——」
「避難完了率、九十九パーセント——」
爆発音が響いた。管制塔の扉が、吹き飛んだ。
「百パーセント! 避難完了!」
誠司は叫んだ。
「全員、退避! 管制塔を放棄する!」
昇降士たちが、非常口から脱出していく。誠司は、最後まで管制核の前に残った。
「……ありがとう」
誠司は、管制核に手を触れた。
「お前のおかげで、多くの人が救えた」
そして、誠司も脱出した。
管制塔の外に出ると、煙が立ち込めていた。戦闘の音が、あちこちから聞こえる。
「セイジ!」
ミラが駆け寄ってきた。
「無事か」
「ああ。お前も——」
「何とかな。住民は、全員避難させた」
誠司は、安堵の息をついた。
「良かった——」
「でも、管制塔は——」
「落ちた。敵の手に」
誠司は、管制塔を振り返った。敵の旗が、掲げられている。
「これで、昇降機構の制御権は——」
「敵に奪われた。でも——」
誠司は、ミラを見た。
「俺たちは、まだ負けていない。住民を守った。それが、俺たちの勝利だ」
ミラは頷いた。
「そうだな。昇降士の仕事は、果たした」
二人は、上層へと向かった。
戦いは、まだ終わっていない。しかし、この日の戦いで、誠司は大切なものを守った。
「俺たちの仕事は、人を安全に運ぶことだ」
その言葉を、誠司は胸に刻んだ。




