第十一章 二人の転生者
外交使節団が滞在を始めて三日目、誠司は公式の場でシュヴァルツと対面することになった。
それは、昇降士ギルドが主催する晩餐会の席だった。使節団との親善を目的としたもので、ギルドの主要メンバーと、使節団の要人が招かれていた。誠司も、「聴診士」として最近注目されていることから、末席に名を連ねることになった。
会場は、中層の迎賓館だった。豪華なシャンデリア、磨き上げられた大理石の床、壁に掛けられた絵画。誠司がこれまで見たことのないような、贅沢な空間だった。
「緊張してるか」
隣に立つミラが、小声で聞いた。
「少しな」
「私も。こんな場所、初めてだ」
二人は、末席のテーブルについた。周囲には、他の若手昇降士たちがいる。彼らも、落ち着かない様子だった。
晩餐会が始まった。
乾杯の挨拶、料理の提供、歓談。形式的なやり取りが続く中、誠司は上座の方を窺っていた。
そこに、シュヴァルツがいた。
黒いフォーマルウェアに身を包み、銀色の髪を後ろに撫でつけている。周囲の貴族たちと談笑しながら、時折、こちらを見ている。その視線が合うたびに、誠司は背筋が寒くなるのを感じた。
「あの人、こっちを見てないか」
ミラが気づいた。
「……ああ」
「知り合いなのか」
「……昔、少しだけ」
誠司は曖昧に答えた。
晩餐会の途中、シュヴァルツが席を立った。そして、誠司のテーブルに向かって歩いてきた。
「セイジ君、だったかな」
流暢な言葉遣いで、シュヴァルツが話しかけてきた。
「はい」
誠司は立ち上がった。
「聴診士として活躍していると聞いた。五感で昇降機構を診断する——興味深い技術だ」
「恐れ入ります」
「少し、話をしないか。二人で」
シュヴァルツの目が、冷たく光った。
誠司は、周囲を見回した。断る理由はない。いや、断れば、かえって怪しまれる。
「……分かりました」
二人は、会場の隅にある小部屋に移動した。
扉が閉まると、シュヴァルツの態度が一変した。
「久しぶりだな、高森」
日本語だった。この世界の言葉ではなく、前世の言葉。
「やはり、俺のことを覚えていたか」
誠司も、日本語で答えた。
「ああ、覚えているさ。お前は、俺の部下だった。俺の指示に従わず、独断で動く、面倒な奴だった」
「お前こそ、俺をパワハラで追い詰めた上司だ。忘れるわけがない」
シュヴァルツ——黒沢——は、笑った。
「パワハラ? 俺は、正当な指導をしていただけだ。お前が勝手に被害者面をしていただけだろう」
「正当な指導? お前は——」
「もういい。過去の話だ」
黒沢は手を振った。
「俺たちは、新しい世界にいる。新しいルールで、新しいゲームをしている。前の世界のことは、どうでもいい」
「どうでもいい、だと?」
「ああ。この世界では、俺は伯爵だ。お前は……何だ? 見習いの昇降士か? 最下層の奴隷から這い上がったとはいえ、大した出世じゃないな」
誠司は拳を握りしめた。
「相変わらず、人を見下すのが好きだな」
「見下す? 事実を言っているだけだ。この世界でも、俺は上に立つ人間だ。お前は、下で這いずり回る人間だ。それが、俺たちの『立場』だ」
「立場、か」
誠司は、黒沢を見つめた。
「お前は、前の世界でも、この世界でも、『上に立つ』ことしか考えていない。でも、上に立つってのは、そういうことじゃないと思う」
「何?」
「上に立つってのは、下を支えることだ。自分より下にいる人間を、守ること。助けること。それが、『上に立つ』ことの本当の意味だ」
黒沢は、一瞬、黙った。
そして——爆笑した。
「お前、まだそんな甘いことを言っているのか。変わらないな、高森。だから、いつまでも下っ端なんだ」
「……何とでも言え」
「いいだろう。教えてやる」
黒沢は、誠司に一歩近づいた。
「この世界で、俺は『効率化』を進めている。昇降士の制度を、根本から変えようとしている」
「効率化?」
「ああ。お前が言う『予防保全』——そんなものは、無駄だ。壊れたら直す、直せなければ捨てる。それが、最も効率的だ」
誠司は眉をひそめた。
「それは——人を殺すことになる」
「死ぬ奴が悪い。自分で金を稼いで、良いサービスを買えばいいんだ。それができない奴は、淘汰される。それが、自然の摂理だ」
「そんな——」
「お前の『予防保全』は、弱者を甘やかしているだけだ。金のない奴にまでサービスを提供しようとする。結果、全体の効率が下がる。俺は、それを是正しようとしている」
黒沢は、窓の方を向いた。
「この戦争で、俺は勝つ。塔を制圧し、昇降士の制度を俺の理念で作り直す。そうすれば——」
「させない」
誠司は言った。
「何?」
「お前の好きにはさせない。この世界の人々を、お前の『効率化』の犠牲にはさせない」
黒沢は振り向いて、誠司を見つめた。
「お前に、何ができる」
「分からない。でも、やれることはやる。それが、俺のやり方だ」
しばらく、二人は睨み合っていた。
やがて、黒沢が笑った。
「面白い。前の世界では、お前は俺に逆らえなかった。この世界では、少しは骨があるようだな」
「お前も、少しは変わったらどうだ。この世界で、一からやり直すチャンスがあったのに——」
「俺は変わる必要がない。俺は、どの世界でも勝者だ。それが、俺という人間だ」
黒沢は扉に向かって歩いた。
「高森。いや、セイジ。お前との決着は、この世界でつける。楽しみにしていろ」
扉が開き、黒沢は出て行った。
誠司は、一人、部屋に残された。
「……上等だ」
誠司は呟いた。
前の世界では、黒沢に負けた。パワハラに耐えられず、心を病みかけた。そして、事故で死んだ。
しかし、この世界では違う。誠司には、技術がある。仲間がいる。守りたいものがある。
「今度こそ、負けない」
誠司は、小部屋を出て、晩餐会の会場に戻った。
ミラが、心配そうな顔で待っていた。
「大丈夫か、セイジ」
「ああ、大丈夫だ」
誠司は、笑顔を作った。
「ちょっと、昔の知り合いと話しただけだ」
「……何かあったのか」
「後で話す。今は、任務に集中しよう」
誠司は、会場を見回した。
黒沢——シュヴァルツ——は、再び上座の席についていた。何事もなかったかのように、周囲と談笑している。
しかし、誠司は知っている。あの男が、何を企んでいるか。
「必ず、止める」
誠司は、心の中で誓った。




