第十五章 世界の心臓
管制核の修復作業が順調に進む中、誠司は管制塔の最深部で、ある発見をした。
それは、古代文明の記録庫をさらに奥へ進んだ場所にあった。通常は立ち入りが禁止されている区画だが、修復作業のために特別な許可を得ていた誠司は、そこに足を踏み入れることができた。
「ここは……」
狭い通路の先に、小さな部屋があった。壁には、見たこともない複雑な魔法陣が刻まれている。そして、部屋の中央には——
石碑があった。
古い石碑だ。表面には、風化した文字が刻まれている。誠司には読めない文字だったが、その下に、図形が描かれていた。
「これは……」
誠司は、その図形に見覚えがあった。
塔の断面図だ。最下層から最上層まで、全ての階層が描かれている。そして、最上層の頂点に——
「何か、ある」
最上層の頂点に、心臓のような形をした装置が描かれていた。その周囲には、放射状に伸びる線。管制核と同じような構造だが、規模が違う。管制核が「脳」だとすれば、これは「心臓」だ。
誠司は、アルドゥスを呼んだ。
「これを見てください」
アルドゥスは、石碑を見て息を呑んだ。
「……これは」
「知っていますか」
「伝説だと思っていた。『世界の心臓』——塔の最上層に眠る、古代文明の最高傑作。しかし、実在を示す証拠は、これまで見つかっていなかった」
「世界の心臓?」
「そうだ。古い文献には、こう記されている。『世界の心臓を起動すれば、世界を救うことも、滅ぼすこともできる』と」
誠司は、石碑をじっと見つめた。
「具体的には、何ができるんですか」
「分からん。伝説では、天候を操る、大地を動かす、あらゆるものを創造し破壊する——そのような力があるとされている。しかし、真偽は不明だ」
誠司は、石碑の文字を指さした。
「これ、読めますか」
アルドゥスは、目を細めて文字を読み始めた。
「『……心臓を目覚めさせるには、三つの儀式を経なければならない。第一に、封印を解く。第二に、扉を開く。第三に、世界を繋ぐ。これらを成し遂げた者のみが、心臓の力を手にすることができる』」
「三つの儀式……」
誠司は、何かを思い出しかけていた。
「『解く』『開く』『繋ぐ』……」
「どうした」
「いえ、何か……どこかで聞いたような——」
その時、誠司の脳裏に、ある言葉が浮かんだ。
HHK。
外す(Hazusu)、広げる(Hirogeru)、壊す(Kowasu)。
前世で叩き込まれた、閉じ込め救出の三原則。
しかし——
「解く」「開く」「繋ぐ」。
これもまた、「H」「H」「K」で始まる言葉だ。
「まさか……」
誠司は、石碑を見つめた。
偶然の一致だろうか。それとも——
「アルドゥスさん。この儀式について、もっと詳しい記録はありますか」
「分からん。しかし、記録庫を調べれば、何か見つかるかもしれない」
二人は、記録庫を調べ始めた。
何時間もかけて、古い文献を読み漁った。そして、ようやく、関連する記述を見つけた。
「これだ」
アルドゥスが、古い巻物を広げた。
「『世界の心臓を起動する儀式、その名をHHKと呼ぶ。Hは"解放(Hōshutsu)"、Hは"開門(Kaimon)"、Kは"結合(Ketsugō)"を意味する。この三つの工程を経ることで、心臓は目覚め、世界と世界を繋ぐ力を発揮する』」
誠司は、目を見開いた。
「世界と世界を繋ぐ……」
「そうだ。古代文明は、この塔を使って、異なる世界を繋ごうとしていたらしい。世界の心臓は、そのための装置だった」
誠司の心臓が、激しく鼓動した。
異なる世界を繋ぐ。
それは——
「俺が、この世界に来た理由……」
「何だと?」
「いえ、何でもありません」
誠司は、考えを整理しようとした。
前世と、この世界。
二つの世界は、何らかの形で繋がっている。誠司が転生したのも、黒沢が転生したのも、偶然ではないのかもしれない。
「世界の心臓」が、二つの世界を繋いでいる。
そして、「HHK」という言葉が、両方の世界に存在する。
「……偶然じゃない」
誠司は呟いた。
「何が偶然じゃないのだ」
「アルドゥスさん。俺は、この世界の生まれじゃありません」
「……知っている」
「え?」
「君の技術、知識、考え方——全てが、この世界の常識から外れている。最初から、君がどこか別の世界から来たのではないかと、疑っていた」
誠司は黙った。
「気にするな。君がどこから来たかは、重要ではない。重要なのは、君が今、この世界で何をするかだ」
「……ありがとうございます」
「それより、問題がある」
アルドゥスの表情が険しくなった。
「世界の心臓の存在が、敵に知られている可能性がある」
「敵に?」
「ヴェルディア帝国だ。彼らは、塔の技術を狙っている。もし、世界の心臓の存在を知れば——」
「手に入れようとする」
「そうだ。そして、彼らがそれを手に入れれば——」
「世界を滅ぼす可能性がある」
誠司は、拳を握りしめた。
黒沢——シュヴァルツ——が、この情報を持っているかどうかは分からない。しかし、彼が工作活動を指揮しているならば、遅かれ早かれ、知ることになるだろう。
「守らなければならない」
「その通りだ。しかし、世界の心臓は最上層にある。我々の手が届く場所ではない」
「なぜですか」
「最上層は、王族と最高位の貴族しか立ち入ることができない。我々のような一般の昇降士には、許可が下りない」
誠司は考えた。
今の自分には、最上層に行く手段がない。しかし、いずれ必要になる時が来るかもしれない。その時のために、準備をしておく必要がある。
「世界の心臓について、もっと調べさせてください。起動方法、制御方法、そして——停止方法」
「停止方法?」
「もし、敵が世界の心臓を起動しようとした場合、それを止める方法が必要です」
アルドゥスは頷いた。
「賢明だ。調査を許可する。ただし、この情報は極秘だ。誰にも漏らすな」
「了解です」
誠司は、記録庫での調査を続けた。
世界の心臓について、少しずつ情報が集まっていった。
起動には、三段階の儀式——HHK——が必要だということ。
起動後は、術者の意志によって、様々な力を発揮できること。
しかし、制御を誤れば、暴走して世界を破壊する可能性があること。
そして、停止方法については——
「記録がない……」
誠司は、溜息をついた。
起動方法は詳細に記されているのに、停止方法は一切触れられていない。古代文明の人々は、停止することを想定していなかったのだろうか。
「あるいは——」
誠司は、ある可能性に思い当たった。
「一度起動したら、止められないのかもしれない」
それは、恐ろしい仮定だった。
しかし、考えてみれば、あり得る話だ。古代文明の人々が、世界を繋ぐために作った装置。一度繋がったものを、簡単に切り離すことはできないのかもしれない。
「だとしたら——」
起動させてはならない。誰にも。
少なくとも、その力の全容が分かるまでは。
誠司は、調査結果をまとめて、アルドゥスに報告した。
「停止方法は見つかりませんでした。おそらく、存在しないか、別の場所に保管されているか——」
「厄介だな」
「はい。もし敵が世界の心臓を起動しようとした場合、起動前に阻止するしかありません」
「そのためには——」
「最上層への立ち入り許可が必要です。いざという時に、すぐに動けるように」
アルドゥスは考え込んだ。
「難しい要求だ。しかし、状況を考えれば、必要かもしれない。上層部に掛け合ってみよう」
「お願いします」
誠司は、管制塔を後にした。
廊下を歩きながら、考えていた。
世界の心臓。HHK。二つの世界を繋ぐ装置。
そして、黒沢——シュヴァルツ。
彼が、この情報を手に入れたら、どうするだろうか。
「手に入れようとするに決まっている」
誠司は呟いた。
黒沢の性格を考えれば、「世界を支配できる力」を放っておくはずがない。彼は、必ず世界の心臓を狙ってくる。
そして、その時——
「俺が、止めなければならない」
誠司は、拳を握りしめた。
前世では、黒沢に負けた。この世界では、負けない。
世界の心臓を守る。それが、誠司の新しい使命になった。




