第十四章 遠隔監視システム
管制塔での調査が始まって一週間が経った。
誠司は毎日、管制核の前で何時間も過ごした。五感を研ぎ澄ませ、異常箇所を特定し、修復方法を検討する。地道な作業だったが、少しずつ成果が出始めていた。
「ひび割れの三箇所目、修復完了です」
誠司が報告すると、アルドゥスは満足げに頷いた。
「よくやった。機能の回復状況は?」
「監視範囲が、約二十パーセント拡大しました。下層の一部も、カバーできるようになっています」
「素晴らしい。このペースなら、あと一ヶ月で——」
「いえ、残りの四箇所は、より複雑です。単純な修復では対応できません。別のアプローチが必要です」
誠司は、管制核の内部構造図を広げた。
「この部分を見てください。ひび割れの原因は、単なる経年劣化ではありません。構造的な欠陥があります」
「構造的な欠陥?」
「はい。古代文明の設計者も、完璧ではなかったようです。特定の条件下で、結晶体にストレスがかかる構造になっています。それが、長い年月をかけて、ひび割れを引き起こした」
アルドゥスは、構造図を見つめた。
「……我々は、そのことに気づかなかった」
「魔力診断では、見えない部分だったのでしょう。でも、振動パターンを分析すれば、分かります」
誠司は、修復計画を説明した。
「構造的な欠陥を補強しながら、ひび割れを修復する必要があります。そのためには——」
「待て」
アルドゥスが手を上げた。
「君の計画は理解した。しかし、その前に、見せたいものがある」
アルドゥスは、誠司を管制塔の奥へと導いた。
そこには、巨大な扉があった。分厚い金属製で、複雑な魔法陣が刻まれている。
「この先は、管制塔の最深部だ。古代文明の記録が保管されている」
扉が開き、二人は中に入った。
そこは、図書館のような空間だった。壁一面に、石板や巻物、結晶体が並んでいる。全て、古代文明の記録だという。
「ここに、管制核の設計図がある」
アルドゥスは、一枚の石板を取り出した。
「これを見たまえ」
誠司は、石板を受け取った。
表面には、複雑な図形と文字が刻まれている。文字は読めないが、図形は——
「……これは」
誠司は息を呑んだ。
「管制核の設計図だ。しかし、君が見ているのは、それだけではないだろう」
「これは——遠隔監視システムの設計図です。俺が前世で見たものと、基本構造が同じだ」
中央の結晶体から、放射状に伸びる線。その線の先に、小さな点。点は、塔の各所に配置された昇降機構を表しているのだろう。
「古代文明は、塔全体の昇降機構をリアルタイムで監視していた。状態の異常を検知し、遠隔で制御することもできた」
「その通りだ。しかし、今は——」
「機能の大半が失われている。でも——」
誠司は、設計図をじっと見つめた。
「復旧できるかもしれません」
「何だと?」
「この設計図があれば、元の機能を推測できます。何が失われて、何が残っているか。それが分かれば、修復の方針が立てられます」
誠司は、石板を返した。
「もう少し、時間をください。この設計図を分析して、完全な修復計画を作成します」
アルドゥスは頷いた。
「頼んだぞ。君なら、できると信じている」
それから三日間、誠司は設計図の分析に没頭した。
古代文明の文字は読めないが、図形は理解できた。技術者の目で見れば、何を表しているかは分かる。
「やっぱり、基本構造は同じだ」
誠司は、分析結果をまとめながら呟いた。
中央の管制核は、サーバーに相当する。各所に配置された魔導核は、端末に相当する。両者を繋ぐ魔法陣は、ネットワーク回線に相当する。
「前世の遠隔監視システムと、ほぼ同じ構造だ。違うのは、電気の代わりに魔力を使っている点だけ」
つまり、前世の知識が応用できる。
「監視機能は、センサーと通信の組み合わせだ。センサーで状態を検知し、通信で中央に送る。中央で情報を集約し、異常があれば警告を発する」
「この世界では、魔導核がセンサーの役割を果たしている。魔法陣が通信回線。管制核が中央サーバー」
「機能が低下しているのは、通信回線——魔法陣——に問題があるからだ。管制核のひび割れだけでなく、各所の魔法陣も劣化している」
誠司は、修復計画を策定した。
まず、管制核のひび割れを全て修復する。これで、中央の処理能力が回復する。
次に、主要な通信回線——塔の幹線に相当する魔法陣——を修復する。これで、監視範囲が拡大する。
最後に、各端末——各所の魔導核——のメンテナンスを行う。これで、情報の精度が向上する。
「完全な復旧には、数ヶ月かかる。でも、部分的な復旧なら、もっと早くできる」
誠司は、計画書をアルドゥスに提出した。
「これが、修復計画です」
アルドゥスは、計画書を読み込んだ。
「……素晴らしい。これなら、実現可能だ」
「まずは、管制核の完全修復から始めます。それが終われば、監視機能の七十パーセントは回復するはずです」
「七十パーセント? それだけでも、革命的だ」
アルドゥスは立ち上がり、誠司の手を握った。
「セイジ。君は、この塔の歴史を変えるかもしれん」
「大げさですよ」
「いや、大げさではない。何百年も失われていた機能を取り戻す。それは、我々の社会を根本から変える可能性がある」
誠司は、窓の外を見た。
塔が、空に向かって聳えている。その中に、無数の人々が暮らしている。上層の貴族から、下層の労働者まで。
「監視機能が回復すれば、昇降機構の安全性が向上します。故障を早期に発見し、事故を未然に防げる。特に、下層の人々にとって——」
「そうだな。下層は、これまで監視の手が届かなかった。故障が起きても、発見が遅れ、対応が後手に回っていた」
「それが変わります。全ての昇降機構を、等しく監視できるようになる。上層も下層も、関係なく」
アルドゥスは、誠司を見つめた。
「君は、下層のことを気にかけているな」
「俺は、最下層の出身ですから」
「そうか……だから、君はここまで熱心なのだな」
誠司は頷いた。
「全ての人の命を、等しく守りたい。それが、俺の願いです」
「良い願いだ。その願いを、実現させよう」
修復作業が、本格的に始まった。
誠司は、管制塔のスタッフと協力しながら、一つ一つのひび割れを修復していった。作業は困難で、時間がかかったが、確実に成果は出ていた。
監視範囲は、日に日に拡大していった。下層の一部、そして最下層の一部も、カバーできるようになった。
「見えるようになった……」
誠司は、管制核が映し出す映像を見つめた。
塔全体の昇降機構が、光の点として表示されている。緑は正常、黄は注意、赤は異常。かつては、ほとんどが暗かった画面が、今は光に満ちている。
「まだ、完全ではない」
誠司は呟いた。
「でも、ここまで来た。あと少しだ」
その時、赤い光が点滅した。
「異常発生……下層の第七区画、昇降機構に重大な故障」
誠司は、すぐに対応を指示した。
「現場に技術者を派遣。俺も行く」
管制塔を出て、誠司は下層へと向かった。
遠隔監視システムが、初めて実際の異常を検知した。それは、システムが機能している証拠だった。
「点検は、命を守る仕事だ」
誠司は、走りながら呟いた。
前世で叩き込まれた言葉。この世界でも、その意味は変わらない。
昇降機構を守る。それは、人の命を守ること。
誠司は、その使命を胸に、下層へと急いだ。




