第十六章 戦争の足音
その日は、突然やってきた。
早朝、管制塔に緊急の警報が鳴り響いた。誠司が駆けつけると、スタッフたちが慌ただしく動いていた。
「何があった」
「ヴェルディアだ。国境を越えて、侵攻を開始した」
誠司は息を呑んだ。
「戦争が——」
「始まった。しかも、最悪の形で」
管制核が映し出す映像を見て、誠司は言葉を失った。
塔の下層で、赤い光が点滅している。それも、一つや二つではない。数十、いや、百を超える赤い光が、次々と増えていく。
「昇降機構が、停止していく……」
「ヴェルディアの工作員だ。我々が対策する前に、一斉に攻撃を開始した」
誠司は、映像を凝視した。
下層から、赤い光が広がっていく。まるで、感染症が広がるように。一つの昇降機構が停止すると、その周囲の機構も連鎖的に停止していく。
「どういうことだ。なぜ、連鎖する——」
「分からん。しかし、このままでは——」
「塔の昇降機構が、全て停止する」
誠司は、管制核に手を触れた。
情報が流れ込んでくる。各昇降機構の状態、停止の原因、被害の規模——
「待て。これは——」
誠司は、あることに気づいた。
「制御信号だ。外部から、強制停止の信号が送られている」
「外部から?」
「ああ。管制核とは別の、何者かが——」
誠司は、信号の発信源を追跡した。
「……ヴェルディアの方向だ。おそらく、向こうにも管制核に相当するものがある。それを使って、塔の昇降機構を乗っ取ろうとしている」
「乗っ取る?」
「停止させるだけじゃない。最終的には、向こうの制御下に置こうとしている。そうすれば、塔は——」
「ヴェルディアのものになる」
アルドゥスの声が響いた。彼も、駆けつけていた。
「セイジ。対策はあるか」
「信号をブロックできれば、連鎖は止められます。でも、そのためには——」
「何が必要だ」
「各昇降機構の制御回路を、個別に書き換える必要があります。時間がかかります」
「時間はない」
アルドゥスは、窓の外を見た。
塔の下層から、煙が立ち昇っている。侵攻が始まっているのだ。
「戦闘も始まっている。ヴェルディアの軍勢が、下層に侵入した」
「下層の住民は——」
「避難している。しかし、昇降機構が停止しているため、上層への移動ができない。徒歩で階段を登るしかない状態だ」
誠司は、拳を握りしめた。
下層の住民。老人、子供、病人——階段を登れない人々は、どうなるのか。
「何とかしなければ——」
「セイジ。お前にできることは、昇降機構の復旧だ。戦闘は、軍に任せろ」
「でも——」
「お前が前線に行っても、足手まといになるだけだ。お前の技術を、最大限に活かせる場所で戦え」
誠司は、アルドゥスの言葉を噛みしめた。
確かに、誠司は戦闘員ではない。剣も魔法も使えない。戦場に出ても、何の役にも立たない。
しかし——
「俺にしかできないことがある」
誠司は、管制核に向き直った。
「昇降機構を復旧させる。一基でも多く。それが、俺の戦い方だ」
作業を開始した。
外部からの制御信号をブロックするために、各昇降機構の制御回路を書き換える。単純な作業だが、数が膨大だ。一基ずつ、手作業で行う必要がある。
「間に合うか——」
誠司は、必死で作業を続けた。
一基、二基、三基——復旧した昇降機構が、少しずつ増えていく。しかし、それを上回るペースで、新たな機構が停止していく。
「くそ——」
誠司は歯を食いしばった。
このままでは、いたちごっこだ。根本的な対策が必要だ。
「待てよ——」
誠司は、あることを思いついた。
「信号をブロックするんじゃなくて、信号を上書きすればいい」
「上書き?」
「管制核から、強制復旧の信号を送る。敵の停止信号より強い信号を送れば、昇降機構は復旧するはずだ」
「しかし、管制核の出力は——」
「足りない。分かっている。でも——」
誠司は、管制核を見上げた。
「修復作業は、まだ途中だ。本来の出力を取り戻せば、敵の信号を上書きできる」
「しかし、そのためには——」
「残りのひび割れを、全て修復する。今すぐに」
誠司は、修復作業に取りかかった。
通常なら、数週間かかる作業だ。しかし、今は時間がない。
「手順を省略する。精密な修復は後回しだ。とにかく、出力を上げることだけに集中する」
誠司は、残りのひび割れに、即席の補修材を塗り込んでいった。完璧な修復ではない。しかし、一時的に出力を上げることはできるはずだ。
「あと三つ……二つ……一つ——」
最後のひび割れを塞いだ瞬間、管制核が強く輝いた。
「出力、上昇中!」
スタッフが叫んだ。
「七十パーセント……八十パーセント……九十パーセント——」
「強制復旧信号、発射準備!」
誠司は、管制核に手を触れた。
「頼む——」
管制核から、強力な信号が発射された。
塔全体に、その信号が広がっていく。敵の停止信号を押し退けて、昇降機構に復旧命令を送り込む。
「復旧開始! 下層の昇降機構が、次々と——」
「動き始めた!」
スタッフたちが歓声を上げた。
管制核の映像を見ると、赤い光が緑に変わっていく。停止していた昇降機構が、一基、また一基と復旧していく。
「これで——」
しかし、誠司は安堵していなかった。
「一時的な措置だ。敵が、より強い信号を送ってきたら——」
「また停止する、か」
アルドゥスが言った。
「ああ。でも、時間は稼げた。この間に、住民を避難させる」
誠司は、通信装置を手に取った。
「全ての昇降士に告ぐ。昇降機構が復旧した。今のうちに、下層の住民を上層へ避難させろ。時間は限られている。急げ」
通信が、塔全体に広がっていった。
下層では、戦闘が続いていた。
ヴェルディアの軍勢は、塔の最下層から侵攻を開始し、一階層ずつ制圧していった。抵抗する塔の守備軍を蹴散らしながら、上へ、上へと進んでいく。
「この調子なら、三日で中層まで到達できる」
軍を指揮しているのは、シュヴァルツ——黒沢だった。
彼は、戦況を見渡しながら、満足げに笑った。
「昇降機構の停止作戦は、予定通りだ。あとは、このまま押し上げるだけだ」
「伯爵。報告があります」
部下が駆け寄ってきた。
「何だ」
「昇降機構が、復旧しました」
「……何だと」
黒沢の表情が変わった。
「どういうことだ。停止信号は、送り続けているはずだが」
「敵が、より強い信号で上書きしたようです。管制塔からの信号が——」
「管制塔、か」
黒沢は、塔の上層を見上げた。
「誰がやった。誰が、管制塔を動かした」
「分かりません。しかし——」
「高森だ」
黒沢は確信していた。
「あの男だ。管制塔に入り込んで、何かやったんだ」
黒沢は、歯を食いしばった。
「面白い。前の世界でも、この世界でも、俺の邪魔をするか」
「伯爵。どうされますか」
「計画を変更する。管制塔を、優先目標に加えろ。あそこを落とせば、昇降機構の制御権を完全に奪える」
「了解しました」
黒沢は、戦場を見渡した。
「高森。お前との決着は、この戦争でつける。楽しみにしていろ」




