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第七話 上達にはそれなりに時間がかかります。楽器やスポーツほどではないにしても。



勝負に釣られて外に出てきてしまったけれど、あたしが誘った手前、初心が気になる。


そういう目でいま出てきた校舎を見てしまう。


でもまあ、あの先輩たちなら大丈夫だろう。


「とりあえず走ってみる」


佳苗先輩はクルマを持ったまま。あたしだけで走ってみなよ、ということだろう。


「はい。ありがとうございます」


ストレートの長さはもの足りないけれど、高低差があって、ヒル、ダブル、トリプルが適所に配されている。


なによりダート、土路面がありがたい。ありがたいと言うか、なんかもううきうきする。


最近は、路面に敷物をして、走りやすく、グリップが増えるようにしているサーキットが多い。


いや、必ずしも主流ではないのかも知れない。あたしが動画などで目にすることが増えただけ、の可能性もある。


これは、お客さんに快適な環境を提供するために、屋内サーキットが増えていることとも関係している。


室内に土を入れれば、せっかくの室内が泥だらけになる。乾燥すれば土煙が室内に舞うわけだから、水撒きの必要がある。バギーのタイヤに削り取られた土は補充してやらなくちゃなんない。


そもそも、天候に左右される屋外サーキットも管理は楽じゃあない。


他に管理しなければならない要素が出てくる屋内では、メンテナンスがしやすい敷物、カーペット路面の採用率が高くなる。


ほぼ同じような理由で、屋内でアスファルト路面も少ない。アスファルトは案外、傷みやすいものだ。


ともあれ、土路面を走らせる機会が減っている、という話。


土の地面なんかどこでもあるじゃん、と言われそうだけど、砂利でもアスファルトでも土でも、土地は普通、誰かの持ち物だ。確認や許可が取れなければ不法侵入になる。


公園は、あたしが知っている限りラジコン禁止になっている。公園は小学生以下のためのもので、えげつない速度で走るラジコンバギーが威圧していい場所ではないと、あたしも思う。


大前提として、全国的にラジコンサーキットは減少している。


人口の減少は、あたりまえだけどあちこちに影響が出る。


あたしが遠ざかっている間に、父と行ったサーキットも畳まれてしまっていた。


加えて言うなら、過去数回あったブームが終息して久しくもある。


思いを広げ過ぎてしまった。あたしは土路面のサーキットが好きだ、と言えば済む話だった。


トリガーを引く。根拠は乏しかったが、昨夜それなりに考えて選んだタイヤは土をよく掴んでいる。いや、土がいいのか。校舎の影が光を遮るせいか、適度に湿り気を帯びていて、タイヤに絡みつつも纏い付く感じはない。


「ああ、いい、いいですねえ」


思わず声が漏れてしまう。ジャンプからの加速。その快楽からの転落を狙っているかのようなタイミングのコーナー。でも、うまく駆け抜けることができたら、快楽は三倍にも四倍にも跳ね上がる。


他者と競うだけが、ラジコンの楽しみではない。むしろ時には楽しみの邪魔になりうる。


「いいねえ、うまいねえ」


という佳苗先輩の、新入部員に対する歓迎も含めた励ましも、素直に嬉しい。


もっともっと走りたかった。でも、三周で止めた。先輩を待たせているのを思い出した。


「いい勝負になるかな」


コースにクルマを投げ、笑っている。けど、力のある目。以前通っていたサーキットでよく感じた熱気。走りたいのはあたしだけではない。


「クルマの差が丁度いいハンデになるでしょ」


先輩はそう続ける。ラジコン本体は、簡単に言ってしまえば金額で性能の差がついてしまう。佳苗先輩のクルマは、あたしのより、要所要所にちょっといいものが使われている。


見てわかるのか。これは、見比べれば今日初めてラジコンを見るひとが見てもわかる筈だ。


何故なら輝きが違う。


いやいや、オーラがどうとか名車が醸し出すとかの比喩表現ではない。金属が多用されてあちこち光っているのだ。あたしのクルマの内部構造はどうかというと、鈍く光を押し返す程度。真っ黒けのプラスチックで構成されているからだ。


佳苗先輩は、自分のクルマのほうが優れている。だから、腕が立ちそうに見えたらしいあたしと丁度いい具合になるだろ、と謙遜しつつ後輩の気分を盛り上げてくれているのだ。


これもまあ、よくある光景だ。あたしはよくあるように受け答えをする。


「どうでしょう。ご存知かもしれませんが、ココモのこれ、結構速いんですよ。モーターもちょっといいのを」


「そか、後でちゃんと見せてもらおう」


価格帯はエントリーモデルではあるけれど、タマミヤとココモは違う企業だ。設計思想から違う。同価格帯ではあっても、タマミヤのほうが若干安価だったんじゃなかったかな。


あ、こういうのは後で、時間のあるときにしよう。いまは先輩と勝負、ではない、エキシビジョンマッチだ。


「じゃあ、はじめようかねえ」


「よろしくお願いします」


佳苗先輩のタマミヤはするすると先行する。勝利が大前提ならスタートをどうするかは大事な問題だけど、これは特別試合。初見のサーキットなら後をついていくほうが、気持ちは楽になる。ハンデをもらったわけだ。


気遣いに答えるために、あたしは本気で追いかけることにした。なんて、まるで加減している余裕があるみたいに言うけど、あたしはいつでも本気だ。そして、いつも夢中だ。負ければ悔しい、勝てば嬉しい。後になって考えてみたら、そんなにむきになんなくてもよかったんじゃと思うときもあったけど。


思うに、勝ち負けとラジコンの面白さは、同一じゃあない。で、ありながら、本気で勝負しないラジコンもまた、もの足りない。


「かー、あっという間に追いつかれたなあ」


佳苗先輩の叫びが校舎の壁に跳ね返る。


「こっから先には隙がなさそうです」


と、あたし。失礼になるかも知れないけど、のりを合わせるのは悪くない気がする。


「またまた、虎視眈々たんたたんとかいうやつ」


そもそも圧倒的な速度差は、クルマにも、操縦技術にもないような感じ。先輩が描いてくれたラインをなぞればいいのだから、いくらか余裕ができる後続車両が追いつくのは当たり前。おそらくはコースを知り抜いている先輩が、やらかしで隙を作ってくれるとも思わない。


いや、違うな。


あたしとおなじように、負けたくないと思っている先輩が、隙を作ってくれるわけがない。


おいおい、さっきまで走れて嬉しいダート最高ラジコン楽しいっていってたのは、どこ行っちゃったの。


人間の幸福感は、絶えず更新されてしまう。原初のあたしは、走っているラジコンを見ているだけでしあわせだった。


いまは、勝たなければ物足りなくなっている。


けど、けどもだよ。いまのあたしは、そんなあたしを俯瞰して、なんなんだよお前と自分自身にツッコミを入れるだけの余裕がある。


このままでは抜けないだろう。


いや、負けたときはとてもとても悔しいのだけどもさ。他者と争うのが久しぶりなら、負けるのも久しぶり。あの頃とおんなじ感覚が、あたしの体を震わせる。


ん、ちょっと待てよ。


最初の大きなコーナー一杯を使って、フルスロットル。バンクを利用して更に加速。内側からコーナー脱出直前の、佳苗先輩の前に出ることができた。


「あ、バッテリー」


先輩の悲痛な、抜けた声。


なんとなくお互いの走りがぼやけてきたような気がしていて、そういや結構な周回数だよなあ疲れもするよなあとにやにやしてはいた。けど考えてみたら、電気で動くクルマにとって、消耗はもっと切実な事態へと繋がる。


人間なら多少の疲れも空腹も、何事かに夢中になっていれば忘れられるし、なんならそんなときのほうがゾーンに入りやすいような気もするくらいだ。


が、ラジコンの動力源、バッテリーにしてみれば、ないものはないのだ。電圧が下がれば何もかもが力を失う。


コーナーへの進入で、先輩のクルマはわずかにもたっているように見えた。


「なんともはや。先輩が初歩的なミスで負けるとは。いや、ミスがなくてもどうかなあ」


零しながら、それでも佳苗先輩は投げやりになるでもなく、今までと同じように丁寧にラインをなぞって、既に停めてしまっていたあたしのクルマの隣でゴール。


考えてみたら、昨日のあたしは今日が楽しみで、走らせる時間があるかどうかすら定かでなかったのに、2パックきっちり充電してしまっていた。


対して佳苗先輩にとっては、新入部員が来たと言えど日常の延長だ。クルマの状態を気にする基準は他のところにあるに違いない。


まあでも、勝ち負けのところでおかしなことは言わないほうがいいような気がする。


「ありがとうございました。とても楽しかったです」


「わたしも楽しかった。相手してくれてありがとね。でもさあ乾っち。乾っちでいい。場合によっては三乃っちになってしまうけど」


「ああもう、お好きなように」


と答えながら、何か大事なことを忘れているような気がしたので振り返ってみる。


ああ、そうだ、初心。どうしているかな。強引に連れてきてしまったけど、辛い時間になってしまってはいなかっただろうか。そんな初心を前にして、部長たちも困っているのではないか。


「乾っちはそんなに上手なのに、中学ではやってなかったんでしょ。よく腕が鈍らなかったねえ」


「んん、部活でやらなかっただけで」


部活以外のところで走らせてはいた。なんでそんなことになったのか、説明を躊躇うのではないけど、必要があるか。気になり始めると初心のことも気になって仕方がない。


「ストイックに修練に励んだ、と」


「そんなにいいものでもないですが」


あまり身の入らない返答をしつつ、部室のある校舎の方を見てしまう。


「ああ、はっちゃんが気になるのか」


「はい、ちょっと強引に連れてきてしまったので」


でも、杞憂って感じだった。校舎の廊下の窓から、こっちに向かって雅に手を上げる部長と、続く園子先輩。懸案の初心はうなだれているように見えて、連行される捕虜のようでもあるけど、あのこはいつもあんな感じなんじゃないか。


「初心っ」


声をかけて手を振る。後をどう続けようか困ったが、もうひとりの新入部員は笑顔になってくれたから、まあ、よかった。




結構な時間をいただいてしまいまして申し訳ありません。


いろいろと環境の変化がありまして。


予防線を張るのですが、作品中に登場する固有名詞は架空のものでして、いかに読まれた方の現実に符合する部分があろうとも、作者の創作です。


タマミヤは決してタミヤではありません(言うなっつーの)。


特定のメーカーに対して、ユーザー側にはなんとなく共通したイメージがありますね。あまりそのあたりは書き込まないようにしようと思っているのですが、文字数を稼ぎたい時には書いちゃうかも知れない。


けどまあ筆者はラジコン初心者なので、あまり良く知りません。そりゃ違うよという御指摘はありがたいのですが、メーカーを批判するような気持ちはまったくありません。


それぞれ持ち味があって、魅力的な商品を開発してます。


ああ、お金欲しいなあ(後書きとはいえもう少し整理して書きなさい)。

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