銀杏拾いは戦争である(後)
初雪の次の日は小春日和だった。
薄く積もった雪はあっという間に溶け、初冬の風は冷たいが乾いている。
「うーっし銀杏洗うぞ〜」
朝食を食べて茶碗を洗い終え、洗濯物を干したら銀杏仕事の後半戦にとりかかる。
と、私に続いて父も出てきた。夏にコロナにかかってからやや体力が落ちているため、あまり無理はさせないようにしようと心の片隅で思う。
昨日ざっと潰し、洗って大方の果肉を落とした銀杏。昨夜は雪のかからないところで水を切ってあった。それを今度はつるつるの見慣れた姿になるまで根気よく繰り返し洗う。
本来は種籾の消毒に使うどデカいバケツを用意。まだ温かさを残す井戸水を注ぎ、芋洗い棒と呼ぶ柿の木の細いものを根っこごと掘り出した棒を突っ込んで洗うのだ。
芋洗い棒の姿は文章ではなんとも説明がしづらい。
バネ付きのホッピングで遊んだ事がある人はおられるだろうか。あれのハンドル部分をそのままに、足の部分が傘の骨のようになっていて水ごと洗い物をかき回すのだが……検索してもらったほうが早いかもしれない。
井戸水は惜しまず全開で掛け流す。果肉の残った銀杏を入れると水のなかでふわふわと残った果肉が舞う。芋洗い棒をグリグリ回すとひとコンテナ12kgにもなる重たい銀杏がゴロゴロと音を立てて擦れていく。こすり合わさった表面が余分な果肉をきれいになくしてくれるのだ。
とはいえ、機械力と比べれば人力は失笑ものの効率しかない。このバケツ1つ分を洗い切るのにたっぷり15分。コンテナは4つあるので洗うだけで1時間もこの作業をし続けるのだ。自分も年を取ったらこの作業は出来まいな、と思う。まあいい。こんなものはどこまで意地を張れるかの勝負でしかないのだから。
「おぉ~、きたきた」
黄色い果肉が大方取れて流れると、いよいよ白い銀杏の姿がはっきり現れてくる。掛け流しにする水もずいぶんと澄んでいるようだ。そして、なにより。
「うちのがいちばんデカいか?」
父がそう言う。私は自信を持って頷く。
「んだね。町ン中じゃ誰にも負けない」
多少、手前味噌も含むが、それでも事実だ。これ以上大粒の銀杏は誰一人として出してはいない。
かつて父がカッコつけで買ったという超大粒の銀杏の品種、名を『喜平』という。樹齢は私より5つ上だ。根っこをネズミに齧られる害を食らって10本あった苗木はただ1本のみ生き残り、しかし、10本買った苗木の代金を補って余りある収入を我が家にもたらしてくれるようになった。
駄目で元々、ほぼ生ゴミ置き場に投げ捨てたような形で植え替えた最後の1本は、以前のエッセイでも書いた黒猫、ミイコをはじめとする近所の猫たちのたまり場となり偶然にネズミの害を免れた。
生ゴミが還った肥沃な土で銀杏の木はすくすく育ち、根っこは真っ黒な表土をブチ抜いて地下2m半の深さにある地下水脈まで根が届いている。年中飲み放題の水を得たゆえに、この銀杏が日照りで困ることはない。
気が狂うほどの暑さで農業用ダムが干上がる近年の夏でも、帯水層の水をガブ飲みしながら育つ彼女(雌木だからね)は枝がひん曲がるほどの実をつけてくれる。なんとありがたいことか。
ちょっと脱線した。本筋に戻ろう。
クタクタになりながらようやっと48kgの銀杏を洗い終える。ここまでくればあの銀杏特有の臭いもない。臭いとおさらばすると精神的な作業の負荷がグッとましになる。
「天気ちょうど良かったな」
父が言う。本当にそのとおりだ。風が冷たくとも陽射しは暖かい。洗い終えた銀杏をコンクリートの軒端に広げる。ころころ転がってあらぬ方向へ行ったりするのでそれを軒端に戻しつつ、広げ終わったらあとは乾くのを待つ。欲を言えばなるべく1日で乾いてほしい。濡れたままではカビを呼んでしまう。逆に、乾きさえすればあとは蔵に入れれば2月までおいしく食べられるし、売りに出すにも都合がいい。
ここまでで昼前。うーん夕方までに乾くかどうか……と思っていたが、それは杞憂だった。
ざあっと西風が景気よく吹く。陽射しと相まって洗いたての水の滴るような銀杏はあっという間に乾いていった。
「あーこれやってると冬って感じだな……」
綺麗に干し上がった銀杏を集めてコンテナに入れ、土蔵のなかに入れる。先客だった大根に少しばかり場所を変わってもらい、積み上げること4段。これを年末年始にかけて売るのだ。年明けにはちょっとうれしいレベルの金額になるのだ。
同時に、銀杏洗いは冬を告げる作業でもある。この先、田畑に頼れぬまま過ごす冬。百姓にとっての冬休みでもあるが退屈といえば退屈な季節の始まりでもある。
今年もありがとうと1年の田畑を思い返しながら思う。私の血肉になり現金収入になり、すべての作物は今年も我が家を支え続けてくれた。
来年は何を作ろうかな。慌ただしさの後に安堵とも寂しさともつかない感情を抱きながら、そんなことを考えた。息を吸い込むと、雪の匂いがした。
銀杏収穫〜保存までの手順はほぼこれで全て書いた。
返す返すもたった1本でギッシリと実をならせるうちの銀杏はすごいと思う。来年はさすがにここまで採れないと思うが……もし採れたらその時は同じテーマでもう少しこなれた文章を書いてみたい。




