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第24話






まあこれで、あのレースの前の、理不尽な思いを抱かざるを得ない緊張からは解放されるであろう。


なぜなら、大会は五人出場すればよいのだ。そしてラジコンの操縦が上手なら尚良いわけだ。従っていまや六人体制となったラジコン部に、わちの居場所はないも同然である。


なんなら送別会に出席の心持ちでもある。


「里見さん。どこかで会ったことがあるわね」


と、香織部長は里見氏の挨拶を受けて答える。


「覚えていて頂けるなんて、光栄です。グラベルホビーの大会で、何度かご一緒させていただきました」


落ち着いた人柄のように感じた、どこか部長さんに似た印象もあった里見氏の声が、土の上を走るラジコンみたいに飛び跳ねた感じになっておる。


憧れのひと、ということなんかな。


「優秀な新入部員を迎えて盛り上がるとこ、水をさしちゃうんだけど」


と、園子先輩が話し始める。


「私はレースから離れて、裏方に徹しようと思う。わがままで、ごめんね」


ええっ。


個人的な目論見がいきなり破綻してもうたから落胆とともに軽い驚きがあったわちじゃが、他の新入部員どもはさほど強い繋がりがあったわけでもないから、あ、そうなんですね、てな顔。


まあ、今日来たひともいるしな。


「そんな、思い詰めなくてもいいんじゃないの、と言ったんだけどね」


と、佳苗先輩。


「前からね、考えていたのよ。私はレースに向いてないって」


「ん、もう、真面目だなあ。いいじゃんもちっと適当で」


そういう佳苗先輩はレースの前にがちがちに緊張してトイレに何度も行き指先と声がシンクロして震えていたのをわちは目撃しているのだが。


緊張するのと適当ってのは相反しないんかなあ。


「緊張して、力を発揮しきれてないなってのがわかるのよ、私の場合」


と、園子先輩。それは冷静と言うんじゃないだろうか。わちみたいに上下左右不明記憶感覚喪失なんてのはどうなるんじゃ。


「それがいいんじゃない、あのぴりぴりする感じがさあ」


いや、傍で見ている側としてはそんな余裕があるようには見えなかったけどな佳苗先輩。どちらかというと気の毒で、他人のあり様に口を出す

のが好きじゃないわちでも、やめてもいいですよ代わってもらえばいいんじゃないですかと余計を申し上げたくなったほどじゃ。


「そういうひともいる。そういうひとにとっては、レースは楽しいんだろうと思う。でも私は」


絶句を乾氏が引き継ぐ。


「ラジコンの楽しみ方は、レースだけではないですもんね」


「うん。部長には前から、部員が増えたら、って話はしてたんだけど」


「ラジコン部部長としては、大会、競技会がある以上、積極的に参加するべきだ、と考えます。そのうえで、勝つために努力することが大切だ、とも」


なんでじゃろか、と疑問が浮かんだけど、野暮な気もするから尋ね返しはしなかった。こんなもんなんとなく分かったような顔しときゃええんじゃ。


「加えて、矛盾するようですが、勝ち負けはさておき、レースにはみんなに参加して欲しい、とも思います。枠が限られているから、みんな、は無理なんだけど」


ここで、柔らかい目を園子先輩に向ける。


「レースでは結局、勝ち負けだけしか残らない。でもそこにいたるまでの振る舞いというものは、得るものが多い。とはいえ苦手なものを強制するのもおかしいから、どうしてもできないという場合は相談に乗ります」


と、わちを見る。まあこの面子で、嫌だやりたくないと言い出しそうなのはわちくらいのもんだ。


やりたくないと言うべきか。


そんな感じに意思表示がしっかりできたらわちはわちではなかろう。


そもそもここにはおらんじゃろ。


やりたいかやりたくないか、わからんままここまで来ちまっちょるんじゃから。


「駒込さんは始めたばっかりなのね。レース苦手なの」


と、里見氏。


「い、いや、まあ、どうでしょうか」


生きることそれ自体得意とは認識しておらぬ。


「私が言うのもおかしいけど、結論を出すのはもっと先でいいよ。私も、またやりたいと言い出すかも知れないし」


と、園子先輩が言うくらいの気構えでいいのかも知れない。ま、結論が出せないのと、結論を保留するのとはちと意味が違うんじゃろうがな。


「そういうわけで、人事に変更があったから、それぞれの参加カテゴリを再考したいと思います。部長としては、やはり勝つために最善の布陣で臨みたい」


「大げさだなあ、うちの部長は」


佳苗先輩はおどけて言うのだけど、その額には大粒の冷や汗がきらり。


「私も含めて、みんなでそれぞれのカテゴリでレースをしてもらって、フィーリングを確認してもらうわね。自分より速いひとと走ってみると、また感じ方は変わるものだから。で、駒込さんは申し訳ないけど、いまのカテゴリでもうちょっと頑張ってね」


勝負にならんしな。頷くよりほかあるまい。考えなくていいのでこれは楽だ。


「では、私たち四人は選抜をしてくるので、駒込さんは船戸さんから基礎知識を教わってもらっておいてください。寂しくなったら私のところに来てください」


わちの肩に置いた部長の手をそっとどかして、乾氏が言う。


「船戸先輩も信用できません、あたしに見えるところでレクチャーしてあげてもらえませんか」


というわけで、四人の、なんつうか、指先の魔術師、みたいな感じのひとたちが土のサーキットでしのぎを削るのを横目に、初心者は教えを受ける。


「もしかしたら乾さんから色々聞いているかも知れないけど、重複する部分は聞き流してね」


「あ、はい」


思えば乾氏はいろいろ教えてくれたけど、わちが覚えて無くても気にはしておらんようじゃった。飛び出したりぶつけたりでちっとも上手にはならんのだけど、いつもなんだか楽しそうである。わちがプロポを持っているだけで嬉しそうだ。


もしかしたら見かけによらず友達がおらんのかも知らん。


「ラジコンを速く走らせるために気をつけなければならないところは、まずはタイヤ、と私は思う」


「た、タイヤ、ですか」


「うん。私だけじゃなくて、ラジコンやるひとはみんな、タイヤには気をつけなくちゃ、と思ってる。優先するかどうかはひとそれぞれだけど」


「は、はあ」


「どれだけいいクルマを作っても、どれだけ高性能な電装パーツを載せたとしても、結局クルマを走らせるのはタイヤだから」


「は、はい」


「で、このタイヤも、良いものならいつでもどこでも使える、と言う話なら簡単なんだけど」


わちの前にはクルマが二台、寸分たがわぬ同じもののように見える。


どっか違うんじゃろうな、と予想はするが。


「この二台、タイヤ以外はセッティングを同じにしてあります。いつもと同じように八の字、やってみてもらっていいかな。ちょっとスピードを速めにしたほうがわかりやすいかも」


「は、はい」


初心者はおもむろにトリガーを引く。主人公格のお陰で随分と長い時間ラジコンと接しているけども、うまくなったという自覚はない。


も少し速く走ろうかねえ、と加減しようとしたところで、クルマがくるりと回転してしまう。曲がりすぎてしまった、と言う感じか。


わちもまだまだじゃのう、と園子先輩を見る。


「じゃ、こっち」


今度は、同じようなところを同じようなスピードで、といっても、わちがすることじゃからあてにはならんが、普通に曲がりたいところで曲がりよる。


愛い奴よのう。


「わかりやすいでしょ」


「は、はい」


「これは、タイヤと路面の摩擦力をちょうどよくしているから走りやすくなる。この、ちょうどいい、というのが大事でね」


「は、はい」


「このクルマは2WD。前輪で方向を決めて、後輪は前に進む力を受け持ちます」


「ここに、曲がる時には遠心力とか、サスペンションで車体を支え、ダンパーが地面にタイヤを押し付けようとする力が加わります」


「は、はあ」


「この、クルマ側の状態を全て受け持つのがタイヤ。で、そのタイヤの最適値というのは、クルマ側だけでは決まらない。なぜなら、路面の状態はいろいろだからです」


「い、いろいろ」


「なので、タイヤもいろいろと種類があります。あれこれの要素を見ながら、まあこんなもんかなと、車体のセッティングとタイヤの選択をしていくわけだけど」


「わ、わかんないです」


「そうよね。だから駒込さんは、走らせやすいかどうかだけ気にしてくれればいい。いまいちだなあと思ったら、私でも、乾さんでも、頼みやすいひとに言ってみて」


「わ、わかりました」


ラジコンですら状況に応じて変化せねばならぬ。ましてや人間ともなれば、直面する状況も人物も呆れるほど多様じゃ。


うまく適合せねば、曲がりたくないところで曲がる羽目になる。


乾氏は、うまくやっているように見えるがのう。









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