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第五話 スロットルトリガーを反対方向に押し込むと、後退します。


さて、と。


初心はミニッチでラジコンの基礎を学ぶらしい。


あたしも父親譲りを何台か持っているけど、本格的な能力を持っていながら大きさ故に屋内で走らせることが出来るのがありがたい。


主流である十分の一サイズのクルマは、走らせる場所を探すのがなかなか面倒なのだ。


雨空が続く時期もあるし。


香織部長直々に指導に当たるようで、初心は恐縮しながら、小さなパイロンにぶつけたり、大きな園子先輩のつま先をつついたりしている。


これだけでは才能のある無しはわからないけど、興味のないひとがとっかかる場面としては妥当なものだろう。


ドライな味方をすれば、なんでもいいのだ、ここにくれば楽しいことがあると思ってくれれば。


といっても、あたしだけじゃどうにもならない。先輩たちがどう考えて活動しようとしているのかも、まだ不明だ。


雰囲気は悪くないと思うんだけど。


ラジコンを好きになってくれれば一番だけど、ラジコンやってると楽しい時間が過ごせる。だからやる、でもいい。


「私の後ろをついてくるように走ってみてね」


と香織部長。亀の歩みのような速度ではあるけど、列を作って走っているところを見ると、なんだか指先が疼く。


そろりそろりとついていく初心のクルマだけど、差が開いてしまう。それを取り返そうとして慌ててトリガーを引き、部長のクルマにぶつけてしまう。


「ひいい、すいましぇん」


初心はしゃがみ込んでしまう。それほどの状態になるような速度は出ていないけど、そういうものだろう。


「だいじょぶだいじょぶ。でもこれ、大事なのよ」


部長がプロポを初心に見せながらトリガーを乱暴に引くと、クルマは追われる兎のように走り出し、段ボール箱に直撃する。


「実はラジコンって、曲がることを考えなければ速く走るほうが簡単なのよ。これを握ればいいのだから」


「ははあ」


「だから駒込さんは、遅れてもいいから、私のあとをゆっくり着いてきてくれればいいのよ」


「わか、わかりました」


上達法としてはどうかと思うけど、引き込む方法としては悪くないような気がする。


ひとりで走行ラインのイメージをトレースするほうが効率は良いのだが、面白くはないから萎えてしまうに違いない。着いていかなくちゃと今日思えたら、明日も着いていかなくちゃ、と刷り込まれるかも知れないし。


あたしも参加したいなあ。


家にあるの、もってくればよかった。他にあるなら貸してくんないかな。


聞いてみようと思った瞬間、佳苗先輩と目が合う。


「あ、乾っちはオフロードやるんだ。いいねえ」


大概のラジコン愛好家と同じように、なんでもやるのだけど、今日はなんとなくココモのバギーを持ってきてみたのだ。


ココモ IO2.0 IOはイノセントオフロードの略で、エントリーモデルである。


初心者が無垢とは限らんじゃないかと何度突っ込みを入れたことか。


ラジコンの世界には厳然とした格差が三段階、存在する。


語弊があるのを承知で投げてしまったので急いで言い訳をすると、ラジコンをするひとは、初心者、中級者、上級者、と普通に考えれば分類されてしまう。


ので、なるべく多くのユーザーを獲得しなければならない大体のメーカーは、ラジコンをエントリーモデル、ミドルクラスモデル、ハイエンドモデル、という感じで、腕前に合わせて品揃えをしてくださっている。


メーカーによっては需要がない、余裕がないところもあるから、エントリーモデルしかないところもあれば、中から上だけしかなかったりするメーカーもある。


で、分け方だが、構成部品の品質と調整の難易度、それに比例して高くなる価格が基準となる。


もちろん例外はあるし、そもそもこの枠に入らない商品もある。


わたしゃ常に高いところにいたいから、生まれて初めてのラジコンでハイエンドモデルを買わしてもらうよ、金あるんだ金は、というハイエンドライフなひともいる、かも知れない。


大人になってお金に余裕ができて、安物だろうが高級だろうが貧乏だった子供の頃買えなかった鬱憤を晴らすために一番高いの買っちゃう、というひともいるらしい。


父親からの受け売りだけど。


わだかまりがあってもあたしはラジコンが好きだし、みんなに楽しんでもらいたいから、それぞれの生活に合わせて手に入るもので楽しめると嬉しい。


そもそもエントリーモデルと言ったって、子供がねだって買ってもらえるような価格ではない。買ってあげられるようなラジコンもおもちゃ屋さんで売っているけど、あれはサーキットを走れるようなものではないから、ここでは枠外、としてしまうけど。


けど、廉価なラジコンも、面白さの端緒に触れてもらうためには大事だと思う。


「先輩もバギーですね」


佳苗先輩の前にはタマミヤのバギー、こっちもエントリーモデルのD2-02、かな。タマミヤは大きな企業で販売車種が多く、似たものもあって遠目にはよくわからない。


「なんでもやるけどね。好きなのはバギーかな」


知らないひとからすればやや乱暴な高さからD2-02の車体を机の上に落とす。車体は弾むことなく、ぴた、と静止する。


「面白いですよね」


話を合わせただけではない。バギーもほんとに面白い。


「ねえねえ、コースがあるんだけど、走ってみない、走ってみたいでしょ、走ってみようよう」


いたずらっぽい言い方だけど、目は存外に鋭い輝きを含んでいる。


レースが好きなのだろう。いろいろな楽しみ方のひとつに、他のひとと競争する、というのがある。部活動の延長線上に公式の大会、つまりレースがあるのだから、自然な感覚だ。


でも、香織先輩がいくらか低い声で言う。


「佳苗、あなたはまず基礎練習でしょ。春大会近いのよ」


「ええ。今日だけ。部長はオンロードしかやんないし、園子は本気でやってくんないし」


「私なりに本気でやってるのよ。佳苗に追いつかないだけ」


と、体格にふさわしいゆったりとした調子で抗議する園子先輩。


真偽はどちらか。


「仕方ないわね。乾さん、相手してもらってもいいかしら。ごめんなさいね、来たばっかりで」


ため息混じりの部長。


「あ、いえ」


「ごめんなちゃいね、乾ちゃん」


佳苗先輩は屈託がない。


「おかまいなく」


誰かと一緒に走るのは、久しぶりだ。


先輩は勝負を楽しみたいようだけど、もやもやしながらひとりぼっちで、あまり楽しいとも思えないまま走らせていた数年間が思い返されて、胸に込み上げるものもある。


いよいよ再開だ。


想像していたよりもずっと立派な土のサーキットに、あたしはクルマを投げた。


誤字脱字等は御指摘くださるとありがたいです。


何も知らないうちにこんな小説を書き始めてしまったから、しかも自転車操業状態で書き散らかしているものだから、どこかで破綻するんじゃないかとビビってます。


土の上を走るバギー、かっこいいんですよね。筆者はツーリングカー以外は興味なかったんですが、ラジコン始めて動画見たりサーキット行くようになって、ようやくバギーのかっこよさに気が付きました。


三台目はバギーだな。

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