第八話 お年玉で一式買ってもらって、月々のお小遣いで維持していく感じでしょうかね、中学生くらいまでは。
主人公格と賑やかな先輩が戻らないので、も少し遊んでみようかということになり、わちはまた小さな自動車を操っている。
操っている、かなあ。
操れているようで、なんだか振り回されているような感じ。
舌先でなにか感じているのにうまく取り除けない、奥歯に詰まった野沢菜の筋みたいな感覚を噛み締めながら、まめっちとかいう幼児向けサイズのおもちゃを転がすわち。
これおもろいんか。という思いがずっとある。ずっとあるにも関わらず、くそこれどうにかならんもんかとリモコン、あいや、ポロペとかいうやつを握りしめているのは、これもやはりもどかしさが故と言える。
「駒込さんは、やっぱりなかなか筋が良いわよ」
冷酷残忍な、かどうかは知らんが、わちにはそんなイメージが定着しつつある香織部長が言う。心のなかでの言い間違いが見透かされたかと気が気ではなかった。
「ああ。いや、はあ」
「どこかで教えてもらったりしたの」
「え。あ、そりはないです」
「やろうと思ったのが一瞬だけなら、教わる暇はないわね」
冷たい皮肉がわちの胸を貫く。いや、そう聞こえたわちの問題であって、皮肉を言おうとすら思っていないのかも知れない。
部長はプロポを持ってわちの隣に着く。なんか、なんか距離近くないかしらと思って間合いを取ろうと思ったのだけど、
「ん、なになに」
反対側に園子先輩が来て退路が絶たれる。わち、昨日風呂入ったっけ。わち、口臭くないかしら。あまり、あまり身体が近いとあれこれ気になるのだけど。
「初心者って、こうやりがちなのよ」
部長は、プロペのハンドルを右左いっぱいに回す。このハンドルには限界があって、そこまで達するとこつんこつんと音がする。
「でも、駒込さんは途中から、曲がる時にはこう、細かく刻んで曲げるようにしていたでしょ。あれが正解、とされているの」
と、部長。
「あ、そうだね。言われないとわかんないもんだけど」
園子先輩もピロポンを持ってじこじこ、じこじこと細かくハンドルを回す。
「ああ、そうなんすか。なんかこう、くいっと動かすと、後が間に合わない感じで」
「なかなかいいわよ、上手になりそう」
「あへ、あろがとございます」
褒められているらしいから嬉しくないこともないけど、その結果上手に動かせているわけでもない。
「戻らないわね。乾さん、まだ佳苗に捕まってるのかしら」
そんな事を言いながら外を向いて、部長さんはわちから離れる。やっと酸素がもどる空間が復活したような気がして、ふと息をついてしまう。
ほっとしたのも束の間、ラジコン自動車とリモコいやプロプロを置いた部長は、すぐにわちの直近に戻ってきてしまうので、また息を潜める羽目になる。
そんな必要はないのだけど。
「設備の案内がてら、様子を見てくるわ。駒込さん、ついてきてね」
「あ、あい」
どっかいくのならと、わちも持っているプポペンの電源を切る。
スイッチがどこにあったかなんてこれっぽっちも覚えていなかったのだが、ON、OFFって書いてあって指が引っ掛けやすようなとこがあったらそらスイッチというものでしょうな、くらいの理解力が、わちにはある。
使わないときはスイッチを切るという常識すら弁えておるのだ。
「あ、駒込さん、ちょっと待った」
と、園子先輩。
「ひいええすいまっしぇん」
「あ、いいのいいの」
言いながら園子先輩もわちの隣に戻り、またしても板挟みである。大柄だから圧力もまた大きい。部長だってわちより頭一個でかいから、気分は宇宙人だ。
「あのね、ラジコンはまず車体の方から電源を切るんだ」
大柄な先輩が軽やかに身を縮めて、床の上の小さな自動車を拾い上げ、車体の裏側をわちに向け、人差し指で小さな突起を指す。
「ここ。ちょっと固めだから気をつけてね」
「あ、あい」
裏側はごちゃごちゃしていて、さっきの突起がどの突起だったか迷ってしまう。その間に部長が話し出す。
「ちゃんと説明しなくちゃいけなかったわね。ラジコンって、プロポで操作するでしょ。当たり前だけど、電源が入っていて、電波がとんでいくから制御できるのね。対してクルマの方は、電源が入っているといつでも動けるけど、どう動くかは自分じゃ決められないわけ。ここまでいいかしら」
「は、はい」
かち、と音がしてなんか動いたから、多分スイッチなんだろう。
「だから、何かの都合で急に走り出したりしてしまう場合があるのよ、プロポの電源が入っていないと」
ひと目のないところで悪さする、みたいなもんか。
「やべえっすね」
「そう、そうなのよ」
園子先輩が、所在なくなんとなく握っていた小さな自動車をわちの手から取ってお喋り交代。
「やべえついでに話しておこう。クルマを置いておくときは、必ずタイヤが設置しないように、台の上に置く」
大きな先輩は裏側を確認して、四角い木片の上に置く。タイヤは木片からはみ出していて、なんとなく亀っぽい状態になる。
「こうしておけば、何があっても走り出すことはない」
園子先輩はいつの間にかわちが無造作に置いていたプロポを持って引き金を引く。うぃぃんと唸りながらタイヤが回り始めるが、接地していないから空転するだけ。
「ははあ、なるほろ」
納得はするのだけど、ラジコンというものがそんなに好き勝手に走り出すものってのが意外だった。少なくともいじっている間は、わちが操作すればそのとおりに、間違えればそのとおりに動くものであったから。
「いきなり走り出して机の上から落っことしちゃう、なんてのは長くやってるひとでも時々あるから、気をつけてね」
と、部長。
「部長こないだやらかしてましたよね」
と、先輩。
「そういえば、私も長くやっているひとなのよね」
部長はにこりともしないで、堂々ととぼける。
わちは台の上のミニッチを見返した。
プロポがなければ暴走してしまい、ちょっとした台の上に載せられれば、どれだけ頑張ってタイヤを回してもミリも進めない。操縦するためのプロポは、クルマを自在に動かせるけど、操縦するひとと一箇所に留まっていて、どこかに行けるわけでもない。
意味無く擬人化しちまうのはわちの癖だが、なんだか身につまされる感じがある。
ともあれ。
結局三人で、外のふたりを迎えに行こうという話になった。行った先には、箱庭のような山だか道だか、少なくとも土はあるけど菜園ではない感じの一角があって、ここはオフロードのサーキットなのよと説明されたけど、こんなとこ走るなんてどういう趣味だかまるでわからん。
泥で汚れるだろうということしかわからん。
「とまあ、そんな次第で」
なんだかわからんまま言われるがまま、下校も主人公格と一緒に辿っている。その途上で、部室ではどんなやり取りをしていたのかと聞かれたので、ここら辺りまでを答えた。
「そんな次第でって、駒込さんさあ、それじゃ社会人の業務上のやり取りだよ、高校生同士なんだからさあ。どうだったの、面白かったの」
乾氏は自身の胴体をもうひとつくっつけたような背嚢を背負っていて、帰路というより死地に赴く兵士を思わせる。
「すげえ荷物だね。そんなに必要なの」
質問に答えるのは、なかなか難しかったから誤魔化した。
「うんにゃ、中身はみんな部室においてきたから今はほとんど空」
「そか。お金かかりそうだねえ」
「そうね、かかるね。でも、駒込さんはそれ考えなくていいよ。部室にたくさんあるし、あたしが貸してあげるよ」
「それは、ありがたいけども」
そんなに親切にされる理由はどこにもないのよ。
「あのさ、駒込さんの話聞くの、面白いんだよ」
道化かなあとは思うけども。
「だからさ、明日も部活、来てね」
「う、うん」
だからわちはわちの話をすることになり、乾氏の話を聞くことになった。
これを友達というのかどうか、わちにゃわからん。




