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第四話 ステアリングは小刻みに。ミリ単位を意識すると良いでしょう。


二度と見ることはあるまいと背中を向けたラジコン部とやらの表札に、再びのご対面となっちまった。


なっちまった原因の背中がわちの直前にある。


望まぬ展開に至った精神的経緯は以下の通り。


拒否できなかった最大の理由は、恐ろしかったからである。


あのあれほら、漫画やなんかであるじゃない未知の力やら恨みやら怨念やらが視覚化されてぶわっと人物の背後や体表から沸き起こってくるやつ。


あんなんが出てたよ、このラジコンマニアの新入生からは。


そんなんから逃れられるわけないじゃん、わちみたいなその他大勢がさあ。


逃れられないああもう死ぬとおもたらどうせ死ぬのだからと必死の抵抗を試みるべきなのかも知れんのだが、人間の精神とは悲しいもの。どうせ無駄に終わる抵抗をしたところで即死に決まっておる、もしかしたら、ああもしかしたらこの悪魔の言うことを聞いておけば多少の延命は図れる可能性が残されているのではなかろうかと、何も判断をしないで済む、何も行動を起こさなくてもいい選択をする方向へとバイアスを掛けてしまう。


たちの悪いことに、その可能性がゼロであると分かっていても選んでしまうのだ。


んなのお前だけだと言われそうだけども、誰にでもあんのよ。んで悲しいことに、我が国国民はそういうバイアスを掛けちゃうひとが多いって話なのよ。


あのさ。


諦めんな戦えと思う気持ちはわちにもあんのよ。


でもね。


例えばさ、自分が弱肉強食の弱肉サイドだったとするじゃん。もう前提として肉なんだから抵抗無駄じゃん。いただきますいただかれますの間柄じゃん。騙されていると知りつつも貢ぐホストのカモみたいなひとじゃん。


いや、高校生にはよくわからん世界なんだけども。


無駄なのに抵抗して、摂理に従ってやはり喰われるなんて、なんか、無力さを思い知らされるような気がしてしまうではないの。それなら、絶望に絶望を重ねて非業の死を遂げるよりも、ああ、なんかうまく行かんかったわ、生きるか死ぬかは時の運、強い弱いは巡り合わせ、今回はたまたま悲しいことになったけど、ね、来世ではいいことあるでしょ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、難有い難有いと気持ちをまとめてしまったほうが、苦しみが少なくて済むような気がしない。


と、結論づけながらも、諦めずに抵抗したほうが生存確率は上がるはずだと思ってもいる。


あのさ。


部活行くのにこんなこと考える必要あんの。


あるのかも知れない。


わちは意味もなく学校に行くのが辛くなる時がある。中学校も欠席日数は多かった。登校拒否なんて言葉もある。わちが言うのもなんだが一学期に三日くらいしか顔を見ない生徒もいた。わちらにとっては、学校なんてものは恐怖の対象なのだ。


「ノック、したほうがいいのかねえ」


悪魔の背中からは禍々しいもやもやが消えている。問いかけつつわちに向けた笑顔は主人公らしい輝きに満ちている。


眩しいんですらあ。


「えと」


「初心は無口だねえ、いいねえ」


乾氏は答えを戸惑っている間にノックして扉を開いてしまう。


何がいいのかわからない。


頭の中にひしめいている言葉どもを、うまく放出してやれないだけなのに。


立ち向かう力がないだけなのに。


「こんちわ」


「ここ、こんちわです」


挨拶した先ではまず、ほどよく外光を加減している白いカーテンを背景に、部長さんが昨日と同じようにかわいい大きさのラジコンを操作している。


一見ボスキャラだもの。何人ボスキャラがいるのよ、と改めて乾氏の背中も見てしまう。


昨日と大きく違うところがあって、部長はジャージを着ている。ほかふたりの先輩も同様。


「ちゃんと来たね、こんにちわ」


部長はやさしくというか、普通に声を掛けてくれているのだけど、わちにはなんとなく、逃げずに来るとは度胸だけは認めてやらんでもない、と聞こえなくもない。


「ジャージのほうがよかったですかね」


乾氏は淡々と言う。


「まだ、ジャージなんて持ってきてないでしょ」


香織部長はラジコンを止めて、リモコンを置いて、凝りをほぐすように肩を回す。


そう言えばまだ入学して日が浅い。ジャージを持ち出してなにかするような時間はなかった。体育会系の人達はまた違うのだろうけど。


「運動不足になりがちだから、クルマに触る前に少し運動するようにしているのよ。嫌がる子も時々いるんだけど」


部長の目が向いた先にはいじりの先輩。


「だってなんか、ラジコンやんのに自分が走るなんて、おかしいじゃん」


体格の良い先輩はそれを聞いて吹き出している。


「程度にもよりますけど、いいんじゃないですかね、運動」


「今日はいいけどね。私たちもさぼっちゃう」


部長はそう言ってくすくすと笑う。なんだかビクトリア朝の雰囲気さえ漂う風格というのか、特に必要もなさそうなのに優雅さが漂うのは、育ちの問題なんじゃろな。


しもじもにはわからんち。


乾氏が床に下ろしたバックには、

<<KOKOMO>>

とロゴが印刷されている。ラジコンの会社なんだろうけどわちには当然何の感慨もない。


「乾さん、ココモ使いなんだ。あ、そっちの机、使っていいよ」


下手から巨大先輩の声。


「ありがとうございます」


大いなる先輩がいる部室の後ろの方は棚になっていて、使えるのか壊れているのかようわからん状態のラジコンたちが並べられたり積み上げられたりしている。見ようによっては残骸と言うか兵どもがなんとやら的でもあって、わちが積まれていても違和感なかろう。


「このバッグがちょうどよかったので。なんでも使います」


「どれかひとつに拘るとか、あんまないよな」


でかい、いや、いい加減にしとくか、園子先輩と背中合わせのようにして、いじりたがりの、いや、香苗先輩がやはりごついバッグからあれやこれやと取り出しながら言う。


そういうもんなのか。


「さて。経験者の乾さんは放っておいても大丈夫だろうけど」


香織部長の視線がわちに向いとる。


どど、どないしたらええんじゃ。そらまあ、この中でもっとも大丈夫ではないのがわちではあるけども。


「とりあえず、楽しんでもらいたいって考えてるのよ。ラジコン、全然触ったことないでしょ」


言いながら、園子先輩が小さなラジコンとリモコンを持ってわちの前の机に置く。


「は、はい」


なんとかせい、ということなんだろうけど、どうしていいのかわかられんち。


「楽しんでもらいたいと言っても、きっと、何が楽しいのかもわかんない状態でしょう。まずはどういうものかを知ってもらう必要があるのよね」


要するに教育の基本をここでまた体感する羽目になってしまうらしい。勉強するのは楽しくないかも知れないけれど、楽しいことに通じているかも知れない。人間は多様で、どれが楽しくなるかわからないからあれもこれも学ぶ必要がある。


けどまあ、ラジコンはどこの国に言っても遊びとしか思われないんではなかろうか。


しかしわちには逃げ場はない。


リモコンの持ち方すらわからんから一応聞いておく。


「こ、この」


「何でも聞いて頂戴」


「このリモコンは」


四人の、八つの目が一斉にこっちを向いて、その口々からの咆哮が炸裂する。


「それはプロポっ」



筆者がラジコンをやろうと思ったきっかけは、ひとりで何かをするのが嫌になったからです。


それまではプラモデルを作ったり、ゲームをしたり、読書をしたりしていたのですが、これらはどこまでいっても本質的にはひとりでやるもので、なんかもう嫌になった。


ひとりは嫌いではないのだけれど。


今にして思えば、仕事場でのストレスがいくらか関わっているかも知れません。ちと人間不信になりかけていた。


遊びの中で、ゆるめに他人との関わりが欲しかった。


だからサーキットでは、もしかしたら迷惑に感じるひともいるかも知れないんだけど、積極的に話しかけるようにしています。


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