第十三章 管制塔の招聘
中層昇降士として三ヶ月が経った頃、誠司は思いがけない招集を受けた。
「管制塔から、お前に呼び出しがかかっている」
ガルドが、珍しく緊張した面持ちで言った。
「管制塔?」
「塔の中枢だ。全ての昇降機構を監視・制御するシステムの本拠地。古代文明が残した、最も重要な施設だ」
誠司は息を呑んだ。
管制塔——その名前は、何度か聞いたことがあった。塔全体の昇降機構を統括する組織。しかし、詳しいことは知らなかった。
「なぜ、俺が呼ばれるんですか」
「分からん。だが、管制塔からの招集は、無視できない。行け」
誠司は、管制塔へと向かった。
管制塔は、塔の中心部——他の施設から隔離された場所——にあった。通常の昇降機構ではアクセスできず、専用の通路を通って入る必要がある。
「高森セイジ様ですね」
入り口で、警備員に身分証を確認された。
「管制長がお待ちです。こちらへ」
誠司は、長い廊下を歩いた。壁には、複雑な魔法陣が刻まれている。青白い光が、かすかに脈動している。生きているような、不思議な感覚だった。
やがて、大きな扉の前に着いた。
「どうぞ、お入りください」
扉が開き、誠司は中に入った。
そこは、巨大な空間だった。
天井は高く、壁一面に巨大な魔法陣が描かれている。その中心に、水晶のような巨大な結晶体が浮かんでいる。結晶体は青く光り、無数の光の線が放射状に伸びている。
「ようこそ、管制塔へ」
声が響いた。
振り向くと、老人が立っていた。白い長衣を纏い、長い白髪を後ろに束ねている。目は深く、知恵と経験を湛えているようだった。
「私は、管制長のアルドゥスだ」
「高森セイジです。お呼びいただき、光栄です」
「堅苦しい挨拶は不要だ。君を呼んだのは、頼みがあるからだ」
アルドゥスは、中央の結晶体を指さした。
「あれを見たまえ。あれは、管制核——管制塔の心臓部だ。古代文明が残した遺産で、塔全体の昇降機構を監視・制御している」
誠司は、結晶体を見上げた。
「……あれが、全ての昇降機構を——」
「そうだ。しかし、問題がある」
アルドゥスの顔が曇った。
「管制核の機能の大半が、停止している。かつては塔全体の昇降機構をリアルタイムで監視できたが、今は中層の一部しか把握できない。制御機能に至っては、ほぼ完全に失われている」
「なぜ、停止したのですか」
「分からん。何百年も前から、徐々に機能が低下していった。我々の技術では、修復できなかった」
アルドゥスは誠司を見つめた。
「しかし、君なら違うかもしれない」
「俺、ですか」
「君の『五感の診断』——それは、我々の魔力診断とは異なるアプローチだ。我々が見落としている問題を、君なら発見できるかもしれない」
誠司は、管制核を見上げた。
巨大な結晶体。無数の魔法陣。古代文明の技術。
規模は違うが、基本的な構造は——
「……統合監視システム」
誠司は呟いた。
「何だって?」
「前世で——いえ、以前、似たようなシステムを見たことがあります。複数のエレベーターを一元管理する、遠隔監視システム。構造が、よく似ています」
アルドゥスの目が光った。
「やはり、君には何かがある。では、調査を頼めるか」
「やってみます。ただ、時間はかかるかもしれません」
「構わん。我々は、何百年も待った。あと数ヶ月くらい、何でもない」
誠司は、管制核に近づいた。
結晶体の表面に手を触れる。冷たい。しかし、かすかに振動を感じる。生きている——いや、動いている。
「……音がする」
誠司は耳を澄ませた。
低い振動音。複数の周波数が重なっている。その中に、不規則なノイズが混じっている。
「ここに、異常がある」
誠司は、結晶体の一部を指さした。
「見えませんか?」
「見えん。どこだ」
「ここです。結晶体の内部に、微細なひび割れがあります。そこから、エネルギーが漏れている。だから、機能が低下しているんです」
アルドゥスは目を見開いた。
「そんな——我々は何度も調査したが、そのようなひび割れは見つからなかった」
「魔力診断では、見えないのかもしれません。でも、音を聞けば分かります。ひび割れから漏れるエネルギーが、特定の周波数のノイズを発生させています」
誠司は、結晶体の周囲を歩き回りながら、他の異常箇所を特定していった。
「ここにも。ここにも。全部で——七箇所です。これらを修復すれば、機能はかなり回復するはずです」
アルドゥスは、しばらく黙っていた。
やがて、彼は深く頭を下げた。
「君は、我々が何百年も解けなかった謎を、わずか数分で解いた。感謝する」
「いえ、まだ修復はこれからです」
「それでも、原因が分かっただけで大きな進歩だ。修復の方法は、これから検討しよう」
アルドゥスは立ち上がり、誠司の肩に手を置いた。
「セイジ。君を、管制塔の技術顧問として迎えたい」
「技術顧問?」
「正式な管制官ではないが、技術的な助言を行う立場だ。報酬も、相応のものを用意する」
誠司は考えた。
管制塔の技術顧問——それは、塔の中枢に関わることを意味する。情報へのアクセスも増えるだろう。黒沢の工作活動への対抗策を考える上でも、有利になる。
「お受けします」
「ありがとう。では、明日から来てくれ。まずは、管制核の詳細な調査から始めよう」
誠司は管制塔を後にした。
廊下を歩きながら、誠司は考えていた。
管制塔——塔の中枢。そこに関われることになった。予想外の展開だが、悪くない。むしろ、願ってもない機会だ。
「これで、もっと上に行ける」
誠司は呟いた。
塔の秘密、古代文明の技術、そして——黒沢の企みを阻止する手がかり。管制塔には、それらが眠っているかもしれない。
誠司は、歩調を速めた。
新しい戦いが、始まろうとしていた。




