第十二章 中層の試練
外交使節団が去ってから一ヶ月後、誠司は昇降士の昇格試験を受けることになった。
「中層昇降士」への昇格。それは、見習いから正式な昇降士になるための最初の関門だった。
「試験の内容は、実技だ」
ガルドが説明した。
「中層で発生した昇降機構の故障に対応する。制限時間内に原因を特定し、修理を完了させる。それができれば、合格だ」
「難易度は?」
「通常の故障より、やや複雑なものが出題される。しかし、お前の能力なら、問題ないはずだ」
誠司は頷いた。
試験は、一週間後に予定されていた。誠司は、その間、復習と準備に時間を費やした。
しかし、不安がなかったわけではない。
黒沢——シュヴァルツ——が、何か仕掛けてくる可能性がある。外交使節団は去ったが、工作員は残っているはずだ。試験を妨害することは、彼らにとって容易なことだろう。
「気をつけろ」
ガルドも警告していた。
「お前が注目されているのは、敵も知っている。試験で何か起きる可能性は、十分にある」
「分かっています」
「何があっても、冷静に対処しろ。お前の技術を信じろ」
試験の日が来た。
会場は、中層の商業地区にある大型施設だった。三基の昇降機構を有する建物で、試験用に一基が故障状態にされている。
「試験開始」
合図と共に、誠司は昇降機構に向かった。
まず、外観を確認する。特に異常は見られない。次に、制御盤を開ける。
「……?」
誠司は眉をひそめた。
制御盤の内部が、おかしい。通常の故障パターンとは、明らかに違う。複数の異常が、同時に発生しているように見える。
「これは——」
誠司は五感を研ぎ澄ませた。
音を聞く。複数の異常音が重なっている。通常の故障なら、一つか二つの異常音しか聞こえないはずだ。
触覚で感じる。振動のパターンも、複雑だ。複数の箇所で、同時に問題が起きている。
匂いを嗅ぐ。焦げた匂い——しかし、それだけではない。油の劣化臭、金属の腐食臭——複数の異常が混在している。
「これは、通常の故障じゃない」
誠司は確信した。
誰かが、意図的に複数の故障を同時に発生させている。それも、通常の試験では出題されないような、複雑な組み合わせで。
「黒沢の仕業か……」
誠司は歯を食いしばった。
しかし、今は考えている暇はない。制限時間は限られている。一つずつ、問題を解決していくしかない。
「まず、最も深刻な問題から」
誠司は優先順位を決めた。
制御盤の過熱——これが最も危険だ。放置すれば、火災の原因になる。まず、これを止める。
次に、ワイヤーの異常張力——これも危険だ。張力が限界を超えれば、ワイヤーが切れる可能性がある。
その次に、軸受けの摩耗——これは当面は大丈夫だが、長期的には問題になる。
「順番に、やっていく」
誠司は作業を開始した。
制御盤の過熱は、接続端子の緩みが原因だった。締め直して、過熱を止める。
ワイヤーの異常張力は、調整機構の故障だった。手動で調整し、適正な張力に戻す。
軸受けの摩耗は、応急処置として潤滑油を追加。本格的な修理は、後日行う必要がある。
「あと一つ……」
しかし、まだ異常音が残っている。どこから来ているのか、特定できない。
誠司は耳を澄ませた。
「……ここだ」
昇降路の内部。かごと壁の間に、何かが挟まっている。
誠司は点検口を開け、昇降路に入った。暗い空間を、ヘッドライトで照らす。
「これは……」
金属片だった。意図的に投げ込まれたもののようだ。ガイドレールに引っかかって、かごの動きを妨げている。
誠司は金属片を取り除いた。これで、異常音は止まるはずだ。
昇降路から出て、動作確認を行う。
「……よし」
昇降機構が、正常に動き始めた。
誠司は時計を見た。制限時間まで、あと五分。ギリギリだった。
「試験終了!」
試験官の声が響いた。
誠司は、昇降機構の前で一息ついた。冷や汗が、背中を流れている。
「お疲れ様」
ミラが駆け寄ってきた。彼女も、別の会場で試験を受けていた。
「どうだった」
「何とか、間に合った。でも——」
誠司は声を低くした。
「妨害があった。通常の試験じゃない。誰かが、意図的に複雑にしていた」
ミラの顔が曇った。
「やっぱり……私のところも、おかしかった。普通じゃない故障パターンだった」
「お前も、対処できたのか」
「ギリギリだった。でも、何とか」
二人は顔を見合わせた。
「黒沢の仕業だろうな」
「たぶん。でも、証拠はない」
「ああ。証拠がなければ、何も言えない」
試験の結果は、翌日に発表された。
誠司とミラは、共に合格だった。しかし、不合格になった受験者も少なくなかった。通常の試験よりも、不合格率が高かったという。
「妨害されても、俺たちは受かった」
誠司は、合格証書を見つめながら言った。
「黒沢は、俺たちを落とそうとした。でも、失敗した」
「次は、もっと酷い妨害が来るかもしれない」
ミラの言葉に、誠司は頷いた。
「ああ。でも、俺たちは負けない。何が来ても、対処する。それが、俺たちのやり方だ」
中層昇降士としての資格を得た誠司は、新しい任務に就くことになった。より重要な施設の点検、より複雑な故障への対応。責任は重くなったが、誠司はそれを受け入れた。
「ここからが、本当の戦いだ」
誠司は、塔を見上げながら呟いた。
上層への道は、まだ遠い。しかし、一歩ずつ、確実に近づいている。
そして、黒沢との対決も、近づいている。
誠司は、覚悟を決めた。この世界で、自分の技術を使って、人々を守る。黒沢の「効率化」から、この世界を守る。
それが、誠司の戦いだった。




