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第二十三話 よく言われることですが、サーキットを走ることが必ずしも効率的な上達法ではない場合もあります。でもまあ、お好み次第ですよね。






里見氏、いや、光代ちゃん、みっちゃんとは幼稚園の頃からの仲良しだった。


そんな感じで始めてみようかなと思ったけど、あまりにも独りよがりで、あまりにも月並みなお話にしかならないような気がして、なんか乗らない。


「そこらあたりに乾氏の、永遠の一瞬があるわけね」


と、対面の詠美。


「やめてよ、詠美まで乾氏とか。ん、そんなに大げさな話か知らんけど、そか、話したくないって、動かしたくない映像なのかも知んないね」


「んでも、保存しておきたいものばかりではないね」


「そうそう」


「普通に、みんなが撮ってる写真も、何気ないものもあれば、記念として残るものもあれば、消したい過去の、文字通り動かぬ証拠となる場合もある」


記憶の中のあたしとみっちゃんは、もちろん動いている。けど、全体としては、当たり前だけど変化はない。受け止め方としては、静止画と変わらないわけだ。


「撮った写真ってさ、変えたくなる場合ってあったりするのかな、専門家でも」


「変えたくなる、ねえ」


「あたしたちだと、ピンボケになってしまったら、それがたとえば旅先での思い出の写真とかだったら修正したくなるじゃない。でも、上手なひとならそうゆうのなくなるでしょ」


「ふむ。専門家ではないけれども、うまく撮れたものもあれば、へたに撮れたものもあるから。けどまあ、ある程度の失敗は計算に入れるし、その上で撮るから」


「というと」


「わかりやすく言うと、たくさん撮るのよ。以前の話と被るとこもあんだけど、たくさん撮って、その中から選べば、失敗は無視できるでしょ」


「ああ、そうだね」


「かと言って、人生は沢山の中から選ぶ、なんてことはできないね。なんかさ、あんなこと言わなきゃよかったとか、ああしときゃよかったとか、そういうのは私にもあるよ、沢山」


優秀な写真家は、あたしの胸の内を鮮明に捉えている。あたしは自分の中にある映像に、変更を加えたいわけだ。


もっといい方法があったか。今のあたしなら、もっとうまくやれただろうか。


あたしはあたしなりに振る舞った。


結果は気に入らないが、その時の状況にいたのはあたしだけではない。ならば、あたしだけが変更を訴えたところで多数決で否決だ。


悔やむのは改善の足がかりかも知れないから無駄とは言わないが、効果的でない場合はただひたすらに動きが鈍る。


静止した過去に手を加えることはできないが、いまだ不確定な未来は、まだなんとかしようがあるのではないか。


「うん、そうだよね」


「今日はそんなとこにしとこうかな。近々コンテストがあってね」


最近、詠美の目付きが鋭いように感じていたのだけど、コンテストに起因しているのかも知れない。


あたしとの放課後を短く切り上げた理由としては嘘じゃないんだろうけども。


でもあたしの過去に対する気遣いもあろう。興味ないんだよと、教えてくれているのでもあろう。


廊下では、すらりと胸を反らせて立つみっちゃんと、小さい体をさらに小さくしている初心。


過去と現在が、なんとも甘やかに、なんとも気恥ずかしく、なんとも嬉しく並んでいる。


「おやおやおふたりさん、お揃いで」


そんな道化をしたくなる。


あたしは、ラジコンで世の中と関わり合うようになった、なってしまったと感じる部分がある。得たものもあれば、なくしたものもある。


眼の前にいるふたりは、その象徴だ。


「みっちゃん」


気持ちが入れ替わるのがわかる。きっと、顔の色も変わっているから、みっちゃんも戸惑う。


「な、なに」


「あのとき、急に放り出してしまって、ごめんね。なにか言っておきたいと思ったんだけど」


言えなかった、言葉にできなかったというのが、あたしの正直な気持ちだ。謝罪するというのもおかしいのだけど、こまごま説明する気は起きない。


ごめんねという言葉は、なんかそんんな、もやもやっとしたものを伝えるのにも使えると、いま発見した。外国では、軽はずみに謝罪しないように、とか聞いたことがあるけど、Sorryとごめんねは意味が違うのかも知れない。


「なんか、いろいろタイミング悪かったのよね。わたしはそのタイミングを取り返しに来たのよ。そのためにちょっと頑張っちゃった」


みっちゃんは歩き出しながら言う。部室の場所ももう把握しているのか。あの頃の里見光代も、そういえば勉強家だった。ラジコンに関する知識は、あっという間にあたしに追いついていた。


「そか。ありがと」


「別にいいわ。わたしのためだもの。若いうちから気がかりを抱えていると、先々荷物が増えるじゃない」


「そか」


「それにね、目標でもあったから」


「目標」


「わたしは、いつか乾さんに勝とうと思っていたから」


「そか」


「そしたら駒込さんと出会えて」


「はあ」


「このひとと一緒に過ごしたいと思って」


「えっ」


「えっ」


途上、我知らずという態度であった初心も反応する。


「さ、ここが部室よね。あの凄まじい走りの部長さんにも会えるのよね」


不穏で不安な要素がまたひとつ増えた。でもなんだかそれも、あたしとみっちゃんの繋がりのような気がして、愉快にもなった。


軽くなった気分のついでに口も軽くなって、今なら当時の話ができるかと思う。


結局、初心に聞いてもらいたいのだ。


小学校五年生になって、両親が離婚した。悲しかったし、寂しかったけど、仕方がないかなと思ってもいた。


仕方がないかなと思う程度には、ぴりぴりした家庭であった。


どっちについていくかと聞かれて、父親を選んだのは、ラジコンがあったからだと思う。


離婚が決まる少し前から、母親が別の男性と頻繁に出かけるようになっていたのも大きいが。


やっぱりなんか、月並みな生々しい話だなあ。初心にこんな話聞かせるの、嫌だなあ。


思えばあたしにとっての母親は、父親と離婚したひと、でしかない。母親が悪いんじゃなくて、それだけラジコンが生活の中で大きな割合を占めていたのだ。


そしてそれが母親にとっての不満であった。


何もかもラジコンが悪いのだ。


そんな気がしてきた。巻き込んでおいてなんだが。


悲しい毎日ではあったけど、サーキットに行けば楽しい時間になった。みっちゃんとはその時点で三年目くらいのお付き合いだったから、愚痴を聞いてもらったような気もするし、慰められたような覚えもある。


母親が脱落しただけだという認識で、どうにか続いていた日常が破綻したのも、ラジコンが原因であり、サーキットが舞台だった。


「ラジコンどころじゃないだろ」


その日は月に一度のレースの日で、あたしはたまたま、勝ってしまった。その年いくつめかの、賞品であるラジコンの箱を抱えているあたしに、そんな言葉が投げられた。


言ったひとは、あたしの父親と同い年くらい。仲は悪くなかったようで、冗談を言い合っているのも珍しくはなかった。


お子さんもレースしていて、あたしが負けた時にはその子が勝っていた。


たまたま、あたしの勝ち星のほうが多かったけど。


その親子の四つの目があたしに向けられての、そんな言葉だ。


断っておくけど、みっちゃん親子ではない。


あたしの父親は離婚の経緯などを冗談交じりに、うそもほんともないあわせにして喋ってしまうひとだったから、そんな言葉も出たのかも知れない。


不快だったけど。


おそらく、負け惜しみで片付けていい言葉が、堪えた。


全くの正論だ。


あたしたちの家庭が置かれている状況は、ラジコンなど楽しんでいる場合ではない。


勝って当たり前のような顔をしていたけど、実は嬉しかったのだろう。なぜなら、不遇である自分にとっては、嬉しい勝利などあってはならないからだ。


いくら勝ったところで、平穏で幸福な家庭が戻るわけではない。


崩壊した家庭によって得られた勝利など、何の意味もない。


あたしは、サーキットもレースも、そこで知り合ったみっちゃんも、根源である父親も、遠ざけたかった。


ラジコンそのものを棄てなかったのは、ラジコンそのものとあたしたちの有り様とは関係がない、と言い訳をしつつ、棄てるのが怖かったからだ。


そんなあたしの態度がどう影響したのか、今度は父親も出ていってしまった。困らない程度に金は用意するから、と、勝手なことを言って。


とまあ、こんなとこだ。説明不足はあるかも知れないけど、なにぶん昔のことだし、自分でいいように編集してるとこもあるし。


やっぱつまんなかったね、初心。


ごめんね。


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